とにかくウツなOLの、人生を変える1か月

人生が変わる魔法の杖、あなたならいくらで買いますか?
毎日を頑張るすべての人へ――。
有名ブロガー・はあちゅうが贈る、超実用的な応援小説『とにかくウツなOLの、人生を変える1か月』が3月24日に文庫版で発売となります。文庫化を記念して、物語の魅力が詰まった「プロローグ」を一挙大公開!
主人公は、慢性的な倦怠感を抱く20代後半のOL・
奈緒と一緒に、あなたも“なりたい自分”を見つけてみませんか?
>>第3回へ
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一か月コースは、高いとも安いとも言い切れない価格だった。奈緒の一か月分のお給料のちょうど半分だ。
でも、ヒカリさんの言った通り、人生がこれで変わるなら惜しくない額ではある。奈緒は昔、「カジュアルに通ってみよう。初めてのメンタルクリニック」と題した精神科入門の記事を書いたことがある。欧米諸国では、お悩み相談所のような感じで精神科が使われていて、一回五千円から数万円で相談が受けられるのだ。もちろん、場所や相手にもよるだろうけどマッサージにいっても、一時間の値段はそれくらいである。一か月は30日だから、ヒカリさんがいう「メンタルコーチのメソッド」のカウンセリングに30日間通ったら、このくらいの値段にはなるだろう。
勇気を出せば、出せなくはない。けれど、一介のOLにとって、気楽には出せない額だ。ひやかしでは通えない額に設定しておくのは、ジム側もお客を選ぶということだろう。それだけの決心を客側にさせないと、「まあいっか」と甘えが出る。それなりの代償を払ったものに対して、人は一生懸命元を取ろうとする。
奈緒は改めて自分に問うた。
この値段を払ってでも私は人生を変えたいだろうか。そもそも、何をどう変えたいのだろう。この値段を払えばさっきの「今の人生は何点ですか」というアンケートに、迷いなく5点の大満足、をつけられるだろうか。
いや、そんなはずはない。奈緒の人生はこれからも変わらないだろう。これまで約30年、こんな態度で人生を送ってきた。あとの30年もこのままだろう。そして、そのまま定年まで働いて、愚痴を言いながら、老後を過ごす。そんな人生が自分にはお似合いだ。
そう考えた後に、本当にそれでいいんだろうか、と思い直す。
これまでの30年、同じことを続けてきたから、こうやって、不完全燃焼の毎日を過ごしているのだ。あとの30年と、その先の数十年をこのままいくか、それとも自分の納得のいくものにするか。未来から見たら、今が分岐点じゃないだろうか。
このまま何も変えなかったら、何も変わらない人生がこの先も続いていくだけだ。今、これだけのお金を払えば、人生が充実するならそれは、すごく得な取引じゃないだろうか。預金通帳にお金を残したところで、特に買いたいものもないのだ。今まで稼いだお金は将来のために貯めてきていた。その将来というのは今この瞬間かもしれない。
ヒカリさんもそう強くは勧めてこない。
「奈緒さんは、何か大きく人生を変えたいとか、決心があってここに来たわけではないですし、高いと感じるかもしれません。
でも、それだけ払っても人生を変えたい人だけがここに通っています。
逆に言うと、その覚悟がないと出せない値段設定にしています。お金を出して、やるぞ、と奮起してもらわないと、人生なんて変わりませんから」
その言葉には、心から納得できた。たしかに、お金も払う勇気がない人が人生を根こそぎ変えるなんてできるはずがない。ヒカリさんの戦略にまんまとはまっていっている気がしないでもないけれど、彼女の言葉には重みがあって、騙されている感じはしなかった。むしろ、あと一押しして、自分に決心させてほしいとまで思う。
「これを払うと、どんなことができるんですか?」
「一か月、何回でもうちのジムを予約できます。最低でも週に一回、月に四回は来ていただいて、お話しします。話をしながら、ノートにいろいろ書き出してもらうこともあるかもしれませんが、基本的にはお話が中心です。カウンセリングですね」
「つまり、相談料だけでこの値段なんですよね?」
「はい。でも、絶対に満足していただけると思います。
ただ、うちでは実際に相談者さんに会うことを重視しているので、電話やメールでのサポートはしていません。迷うお値段だと思うので、慎重に考えてください。無理に勧めたり、勧誘の電話をかけることはないので、その点もご安心くださいね。
値段の目安がなくて、比較もできないから、決断が難しいとは思いますが……。
ちなみに奈緒さんは旅行に行かれたりしますか?
