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レビュー

漢詩人・原采蘋の人生を描く圧巻の時代ミステリ!――『女だてら』諸田玲子 文庫巻末解説【解説:大矢博子】

男装の麗人として名高い、漢詩人・原采蘋の人生を描く圧巻の時代ミステリ!
『女だてら』諸田玲子

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

女だてら』著者:諸田玲子



『女だてら』文庫巻末解説

解説
おお ひろ(書評家) 

 すでに著者あとがきを読まれた方はご承知のことと思うが、解説から目を通している人のためにあらためて記しておく。
 本書の主人公・はらみちは、江戸時代後期に活躍した実在の女性漢詩人である。
 号を原さいひんという。ちくぜんのくにあきづき藩の儒学者・原しよの娘で、かんざんらいさんようとも交流があり、六十一歳ではぎで客死するまで漢詩を作りながら旅をする生活を生涯続けた。旅の防犯上からか、それともただその方が動きやすかったからか、みちは男装で旅をしたことが知られている。二十二歳で父とともに(現大分県)を訪れたときの彼女の様子を、地元の漢詩人・ひろたんそうは「その様はらいらいらくらく、男子に異ならず、又能く豪飲す」と記しているほどで、男装はみちの見た目にもキャラクターにも合っていたようだ。
 漂泊の男装詩人──といえばそれだけでさまざまなドラマが生まれそうだし、〝男装の麗人〟かわしまよしのごとく映画や宝塚の演目になっていてもおかしくないほどだが、彼女を描いた小説は意外なほど少ない。秋月藩のお家騒動を描いた葉室麟『秋月記』(角川文庫)に脇役として登場するくらいである。『東遊漫草』『采蘋詩集』といった詩集は残っているし、地元福岡で伝記が編まれたりしてはいるものの、史料が少なく研究が進まなかったのも全国的には名前が知られていない一因だろう。二〇一四年に日本大学大学院・たに氏が発表した論文とその後の著書(参考文献参照)でようやく全体像が整理されてきた感がある。
 そこに目をつけたのがもろれいだ。
 ところが、一読して驚いた。原采蘋が主人公というから、漢詩は男の教養とされた江戸時代に才覚と努力で名を成した女性の闘いの記録のようなものを想像していたのだ。あるいは漢詩人としての業績を描くのかも、とも思った。しかし本書で展開されるのは密書を巡る時代ミステリではないか! しかもアクションあり、謀略あり、ロマンスありの、完全にして抜群に面白いエンターテインメントなのである。
 なるほど、こう来たか──と膝を打った。
 歴史小説とはある面において推理小説に似ている。史実として確定しているものや史料として残されているものを手がかりとして繫ぎ合わせ、その隙間を想像・推理し、矛盾のないように埋めてひとつの物語を組み上げる。アクロバティックな創作が史実と辻褄が合う形できれいにハマったときのサプライズと快感は、まさに手がかりを集めて意外な真相を導き出すミステリの醍醐味に通じるものだ。
 では諸田玲子は、この原采蘋のどこに謎を見出したのか。秋月から江戸を目指した采蘋の旅日記が途中で途絶え、翌年に江戸で存在が確認されるまでの彼女の足跡が不明なことだ。おりしもこの時期、秋月藩では後継を巡るお家騒動が起きている。
 男装の放浪詩人・お家騒動・日記の空白。
 まるで三題噺のような「史実」を、諸田玲子が見事に繫げて鮮やかなフィクションに練り上げたのが本書なのである。
 文政十一年三月、若年寄・ほん遠江とおとうみのかみまさおきのもとに辻斬りと思しき他殺体が発見されたという報告が入る場面で物語は幕を開ける。その他殺体は漢詩の一節と「白圭」と書かれた紙を隠し持っていた。はくけいというのが原古処の嫡男・えいろうの号であることを思い出した遠江守は秋月藩で何か変事が起きているのではと、瑛太郎と面識のある御蔵番のいしがみきゆうもんに探索を命じた。
 一方、その少し前。福岡藩の支藩である秋月藩で嫡子が急死した。養子を巡り、本藩寄りの家臣と現藩主が対立。江戸で藩主が家臣たちに軟禁されるという事態になる。その対抗策として国許では、縁のある公卿を介して幕府の権力者に繫ぎをとろうとした。だが藩士が動けば妨害される。そこで旅の経験が豊富なみちが密書を託された。公卿への奏上や関所の詮議は男の方が都合がいいので、みちは兵庫で男装し、そこからは弟の名を名乗って旅を続けた……というのが諸田玲子のアイディアだ。
 思わず唸った。「男装の放浪詩人・お家騒動・日記の空白」という三つの「史実」がこれほど見事に、かつアクロバティックに、ひとつの筋にまとまるとは! 男装の詩人という史実を「密書を運ぶための隠れ蓑」とし、この時期だけ日記が存在しないという史実に「秘密のミッションだったから」という解釈をつける。その密書やミッションはお家騒動という史実からの発想だ。もちろん創作である。創作ではあるが、しかし、まったく史実と矛盾しない。史実と矛盾しないということは、「そうだったかもしれない」ということでもある。
