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試し読み

「ねぇ。遊ぼうよ」湖を彷徨うこどもの幽霊の正体は…?/神永学『心霊探偵八雲 ANOTHER FILES 沈黙の予言』試し読み①

死者の魂を見ることができる名探偵・斉藤八雲が、連続殺人事件の謎に挑む!  
心霊探偵八雲シリーズとして、アニメ化もされている超人気作の外伝『心霊探偵八雲 ANOTHER FILES 沈黙の予言』 が3月24日に発売されます。
外伝は一話完結の絶品ミステリ。本編を読んだことがない方にも楽しんでいただけます。まずは、冒頭の40ページを発売に先駆けてお届け!

 ◆ ◆ ◆

七の月の最後の日──。
緑に囲まれた、黒き水。赤い三角の下、過去の罪が暴かれる。
悔い改めなければ、三つの魂が地獄に落ちる。

れい──」
 すずは、水面みなもに映る月を眺めながら、感嘆とともに漏らした。
 黒く染まった水面に、白い光りを帯びた玉がぽっかりと浮かんでいる。そのまま、手ですくい取って月を持ち帰ることができたら、どんなに素敵だろう。
 ぽちゃん──。
 音がするのと同時に、湖面に波紋が広がり、丸い月がゆがんで壊れてしまった。
 隣りに立っているたかしが小石を投げ込んだらしい。
「あんな月よりさ。お前の方が綺麗だよ」
 顔を背けるようにしながら孝が言った。
 ──キモい。
 美鈴の肌が、ぞわぞわっとあわだった。
 せっかく、月の美しさに心奪われていたのに、「あんな──」とののしられたことできようめする。ただ、同じサークルだというだけで、「お前」呼ばわりされるのは腹立たしい。
 食堂で行われている宴会を一人抜けだし、夜風に当たりながら心地く散歩していたのに、どうして孝がついて来ているのだ。
 考えれば考えるほどに腹が立った。
 孝は美鈴の答えを待っているようだったが、口を開く気は毛頭なかった。
 殺し文句のつもりなのだろうが、そんな薄気味悪い台詞せりふで、心を動かす女性がいたら、会ってみたいものだ。
 美鈴は、聞こえていないふりを決め込んで、くるりときびすを返すと、そのまま赤い三角屋根のペンションに戻ろうとした。
 だが、それを制するように、孝に手首をつかまれた。
「おれの気持ち──分かってるだろ」
 孝が言う。
 ドラマの見過ぎなのだろう。そういう上から目線の言い様が、本当にむかつく。
「知らないし。ってか放して」
 美鈴は、孝の手を振りほどくと、ペンションに向かって歩き出した。
 さすがに美鈴にその気がないと察したらしく、孝が追いかけてくることはなかった。ほっとしたところで、悲鳴が聞こえた。
 美鈴は、反射的に足を止める。
「た、た、助けてくれ──」
 おびえた孝の声が耳に届いた。
 美鈴は、思わずため息を吐く。危機をしらせることで、振り向かせようとしているのだろう。情けない。
「知らないから」
「うわぁ! よ、せ! 来るな!」
「うるさい」
「止めろぉ!」
「いい加減にしてよ」
 美鈴は、怒りの声を上げながら振り返った。
 ──え?
 さっきまで、湖の縁に立っていた孝が見当たらなかった。木陰に隠れたのだろうか。でも、人間の身体を隠せるほどの大木はない。
 ──いったいどこに行ったの?
 孝の姿を捜して、辺りを見回してみるが、見つけることができなかった。ただ姿が見えないだけでなく、気配そのものが消え去ってしまったかのようだ。
 孝が、気を引く為に隠れているだけだから、気にすることはない。美鈴は、自分自身に言い聞かせ、再び歩きだそうとした。
 だが──。
 誰かに手首を摑まれ、思わず動きが止まる。
 孝の手より小さかった。それに、人間の体温とは思えないほどに冷たい。
 ──見てはいけない。
 分かっているのに、どういう訳か、身体がいうことを聞かなかった。引き寄せられるように顔を向ける。
 そこには──。
 子どもが立っていた。頭からつまさきまでずぶれで、ひたひたと水が滴っている。
 青白い顔で、紫に変色した唇が、薄い笑みを浮かべていた。
「ねぇ。遊ぼうよ」
 子どもが美鈴の腕を引いた。
「いやぁ!」
 叫び声とともに、美鈴の意識はぷつりと途絶えた──。