旅行でこの額だったら、高いとは思わないと思うんです。それは旅行という経験に奈緒さんが、その値段を払っていいと思っているからですよね。百円のチョコレートも、百円でいいと奈緒さんが思うからこそ、買うんだと思います。奈緒さんは、旅行やチョコレートは買ったことがあるから、高い、安い、というご自身の基準がもう出来上がっています。だから、高い、安いの判断ができますよね。
こういったサービスは他ではなかなか見ないと思いますしご不安だと思います。高いと思うのも当然です。なので、何度も言ってしつこいかもしれませんが、ゆっくりご決断なさってください。
私たちは、私たちを必要としてくださる人には、全力で向き合います。パンフレットを持ち帰ってゆっくり考えてください」
「いえ、持ち帰ったら、逆に決断できなくなっちゃうと思います。こういうのって、今ここで決断するか、一生悩んだまま終わるかだと思うんです……」
「たしかに、勢いは大事ですよね。
私は、欲しいものの価値って、タイミングによって変わると思うんです。例えば、目の前に可愛いワンピースがあって、あ、これ欲しい、絶対に着たい、と思ったらそのワンピースが三万円だとしても、三万円の価値は確実にあると思うんです。でも、その気持ちが冷めて、二週間後にそのワンピースを見たら、もう三万円出してもいいなんて思えないんですよね。ちょっと高いな、と思ってしまう。ワンピース自体は何も変わっていないのに、自分の中での価値が下がっちゃうんですよ。だから、欲しいものは欲しい、と思った時に買うのが一番いいし、タイミングを逃したら、価値は下がってしまうと思うんです。このジムも、たぶん、興味が一番湧いている時に入るのが、一番楽しくはなると思います」
「確かに、物の価値って、いかに自分が欲しているかによって変わりますよね」
ヒカリさんは、わかってくれて嬉しい、とでも言いたげにまた、ニッコリと笑う。この人は言葉も巧みだけれど、表情も巧みだ。さすが、表情のプロだけある。
「ところで、ひとつ、聞いてもいいですか? 奈緒さんは、今、人生を変えたいと思っているんですよね。なんで変えたいと思うんですか? 幸せのレベルは3と書いていますよね。これを、いくつにしたいですか?」
さっき、書いたカルテのことだ。正直、幸せのレベルなんてよくわからないから、とりあえず真ん中を選んだだけで、特に理由なんてない。
「それはもちろん、5にしたいです。毎日、幸せだって全身で感じながら生きてみたいって思ってはいるんです。平日の朝だって、今みたいに嫌々じゃなくて、やる気に満ち溢れたまま起きてみたいです。そうなったらすごく幸せだと思います。
でも、そんな日が自分に来るとは思えないんです。
今の状態に満足できなくて……。ううん、今だけじゃなくて、これまでの人生で、私、ずっとうまくなんていったことないんです。今朝も、テレビ番組で司会をしている女子アナを見て、たぶん同じくらいの年なのに、あっちは勝ち組でこっちは負け組で、なんで世の中って不公平なんだろうって思ってました。
実は、私、今日は会社をずる休みしてるんです。別に、風邪や病気なわけじゃなくて、どうしても行く気が起きなくて……。
あ、休むのがクセになっているわけではないです。そして、仕事が嫌いなわけじゃないと思います。たまに、面倒くさくはなりますけど、すごく嫌いってわけでもない。普通です。会社でいじめられたりしているわけでもないし、セクハラだって受けてないし。
でも、今朝ふと何もかもが嫌になって休みたくなっちゃって。いつもは休む想像だけして、会社には行くんですけど、今日は本当にやる気が出なくて、初めて休んだんです。私って変ですか? でも、病院に行くほどではないと、自分では思っているんです」
