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英国王室を知り尽くした作家による究極のミステリー――『エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬』S・J・ベネット 文庫巻末解説【解説:君塚直隆】

英国王室を知り尽くした作家による究極のミステリー
『エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬』 S・J・ベネット

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬
著者: S・J・ベネット 訳:芹澤恵



『エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬』文庫巻末解説

解説
きみづか なおたか(関東学院大学教授)

「エリザベス女王の事件簿」シリーズの著者S・J・ベネットは、まさに英国王室を知り尽くしたミステリー作家である。本書の舞台となったバッキンガム宮殿はもとより、エリザベス女王一家が毎年七月から九月にかけて過ごすスコットランド北部のバルモラル城の詳細も実によく描かれている。ベネット女史は、これ以外にもウィンザー城やサンドリンガム別邸など、物語の舞台となっている各地にあししげく通い、細部まで調査されたに違いない。
 ここで女王陛下とともに「謎解き」に挑戦している「秘書官」たちについて簡単に触れておきたい。英国王室にこんにちのような「秘書官」が登場するのはそれほど古い話ではない。いまから二〇〇年前に、ときの国王ジョージ三世(在位一七六〇~一八二〇年)の眼の病気が進み、各種の文通が難しくなったのが発端だった。国王に届けられる政府などからの書簡を朗読し、その返信を代筆する「秘書官」がここに登場する。しかし、当時の大臣たちは王と政府のあいだに第三者が入ることを嫌い、これ以後はしばらく「秘書官」もなりを潜めてしまう。次に登場するのは、ジョージ三世の孫のヴィクトリア女王(在位一八三七~一九〇一年)の時代からで、以後は君主の秘書官は王室と政府をつなぐ極めて重要な役職として、英国政治史の舞台裏を支えていくことになるのである。
 やがて秘書官事務局も時代とともに大きくなり、エリザベス二世(在位一九五二~二〇二二年)はその七〇年にわたる治世を九人の秘書官、一〇人の副秘書官らとともに歩んだ。本書の主人公ともいうべきロージーは、その秘書官を支える「秘書官補」である。秘書官補からのちに秘書官に昇格した人物は多数おり、シリーズが進むとともに、もしかするとロージーが「女王秘書官」になる可能性もあるかも?
 このシリーズが人々を引きつけてやまないのは、ロージーやサー・サイモンなど女王の身の回りのお世話をする秘書官や女王もと金会計長官などはすべて「架空の人物」たちであるが、首相や外国元首、さらに王族たちはすべて実名で登場するからであろう。このようにリアルとフィクションがこうするあたりが本書の魅力のひとつである。
 本巻の場合には、英国をの混乱に巻き込んだ「ブレグジット(ヨーロッパ連合からの離脱)」国民投票(二〇一六年六月二三日)直後の設定で描かれており、これに苦悩したテリーザ・メイ首相がバルモラルで女王一家に接遇される様子や、同年にアメリカでおこなわれた大統領選挙の様子も「トランプ旋風」とともにしっかりと登場している。
 この翌年の二〇一七年三月に、英国のEU離脱は本決まりとなったが、その直後にメイ首相はバッキンガム宮殿を訪れ、女王陛下に懇願している。「王族のすべてを総動員してEU加盟国をまわってください!」。王族らが女王や政府の親書を携えて各国の首脳を訪ね、これに随行する外交官や官僚らが相手国の政府と離脱交渉を円滑に進めていくためだ。
 特にドイツの鉄腕宰相アンゲラ・メルケル女史は、面倒をすべて自分たちに押しつけてEUから出て行く英国の態度にはらわたが煮えくり返っていた。そこいらの外交官が訪独したところで首相は会ってはくれまい。
 そこで白羽の矢が立てられたのが、英国王室でいちばんの人気者ウィリアム王子とキャサリン妃である。しかも今回は三歳のジョージ王子と二歳のシャーロット王女まで同伴した。さすがのこわもてのメルケル女史もこの二人にはじりが下がりっぱなし。そのすきに父のウィリアムが首相に女王からの親書を渡し、あとは英独の外交官や官僚が離脱交渉をスムーズに進めていく。エリザベス女王陛下の持つ「ソフト外交」の威力は健在であった。