    1

「やあ」
 ざわはるは、声を上げながらそのドアを開けた──。
 めいせい大学のB棟裏手にあるプレハブ二階建ての建物の一階の一番奥。〈映画研究同好会〉部室だ。
 この場所は、大学が部活やサークルの拠点として貸し出している。いわばサークル棟の一つだ。
 しかし〈映画研究同好会〉など存在していない。実体のない活動を大学側に申請し、この部屋を文字通り根城にしている不届きな学生がいるのだ。
 いつもの椅子に座っている、部屋のあるじ──さいとうくもの姿が目に入った。
 ぼさぼさの寝グセ髪で、半開きのまぶたはいかにも眠そうで、くちもとを歪めて腕組みをしているが、寝起きというわけでも、機嫌が悪いわけでもない。
 これが普段の八雲なのだ。
 八雲は、部屋に入ってきた晴香をいちべつしたあと、小さく首を左右に振った。
 その態度に、少しだけ違和感を覚える。
 いつもなら、「また君か──」とか「トラブルを持ち込むな」とか、晴香の顔を見るなり、文句を口にするのに──。
 八雲の向かいの椅子に座ろうとしたところで、晴香はようやく先客がいることに気づいた。
 同年代と思われる女性が、ぽつんと座っていた。
 背中越しということもあって、顔をはっきりと見ることはできなかったが、わずかに肩が震えていて、泣いているように見えた。
 もしかして、修羅場に出会でくわしてしまったのだろうか?
 心臓がぎゅっと小さく音を立てた気がした。
「あっ。えっと、ご、ごめんなさい。また、あとで……」
 そそくさと立ち去ろうとした晴香だったが、それを八雲が呼び止めた。
「別に構わない。彼女は、もう帰るところだ」
 八雲の声はひどく冷淡だった。目の前の女性を追い払おうとしているかのようだ。
 女性は、しばらくじっとしていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。
「斉藤君なら、きっと助けてくれると信じてます」
 女性が絞り出すように言った。
 だが、八雲は無視を決め込んだ。
 あきらめたのか、女性がくるりと晴香の方に身体を向けた。
 女性と目が合った。
 童顔で、可愛い系の顔立ちをしているのだが、線が細く、どこかかげを背負っているような雰囲気があった。
 女性は、晴香に目礼してから部屋を出て行ってしまった。
「ねぇ。本当に大丈夫なの?」
 晴香は、微動だにしない八雲にたずねた。
 詳しいことは分からないが、さっきの状況からして、あの女性は、八雲に助けを求めてやって来たようだった。
 それなのに、あんな風に冷たい態度を取ったのでは、あまりに可哀相だ。
「珍しく、いいタイミングで来てくれた」
 八雲がつぶやくように言う。
「いいタイミング?」
「君が来てくれなければ、延々と居座っていたかもしれない」
 そう言って八雲は長いため息を吐いた。
「何か頼まれたんじゃないの?」
「いいんだ」
 八雲は、あくびをみ殺しながら答える。
「本当にいいの? すごく困ってたみたいだけど……」
「らしいな」
 八雲の言い様は、完全に他人ひとごとだ。
「らしいって……困ってるなら、何とかしてあげた方がいいんじゃないの?」
「そうやって、何でもかんでも首を突っ込むと、どっかの誰かさんみたいに、トラブルメーカーになる」
 ──むっ!
 完全に、晴香のことを言っている。
 これ以上、何かを言ったら、過去のことを穿ほじくり返されて、小言を拝聴することになりそうだが、どうにも気になることがあった。
「さっきの人、知り合い?」
 晴香が訊ねると、八雲の頰の筋肉がピクッと動いた。

(第2回へつづく)


角川文庫『心霊探偵八雲 ANOTHER FILES 沈黙の予言』著者:神永学 イラスト:鈴木康士


神永学心霊探偵八雲 ANOTHER FILES 沈黙の予言』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000655/


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