「いえ、変じゃないですよ。私にも、よくわかります、その心境。仕事が嫌になったり、自分のことが嫌になったりする日なんて、誰にだってありますよ。
そして、奈緒さんが今朝した選択、正解だと思います。休むって勇気がいりますから。勇気がいるほうの選択をした奈緒さんは偉いと思います。ご自身で、こんなにも客観的に自分の状況を説明できるし、本音も言える。
私たちは、心で動いていますからね。心が疲れていたら、いろいろうまくいかなくて当然です。土日っていうのは会社が勝手に決めている休みですから、たまには合わなくなりますよね。自分のタイミングで時には休むことを自分に許してもいいと思います。心や体が壊れてしまう前にね。
奈緒さんは、自分のことさえちゃんと信じてあげれば必ず人生を変えられます。だって、奈緒さんは自分が幸せだって自覚をもっているんですもん。会社でいじめられてもいないし、セクハラだって受けていないし、仕事が嫌いでもないって今おっしゃいましたよね?
そのセリフ、なかなか出てきませんから。奈緒さんは、自分の人生のポジティブな要素にちゃんと目が向いているんです。普通は、心が疲れると、視野がどんどん狭くなって、自分のことしか見えなくなって、客観的な視点もなくなります。
本当に助けてあげるのが大変なのは、自分の世界に入り込んじゃっている人なんです」
その言葉を聞いて、奈緒は目からウロコが落ちる気がした。
ヒカリさんは、なめらかに言葉を続ける。
「もう少しだけ聞いてもいいですか? 奈緒さんは、幸せレベルを5にして、毎日幸せだって思うためには何が必要だと思いますか?」
唐突に何が必要かと聞かれても、奈緒には答えられない。どうしたら毎日、幸せだと感じながら生きられるか? それがわからないから、たぶん今ここにいる。そんなの、ふいに聞かれて、答えられる人なんているだろうか。
「よくわからないです。考えたこと、ないです」
「そうですよね。それが普通だと思います。普通は、自分にとって何が幸せかってことは考えないんです。だけど、ゴールがどこかわからないマラソンに参加したら、もやもやしませんか。私って、一体どこ目指して走ってるんだろう、何のために走ってるんだろうって思いますよね。
それと同じで、人生にも目標をつくるといいと思うんです。だから、ここでは、何を目標にするかを一緒に決めて、その目標を一緒に達成します。
奈緒さんは、今の人生の中で何が不満ですか?」
質問が矢継ぎ早にくる。
「具体的に何というより、何もかも不満なんです。だから、ピンポイントで出てこないんです。もちろん、さっきも言ったみたいに、すごく不幸せなわけじゃないから、他の人にとっては私の悩みなんて、取るに足らない悩みかもしれません。
太ももが太いし、顔だってもっと可愛く生まれたかったし、今の会社は嫌いじゃないけど、仕事にはもうずっと前から飽き飽きしていて、もっと楽しくてやりがいのある仕事につきたいです。お給料だって、もっと欲しくて、海外旅行やエステにもがんがん行きたいです。
まあ、エステや旅行が人生を楽しくしてくれるかにも自信はないですけど、とにかくもっと新鮮な気持ちで、明日が来るのが待ち遠しいって気持ちになりたいんですよ」
「さっきは何もかもっておっしゃっていたけど、口に出してみると、何もかもではないでしょう? 容姿、お仕事、お金……ちゃんと絞れているじゃないですか。こうやって、人に話すと問題点が具体化するからいいですよね。口に出したり、紙に書いたりすると、もやもやしているものの正体がわかりますよ。
他にはありますか?」
(つづく)
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