 一方の女王はすでに九〇歳を超えた身である。自らヨーロッパをめぐるわけにはいかない。本書にもあるとおり、二〇一六年にはコロンビアの大統領が訪英されたが、この年から高齢の女王に配慮して、英国への国賓の招待は「年にひと組」となった。
 二〇一七年にはスペインのフェリーペ六世国王夫妻が、一八年にはオランダのウィレム・アレクサンダー国王夫妻がそれぞれ訪英し、「ブレグジット」に関わる協力体制が築かれた。そして二〇一九年には「ポスト・ブレグジット」を見越し、アメリカとの「特別な関係」を強化する意味でドナルド・トランプ大統領が招かれる。メルケルでさえへきえきさせられたトランプも、自身が生まれるはるか前からアメリカの歴代大統領と深い関わりのある英国王室、さらには女王陛下には頭が上がらなかった。女王が初めて接遇された大統領はトルーマンであり、「アイク」ことアイゼンハワー大統領は女王にとっては第二次世界大戦時の「戦友」なのだ。トランプが教科書でしか知らない歴史上の偉人をよく知る女王陛下には、いつもの居丈高な態度は通用しないことをよく心得ていたのだろう。
 そして二〇二〇年の賓客は、わが日本の天皇皇后両陛下になるはずであったが、残念ながら同年から世界をせつけんしたコロナ禍により延期され、二〇二二年九月八日の女王陛下の崩御をむかえてしまったのである。ウィンザー城で歓待される天皇皇后両陛下を登場させての、女王とロージーの冒険だんも著者の手で是非とも読んでみたかった。
 コロナ禍にあって「またみんな会える」と国民を励ました女王であったが、本書にも出てくるとおり、肉親や親友たちが次々と亡くなり、晩年は寂しい思いをされていたはずだ。その決定打となったのが、二〇二一年四月九日のエディンバラ公の逝去であろう。翌五月には気丈に議会開会式をこなしておられたが、同年秋ぐらいから体調を崩されてしまう。それでも二〇二二年六月には国民とともに、「プラチナ・ジュビリー(在位七〇周年記念式典)」を盛大に祝った女王であったが、その三ヶ月後にはついに帰らぬ人となってしまった。本書締めくくりの場面で、女王と老公とのなかむつまじい姿を見れば想像がつくとおり、お二人は本当になくてはならないパートナーであった。
 女王の国葬には、訪英がかなわなかった天皇皇后両陛下をはじめ、世界中から貴顕らが駆けつけた。そして国内からも、ウェストミンスター・ホールでの女王の正装安置を訪れ、女王に最後のお別れをしたいという人々の列がやむことがなかった。その数は四日間で、実に五〇万人以上にも達したとされる。その生涯を国や世界のために尽くしたエリザベス女王は、国民から真に愛された君主であった。
 わが国なら、皇室をフィクションに登場させるなど考えられないかもしれないが、そこは「ミステリー小説の母国」であり、女王ご自身がジェームズ・ボンド(007)やくまのパディントンと共演するほどの王室である。このあたりに女王と国民の懐の深さというものもかいることができよう。
 その女王が有した無限のえいによって解決されていくミステリーを、これからも数多く残してくれることを切に望んでいる。

作品紹介・あらすじ



エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬
著 S・J・ベネット
訳 芹澤 恵
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2023年02月24日

女王陛下探偵団、結成?女王が王室家政婦殺人事件に挑む! 解説・君塚直隆
女王陛下探偵団、結成!?
90歳の英国女王が、王室家政婦殺人事件と消えた絵画の謎に挑む!

英国でシリーズ20万部! 21カ国で翻訳!!
追悼・エリザベス女王
君塚直隆「英国王室を知り尽くした作家による究極のミステリー」(解説より)
英国Amazonレビュー1700以上 ★★★★☆4.5

英国のEU離脱で沸く2016年。バッキンガム宮殿の屋内プールで王室家政婦ミセス・ハリスが不慮の死を遂げる。最初は事故死とされていたが、「人殺し」と罵る脅迫の手紙を彼女が受け取っていたとわかり、事態は急変。女王は秘書官補ロージーとともに殺人事件の線で秘密裏に捜査に乗り出す。謎を解く鍵は、50年前に寄贈された、女王のお気に入りの悪趣味な絵画? 現実と創作が交叉(こうさ)する、世界最高齢の女王ミステリ第2弾!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000548/
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