 これこそ歴史小説の面白さだ。歴史小説がもたらす昂奮だ。
 さらに本書を魅力的なものにしているのは、そのサスペンスである。京から江戸まで東海道を使って旅をするのだが、同行者ですら敵か味方かわからない。味方だと信じることができても、自分が女であることは明かせない。みちに惚れた女性から迫られたり、男性の連れとひとつの部屋で泊まることになったりと、ばれそうになるスリルもたっぷり。普通なら女性が男性のふりを通すこと自体が無理筋なのだが、原みちという女性は体格も良く性格も豪傑、「その様は磊磊落落、男子に異ならず」なのだから史実が説得力を与えてくれるのだ。
 もちろん密書運びにはさらなるスリルが用意されている。すんでのところで追手をかわしたり、騙されたと思ったら助けられたり、絶体絶命のピンチを思いがけない策略で切り抜けたりと、まさに巻を措く能わずのエンターテインメントなのである。
 ロードノベル的面白さも見逃せない。七里の渡しを船で渡り、おおがわを馬と人足の手を借りて渡り、はこの関所を通る。宿場町の様子、宿の描写、峠越え。この旅の章だけでも一編の映画になりそうなほど、情景が目に浮かび、一緒に旅をしている気持ちになる。
 幾つものピンチをどう切り抜けるか、江戸についてからもさまざまな妨害が待ち受け、事態は一筋縄ではいかない。そしてここでもまた──詳細をここに書くのはやめておくが、みちが男装しているということが、とても大きな意味を持つ展開が終盤に待っているのだ。いやあ、上手いなあ。
 だがエキサイティングなだけではない。男にも女にもなれる、というのが本書でのみちの大きな武器なのだが、それは同時に、恋には障害となる。また、使命を託されたからには、たとえ兄が危篤に陥ろうが帰ることはできない。父である原古処が「不許無名入故城」(無名にして故城に入るを許さず=目的を果たすまで帰ってくるな)という遺言をみちに与えたという史実にダブルミーニングが付与され、ここで効いてくる。
 手に汗握るサスペンスの隙間にふと、女としての、娘としての、妹としての、みちの哀しみがにじむ。けれどそれらを意志の力で蹴散らし、みちは前に進むのだ。それが物語を何倍も奥行きのあるものにしているのである。
 原采蘋という魅力的な人物を、男社会で闘う女性でもなく漢詩の業績でもなく、お家騒動の中で使命を託されたミステリの主人公として描いた諸田玲子。その選択は変化球のように見えて、実は、ともすれば史実以上に明確にみちの置かれた状況を紡ぎ出していると言える。男装しなければ旅ひとつできない、身分の高い人に会うこともできない、そんな中を才覚と度胸で泳ぎ抜き、見事ミッションを果たしたみちの姿は、そのまま、没落した家にあって勉学を怠らず、当時珍しかった女性漢詩人として活躍するに至ったみちの生き方に重なるのである。
 江戸時代に、こんな女性がいたのだ。それを知るだけでも、なんだか励まされるではないか。事実の驚きと創作の力の両方を存分に堪能できる一冊である。
 なお、本書が気に入られたら、ぜひ諸田玲子の代表作である『かんにあらず』(角川文庫)や赤穂事件を女性を主人公に描いた『四十八人目の忠臣』(集英社文庫)、織田信長の正室・濃姫が主人公の『ちよう』(PHP文芸文庫)にも手を伸ばしていただきたい。歴史を女性の目を通して描く諸田の作品群は、きっと新たな発見を与えてくれるはずだ。

作品紹介・あらすじ



女だてら
著者 諸田 玲子
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2023年02月24日

男装の麗人として名高い、漢詩人・原采蘋の人生を描く圧巻の時代ミステリ!
文政11年、漢詩人・原古処の娘であるみちは、若侍に姿を変えた。昨年、秋月黒田家の嫡子が急死し、福岡の黒田本家の専横に対抗できる人物を立てるべく、京、そして江戸へと向かう密命をおびたためだ。女であることをひた隠しにしながら任務に邁進するみちに、兄の友人・石上玖左衛門という心強い旅の道連れができる。だが酒を酌みかわし、心を通わせていく一方で、みちは、彼にも秘密があるのではないかと疑心暗鬼に囚われる。不気味な追っ手の影、錯綜する思惑、巨大な陰謀―聡明なみちは得意の変装術と機転で、危機を切り抜けていくが…。実在した漢詩人・原采蘋の数奇な半生と、秋月黒田家お家騒動の驚きの内幕をスリリングに描いた、圧巻の歴史ミステリー。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111000502/
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