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「『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』刊行記念セミナー」イベントレポート③【登壇者:昭和女子大学総長 坂東眞理子】

 10月8日(日)、東京ミッドタウン日比谷で開催された「『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』刊行記念セミナー」。三人目の登壇者は、昭和女子大学総長の坂東眞理子さん。元米国ファーストレディ、ミシェル・オバマに学ぶ、「自分らしい生き方」を語りました。

「『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』刊行記念セミナー」イベントレポート③
ミシェル・オバマに学ぶ「もっとあなたらしく」

登壇者:昭和女子大学総長 坂東眞理子



 私は現在、昭和女子大学総長をしておりますが、その前は30年以上、公務員として働いておりました。

 私のキャリアチェンジは公務員から大学へ、その一回だけです。公務員の時は、二年ごとに仕事が変わり、一番長い仕事で四年、埼玉県副知事やブリスベンの総領事などいろんな仕事を経験しましたが、すべて公務員という枠の中で務めてきました。ミシェルさんが弁護士としても企業法務、公行政、そしてファーストレディとしてキャリアチェンジしたのに比べて少ない回数です。
 
 私は、初めて大学に来た時は、本当に別の世界に来たなと感じ、「マリコインワンダーランド」だな、などと言っておりました。

 公務員は分担協力して仕事を進めますが、大学は教員一人一人が教育や研究に携わり、資料もすべて自分で準備する方式です。今まではアシスタントや部下が準備してくれていたものを自分で作ることになり、大学に来て初めて、パワーポイントやパソコン操作を学びました。

 キャリアチェンジする、変身をする、変わるというのは、恐ろしく不安なことです。

 大学に移る前にハーバード大学で研究員となり、副知事、総領事など、新しい世界と触れる機会をもつようにしておりましたが、変身という意味ではまだ経験が十分ではなかったのです。

 大学生に話すのですが、彼女達は結婚や就職のことで頭がいっぱいでも、このあと30代、40代、50代、60代、70代、80代、その人生をどう生きるか、それが現実の問題になってきます。

 とはいえ私も、30歳になる時は「これで私の青春が終わる」と思ったものでした。
 ところが、40歳になる頃にはまた「30代はよかったな」と思ったのです。

 20代は未熟で下っ端、苦労ばかりでしたが、30代になってようやく自分にもできる仕事がある、と思えるようになりました。私は白書を書いたのですが、それまでは公務員として自分に何ができるのかと不安でした。アメリカに留学したのも、子育てを経験したのも、30代です。
 
 そして「40代なんておばさんの人生だな」と思っていましたが、40代では管理職になり、チームとして動いて、大きな仕事ができるようになりました。

 私は、女性の皆さんに、管理職になるといいわよと勧めています。管理職になると、自分の不得意なことをチーム員に依頼できるのです。得意な人に苦手な業務を任せ、自分がすべきことに集中できるのが、管理職のよいところです。

 そして50代後半で公務員から大学へとライフシフトし、その後60代、70代と歳を重ねているわけですが、気持ちの上では若く、今でも新しいことが起こるとわくわくします。

 私が20代の頃は、子どもが生まれると多くの女性は仕事を辞め、専業主婦になるような時代でした。
 職場でも「女性は無理することはないんだよ」「女性なんだから、頑張らなくてもいいんだよ」というメッセージが呪いのように発せられ、女性は「何も仕事で頑張ることはない」と思い込まされていました。それが私の密かな怒りでした。

 ミシェル・オバマさんは、アメリカ人のワーキングマザー達からも大変人気のある、元ファーストレディです。
 彼女は、労働者階級の黒人が多い地域で育ちました。父親は足が不自由でしたが、自分に誇りを持っていれば、周りから何と言われても、他人によって不幸になることはない、というメッセージをしっかりと娘たちに伝えた人生の達人でした。


『心に、光を。』本文より。ミシェルと父。Obama-Robinson Family Archive 

 ミシェルさんは特別に背が高く目立ったため、いつも場違いだという気持ちを持っていました。成績がよく17歳でプリンストン大学に入りましたが、そこは白人の富裕層が圧倒的多数を占める世界です。その中で、浮いている自分を意識しながらも友達に助けられ、少しずつ自分の居場所を確認していきます。

 そしてコミュニティを見つけ、勉強して専門職を目指すことで、自分が普通の人と違うという気持ちから解放されたと言います。

 しかし企業法務の世界は自分とは違うと感じ、シカゴの行政職に転職します。教育とキャリアコースは一流でしたが、弁護士をライフワークとしてのめりこむことができず、収入が半減しても、法律系の地方公務員になる選択をするのです。

 また結婚後も不妊の時期があり、ようやく授かった子どもを大事に育ててきた、ということも率直に書いています。

 心の中で持つ不安を、どのように克服するかがライフストーリーと重なっており、ファーストレディとしてファッションアイコンとして自信に満ちて見えるミシェルさんが、疎外感や不安に苛まれていたと読むと、親近感が芽生えてきます。

 ミシェルさんのキャリアは一直線ではなく、政治家として多忙な夫とバランスを取ろうと四苦八苦しています。

 アメリカは男女平等社会ですから、女性は管理職の4割ですが、産休がありません。子どもを育てるのは親の権利であり義務であるという考えで、1年間に12週間設定されている男女平等な病気休暇を利用するように求められたりします。

 マサチューセッツ州の友人は〇歳児を預け、月2000ドルの保育所代がかかると言っていましたが、日本のワーキングマザーは、法的には最長二年間の育休を取ることが可能です。日本は法律や制度は行き届いているのですが、違うのは夫のサポートです。
 
