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試し読み

「この場所から出られないー」突如生じた閉鎖空間。この場所で何が起こる!?/神永学『心霊探偵八雲 ANOTHER FILES 沈黙の予言』試し読み⑤

死者の魂を見ることができる名探偵・斉藤八雲が、連続殺人事件の謎に挑む!
心霊探偵八雲シリーズとして、アニメ化もされている超人気作の外伝『心霊探偵八雲 ANOTHER FILES 沈黙の予言』 が3月24日に発売されます。
外伝は一話完結の絶品ミステリ。本編を読んだことがない方にも楽しんでいただけます。まずは、冒頭の40ページを発売に先駆けてお届け!

>>前話を読む

 ◆ ◆ ◆

 山の中腹に位置するその場所は、これまでの斜面が噓のように開けていて、野球場くらいの広さの湖が広がっていた。
 いだ湖面は、まるで鏡のように、山の緑を映し出していて、何とも幻想的な光景だった。
 展望もよく、そこから街並みが一望できた。
 夜景も相当にれいなはずだ。
 晴香は、解放感に浸りながら、肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。
 天気がイマイチなのが残念だ。晴れていたなら、ここでのんびり森林浴をするだけでやされそうだ。
「何をぼさっとしている。さっさと行くぞ」
 せっかくの気分を台無しにするように言ったあと、八雲はさっさと歩き始める。
「少しくらい、いいじゃない」
 晴香は、小声で文句を言いながらも八雲のあとに続く。
 その進路の先には、赤い三角屋根の建物が見えた。
 建物の作りは古いが、最近、リフォームされたのだろう。屋根だけでなく、白い壁や木の柱などは、真新しく見える。
 二階建てで、窓も開放感のある大きな作りで、お洒落しやれな雰囲気だ。
「素敵だね」
「さっさと用件を済ませよう」
 八雲は、スタスタと歩みを進めると、ペンションの玄関の扉の前に立った。
 景観を楽しもうという気持ちは、少しもないらしい。
 八雲が扉に手をかけようとしたところで、向こう側から開いた。自動扉というわけではない。
 中から、奈津実が顔を出し、ぱっと明るい表情を浮かべる。
「良かった。来てくれた」
 この反応からして、扉を開けたらたまたま八雲がいた──ということではなく、部屋の窓から八雲の姿を見かけて、出迎えに来たといったところだろう。
「状況を確認したら、すぐに帰る」
 八雲は、喜ぶ奈津実をあしらうように無表情に言う。
 少し戸惑った素振りをみせた奈津実だったが、「分かりました」とうなずいたあと、晴香の方に顔を向けてきた。
「えっと……昨日も会いましたよね。彼女さん?」
「あっ、いや私は……」
「違う。助手だ」
 晴香より先に、八雲が端的に言う。
 彼女じゃないのは事実だし、晴香がここにいる理由としては適切なのだが、もう少し言い方というものがあるだろう。
 ──って何を期待してるんだか。
「どうも。助手の小沢晴香です」
 気持ちを切り替え、挨拶をした。
 奈津実は、助手という説明に納得していないらしく、げんな表情を浮かべながらも、「よろしくお願いします」と頭を下げる。
 この態度──もしかしたら、八雲に対して特別な感情を抱いていて、自分にしつしているのでは? などと勘繰ってしまったが、確かめることはできなかった。
「お客さん?」
 再び玄関の扉が開き、今度は背の高い中年の男性が顔を出した。
 短く刈り上げた頭髪には、白髪が交じっているが、浅黒い肌に、引き締まった身体つきをした人物だった。
「昨日、話した幽霊の件で……」
 奈津実が言うと、男性は納得したらしく、「ああ」と声を上げたあと、にこっと人懐こい笑みを向けてきた。
「オーナーのかつらです。奈津実ちゃんが、何だか妙なことを頼んでしまったみたいで、申し訳ないです」
 そう言って、桂木は丁寧に頭を下げた。
「いえ」
 八雲が首を振る。
「おれは、幽霊なんていないと言ったんだけど、奈津実ちゃんが見たと譲らなくてね」
 桂木は、頭をきながら苦い顔をする。
 どうやら、オーナーの桂木は、幽霊が出るという奈津実の話を、懐疑的に見ているようだ。
