10月8日(日)、東京ミッドタウン日比谷で開催された「『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』刊行記念セミナー」。二人目の登壇者は、パリコレクション取材から帰国直後のファッションジャーナリスト・流行予測研究家、藤岡篤子さん。元米国ファーストレディ、ミシェル・オバマのファッション戦略を分析しました。
「『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』刊行記念セミナー」イベントレポート②
ミシェル・オバマに学ぶファッション戦略
登壇者:ファッションジャーナリスト・流行予測研究家 藤岡篤子
ミシェル・オバマのファッションは、これまでのどのファーストレディとも異なるものだ。「ファッションを、有効に戦略的に使い、新しいファッションへの向きあい方を提示した」と藤岡篤子さんは語る。
世界の誰よりも強いインフルエンス力を、十分に使った初めてのファーストレディとして、ミシェルのファッションには語るべきことが多い。
ミシェルのファッションの姿勢はHigh & Low。
Highは、ルイ・ヴィトンやトムフォード、オートクチュールのヴァレンティノなどのハイブランド、Lowは、カジュアルで親しみやすいH&MやJ.CREW、TARGET、GAPなどだ。
ミシェルはその両方をその場に居合わせる相手、目的によって使い分けた。
ファーストレディに就任した一日目に着た洋服は、キューバ系アメリカ人デザイナー、イザベル・トレドのデザインだ。これまで大きなところでは注目されたことはなく、メインストリームではないが、若く才能があるデザイナーを見つけ、自分が浴びる脚光を分け与えた。
夜のドレスは、当時まだ20代だった台湾系アメリカ人デザイナー、ジェイソン・ウー。
多民族国家で競争の激しいアメリカで、敢えて普段、日の当たらない移民に焦点を当て、晴れ舞台に起用。誰一人知る人がいなかったデザイナーは、このドレスによって、初めてホテルのホールを借り切ってショーを開催できるほど社会的地位が上がった。
ミシェルは二回目のバラクの大統領就任式の際もジェイソン・ウーを着ている。自分の感性に合い、才能あるデザイナーを見抜く力があったのだ。
大統領選に出馬したバイデンと、副大統領候補だったカマラ・ハリスを応援するために民主党の公開オンライン演説を行ったのは、パンデミックのさなかのことだった。18分間の歴史に残る名スピーチを行った際、胸に付けていたのはゴールドのネックレス。
ピンクローズ、ホワイトローズ、イエローと様々なゴールドが使われたネックレスには、 小さくVOTEとある。「今の政治体制を変えるために、投票に行こう」というメッセージを、ファッションを通じて発信したのだ。
ネットでは視聴者からあのネックレスが欲しいという声が上がり、まだ無名だったブランド、バイチャリのデザイナー、チャリ・カスバードも驚く大反響となった。
ミシェルは安い服も高い服も着る。そしてそのことにわざとらしさがない。
バラク・オバマの大統領選一期目対抗馬のジョン・マケイン陣営の副大統領候補であったサラ・ペイリンが高額な服を着てスキャンダルになった時のことだった。
ミシェルはテレビのトークショーに現れ、服のブランドを問われ「J.CREWよ」と答えた。H&Mのワンピースでショーに出た際には、35USドルであることを明かし、スタジオから拍手を受けた。
一方、イギリスでは、白いTシャツに黒いカーディガンでエリザベス女王陛下に拝謁した。パールのネックレスをつけ、服は白と黒に統一することでフォーマル感を出しているが、スーツかジャケットがマナーであるところを、ミシェル流を貫いた。
エリザベス女王のピンクが映え、失礼には当たらない服装を選んだのだ。イヤリングも小さいパールで、アメリカのカジュアルと人間的な温かさを感じさせる。
夜の晩さん会では、アメリカを代表するデザイナー、トム・フォードの白いイブニングドレスを着ている。
ミラノの万博では、ミッソーニを着用。中国外遊の際は、3.1 フィリップ リム、インド訪問の際はダニー・ルハーン、日本訪問の際はタダシ ショージなど、自分の気に入った服を選びながらも、相手の国に敬意を払っている。
チャリティイベントの際には、威圧感や権威を感じさせず、共感を抱かせ、印象が強く残らないノンブランドを着ている。
ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズなど名だたるアメリカの新聞が、ミシェルのファッション特集を組み、ピープル誌はベストドレッサー賞、ヴァニティ・フェアは世界のベストドレッサーベスト10の一人に彼女を選んでいる。
的確な場所に、的確なファッションで現れたことが評価されているのだ。
パーソナルスタイリストのメレディス・クープのセンスも光るが、ミシェル自身の視線もはっきりとしている。
アメリカという多民族国家の中で、主流から少し外れた人に、自分という存在を通して、光を与えているのだ。
ダイバーシティを抱えるアメリカに、もっともはっきりとファッションを通し自分の意思を伝えたのがミシェル・オバマだ。「多様性」に焦点を当て、マイノリティや移民の、実力はあるが資金のない人たちに、自分を媒介として脚光が当たるように、ファッションを戦略的に用いたファーストレディ。
目的と意味を見出しながら生きる、その実践を描いたのが、『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』だ。
登壇者プロフィール
藤岡篤子(ふじおか・あつこ)
国際羊毛事務局(IWS)を経てファッションジャーナリストへ。朝日新聞、毎日新聞、AERAなど新聞からモード誌まで幅広いメディアに執筆。「25ans」「Precious」「marieclaire」など連載多数、情報知識辞典「IMIDAS」のファッション分野執筆。神戸芸術工科大学客員教授。名古屋学芸大学メディア造形学部ファッション造形学科客員教授。