 ミシェルさんの場合は、政治家の夫のサポートは期待できませんでした。そのため、友達や母親、親類ネットワークに支えられて子育てをしたと言います。

 異なる文化で育ち、政治家という職業に就いたバラクさんを夫に持ったミシェルさんは、多くを相手に期待してないと書いています。それでも信頼の絆をつくりあげました。

 自分が親から愛され受け入れられ、ありのままに認められたという基本的な自信をもって育ったミシェルさんは、親になってからも、友人や自分の娘との間に信頼の絆を作り上げました。

 アメリカと中国の青年は、自己肯定感がとても強く、「自分には価値がある」「世の中に影響を与えることができる」とする人が8割に上るという調査があります。
 学校の成績は一つの能力のメルクマールですが、それだけで人間は測れません。

 あなたの良さは認めているよ、という態度は、とても大事だなと改めて反省しました。

 ミシェルさんは、資源と時間、エネルギーを、友達との関係に投資しなければならないと言っています。知り合った人にまた会いたいと声をかけるのは勇気がいるものですが、一歩踏み出して声をかけないと、友達関係は生まれないし、育ちません。

 信頼関係を構築するには、相手のいいところを感知しなければならないと強く言っています。相手に対する感嘆の気持ちが友達関係の第一歩で、好意を言葉で表し、行動でフォローアップすることが必要です。
 いろんな種類の友達が、人生を豊かにしてくれるのです。私も羨ましく思いました。
 
 これからの長い人生を、自己肯定感を持って生きていくことはとても重要です。
 
 私はよく、「どうしたら自信を持てるでしょう」と訊かれます。
 その時、私は小さな成功を得ることを勧めます。初めからホームランを目指さず、自分の力が100だったらまずは105を目指す、スモールステップで自分を励まし、自分を応援し褒めるのです。
 自分で自分を励ますことをルーティン化していくということは、ミシェルさんもこの本で書いています。
  
 夫から大統領選出馬について相談されたとき、ミシェルさんはなぜ自分はそれが嫌なのか、原因を自分で分析しました。そして、自分は変わるのが嫌なんだ、と気づきます。そして、不安にとらわれネガティブな選択をしたら、後悔するだろうと気づき、彼の決断を受け入れるのです。 

 母親だから、妻だから、女性だから、歳だから。
 変わらない自分でいい、と思ってしまった時には、ちょっとワンステップを踏み出してみましょう。


会場からの質問

――年齢バイアスを乗り越えるコツ、エピソードは?

 私が20代の頃は、4年生大学卒の女性は一般企業に就職できなかった時代です。そのため公務員として就職し、早く結婚して早く子どもが生まれましたが、当時は子育ては母親がすべきという空気がありましたし、人に育ててもらうだけの価値のある仕事を自分はしているのか、というプレッシャーもありました。
 
 そんな折、先輩女性から「どんな母親も完璧じゃないわよ」と言われ、肩の荷が下りました。ほかの人もみな、至らないところを抱えているのだと思ったら、気が楽になり、与えられた場で生きていくと考えるようになり、積極的になりました。
 
 私は常日頃から高齢者に、断捨離・終活よりも、就活と言っているのですが、「人に迷惑をかけてはいけない」という感覚は、自分で自分を縛るだけです。
「お互い様」という感覚があれば、もっと生きやすくなると思います。

――やりたいことがわからないという友人にアドバイスをしたいのですが。

 公務員時代にも感じたことですが、昇進のために我慢を重ねていると、昇進することが目的になってしまい、やりたいことを忘れてしまうんです。
 周りのリクエストに応えていい子だと言われて育ってきた人、子どもや夫のために自分を殺してきた人は、自分のことは二の次になり、やりたいことがわからなくなった人が多いものです。

 私は掃除をしてもすぐ疲れ、その割にきれいにならず、うんざりするのですが、本を読んでいると、同じ時間があっという間に過ぎてしまいます。
 ミシェルさんは編み物が自分に向いていると気づき、パンデミックの間、それが心の救いになりました。心がフローの状態になる(集中する)ことが、その人のやりたいことではないでしょうか。
 
 昭和女子大学では、いろんな経験を積んでこられた方に社会人メンターとして、登録いただき、学生にアドバイスをしていただいています。マスコミで働きたい学生がいれば、経験談を話してもらいます。メンターの側からも、自分の人生の価値を発見して力づけられるとよく聞きます。

 こうした社会貢献が、自分のやりたいことになっていかれる方もおります。

 60代で終活なんて言っている人は、歳を取ったら何もできなくなると思い込んで、自分で自分の可能性を狭めているのだと思います。
 70代が老いの花という言葉があります。70歳になる時は、もう高齢者だと思いましたが、年齢は主観的なものです。
 
 まだまだ成長します。前向きにチャレンジしましょう。

登壇者プロフィール

坂東眞理子(ばんどう・まりこ)
1946年、富山県生まれ。昭和女子大学総長。東京大学卒業後、総理府に入省、その後95年埼玉県副知事、98年オーストラリア・ブリスベン総領事、2001年内閣府初代男女共同参画局長。04年から昭和女子大学教授、同大学女性文化研究所長を務め、07年に同大学学長、14年理事長、16年から総長として女性教育の最前線で活躍。著書に300万部を超えるベストセラー『女性の品格』ほか、50冊以上の著作を刊行。


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