「ペンション内で心霊現象が起きていると聞いたのですが、桂木さんは体験していらっしゃらないんですか?」
 八雲が探るような視線を桂木に向ける。
「心霊現象って言われても……どういうものだか……」
「幽霊の姿を見たとか、ラップ音を聞いたとか、何でもいいですが……」
「まあ、変な音くらいは聞いたことあるよ」
「それって」
 晴香が声を上げると、桂木は「いやいや」と首を左右に振る。
「リフォームしたとはいえ、建物自体が古いからね。そういう音がするのは仕方ないことだよ」
「宿泊客の中で、幽霊を目撃した人もいるそうですが」
 八雲が質問を重ねる。
「ああ。そんなことを言ってたお客さんもいたなぁ……でも、単なる見間違いだと思うよ。あっ、せっかく来てくれたのに、いきなりこんなこと言ってゴメンね」
 桂木が、取りつくろうように言う。
 どうやら、桂木は幽霊の存在を全否定しているようだ。客商売をしているのだから、心霊現象などという噂が立ったのでは色々と都合が悪いと考えている部分もあるのだろう。
「別に構いません。ぼくも、闇雲に騒ぎ立てるつもりはありません。一応、義理があって来ているだけですから、何もなければ、すぐに退散します」
「それだと、何だか追い返しているみたいだね」
「ぼくは、追い返されているつもりはありません」
 八雲が言うと、桂木は声を上げて笑った。
「君、面白いね。そういうひねくれたところ、息子によく似てる」
「息子さんがいらっしゃるんですか?」
「ええ、まあ。離婚して別々に暮らしているけど。今は大学生だから、君と同じくらいの歳だよ。生意気でね」
 桂木が肩をすくめるようにして言った。
「さきほど、リフォームしたとおつしやっていましたが、ここにペンションを開いたのは、最近のことですか?」
 八雲がたずねる。
「二年くらい前だね」
「それまでは、何をされていたんですか?」
「普通に会社勤めをしてたな」
「どうして急にペンションを?」
「まあ、色々あってね……。偶々、会社を辞めたタイミングで、この物件が売りに出されているのを、知人の紹介で知ってね」
「そうですか。いい場所ですよね」
「何もなくて不便なところだけど、なかなか趣があっていいだろ」
「ええ。この建物、以前は何に使われていたんですか?」
「前もペンションだったみたいだよ。学校の合宿とか林間学校なんかでも使われていたらしいね」
「今も学生の受けれはしているんですか?」
さばききれないからね。あまり大人数の団体さんはお断りしてるんだよ」
「そうですか。ちなみに、過去に、この建物で何か事件があったという話は、聞いていませんか?」
 八雲がさらに突っ込んだ質問をする。
 もし、本当に幽霊が出るのであれば、ここで死んだ人がいる可能性が高い。事前に、そうした情報があれば、調査も楽に進むという意図だろう。
「聞いたことないな。購入するときに、そういう話も聞かなかったな。あっ、ゴメン。今から、宿泊客の出迎えに行かなきゃいけないんだった」
 桂木は早口で言うなり駆け出し、ペンションの脇にめてあったグレイのワンボックスカーに乗り込み、エンジンをかけて走り去って行った。
「忙しそうですね」
 晴香が口にすると、奈津実は苦い顔をした。
 思ったことを言っただけなのだが、嫌みととらえられてしまったかもしれない。
 微妙な空気が流れたところで、ポツポツッと頰に水滴が落ちた。
 見上げると、雲がさっきまでよりずっと低い位置にあった。ゴロゴロッと雷の音も混じる。
「雨が降ってきたみたいなので、取りえず中に──」
 奈津実に促され、晴香は八雲と一緒にペンションの中に足を踏み入れた。
 晴香は、バタンと扉が閉まる音を背中に聞いた。
 もしかしたら、もう二度とこの場所から出られないかもしれない──どういうわけか、そんな不安が脳裏をよぎった。

(このつづきは本編でお楽しみください)


角川文庫『心霊探偵八雲 ANOTHER FILES 沈黙の予言』著者:神永学 イラスト:鈴木康士


神永学心霊探偵八雲 ANOTHER FILES 沈黙の予言』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000655/


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