とにかくウツなOLの、人生を変える1か月

仕事にお金、恋、時間、人間関係、ダイエット……6つの対話で、なりたかった「私」に変わる!
毎日を頑張るすべての人へ――。
有名ブロガー・はあちゅうが贈る、超実用的な応援小説『とにかくウツなOLの、人生を変える1か月』が3月24日に文庫版で発売となります。文庫化を記念して、物語の魅力が詰まった「プロローグ」を一挙大公開!
主人公は、慢性的な倦怠感を抱く20代後半のOL・
奈緒と一緒に、あなたも“なりたい自分”を見つけてみませんか?
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◆ ◆ ◆
なめらかなヒカリさんの言葉に、つられて口が動き出す。
「まだまだあります。学生時代のことを後からうじうじ言ってもしょうがないんですけど、よく、時間を巻き戻せたらいいなって思います。そもそも、大学も行きたい大学じゃなかったですし。受験、頑張れなかったんです。受験の時期に、親の夫婦喧嘩がすごくて、勉強に集中できなかったんですよね。もっと、仲良しのお父さんとお母さんのもとに生まれていたら、よかったなって思います。
あと、友達にすごくお金持ちな子がいて、その子は、欲しいものはなんでも手に入る生活をしていて、就職も親のコネで入社していて……娘の受験の足をひっぱるうちの両親とは大違い。
私、いい大人なのに、愚痴ばっかり言って、かっこ悪いですよね。それに、私は私の人生で、なんで満足できないんだろうって思います。
上を見ちゃいけないって思っていても、自分より幸せな人が目についてしょうがないんです」
「上を見ちゃいけないって、なんで思うんですか? 上を見るのが普通ですよ」
「え?」
「上を見るって、夢を持つってことですよ。そこに憧れて、その人たちを目指せばいいだけです。妬んで、彼らが落ちぶれるのを望んでもなんにもならないですけど。自分より境遇のいい人を憎んだところで、自分の人生は変わりませんよね。それどころか、その人を憎むために、どんどん自分を彼らより下に置かなくちゃいけなくなります。
でも、その人たちを目指して、行動していけば、自分の人生が進みますから。
奈緒さんは、憧れた人の、素敵な要素を自分に取り込む練習をしていけばいいのかもしれませんね。他にはありますか?」
ヒカリさんの言葉は優しくて、こちらを言い負かすというよりは、包み込んでくれている感じがした。でも、実はさっきから、言葉を重ねれば重ねるほど、自分がみっともなく思えていた。
いい年して、何年も前の大学受験の失敗まで持ち出して、親のせいだと言ってみたりして、自分の不幸を正当化するなんて、冷静に考えれば、かっこ悪い。社会人になって、もう何年もたつ。大学時代なんてもう10年ほど前の話になるのだ。そんな昔の失敗をひきずって、このまま一生被害者気分で生きるんだろうか、と奈緒は自問自答した。
そんなみじめな人生は嫌だ。
「もう、この際だから全部吐き出してもいいですか? 小さいことだけど、朝、起きられないことも、すごく嫌なんです。学生時代、結構早起きは得意だったんですけど、最近はあんまりぱっと起きられなくて、そんな自分にイライラします」
「朝起きられないのは、もしかしたら、毎日の憂鬱と密接に関係しているのかもしれませんね。あるいは単純に睡眠時間が足りないか。
では私からまた聞きたいんですが、今奈緒さんが言ったことが全部解消されたら、奈緒さんは人生が変わったって思えるんですよね? それが、奈緒さんの理想の人生なんですよね?」
思わず、声が詰まる。そんな風に考えたことはなかった。例えば早起きができたら、今より毎日は少し、生き生きするかもしれないけれど、それぐらいのことを幸せと呼んでよいのだろうか。
「幸せ」という言葉にふさわしいのは、もっと大きな何かじゃないだろうか。そりゃ、小さな不満が全部解消されたら毎日は今より、良くはなるだろう。でも、そんなことで、人生が激変、と言えるのだろうか。たかが早起きだけで?
激変、という言葉にはもっともっと大きな、根本からの変化が必要ではないだろうか。自分と誰かの人生がまるごと取り換えられてしまうくらいの。
それに、この目の前の美女が、果たして、私の人生を変えてくれるのかということも怪しい。
足が太いのも、朝に起きられないのも、他の誰でもない、私の問題だ。完全に自分のせいなのだ。この美女・ヒカリさんが何かをしてくれたところで、変わるわけがない。私が払ったお金と引き換えに、ヒカリさんが私の代わりに早起きをしてくれても、ダイエットをしてくれても、私は私のままだ。早起きは、訓練したところで身につくのかよくわからないし、ダイエットなら、ここにいるより、スポーツジムに行ったり、瘦身サロンに通うべきだろう。
そんなふうに頭の中で自問自答を続けていると、ふと気づいた。
そうだ、全部、これって、目の前のヒカリさんの問題なんかじゃない。彼女の人生は彼女のもので、奈緒の人生は奈緒のものなのだ。どんなにヒカリさんが私を想ってくれても、人生を私の代わりに生きてくれるわけではない。
早起きにしたって、ダイエットにしたって、自分で考えて、自分で解決しないといけない問題だ。
「まあ、早起きができたり、瘦せたりして小さな不満が全部消えたら、人生が変わったって思えなくもないかもしれないです。理想の人生か、と言われたらそうまでは言いきれないですけど……」
「一つ一つ変えていったら、やがて全部が変わりますよ。いっぺんに全部は無理ですけど。もしよかったらさっき奈緒さん自身が口に出した不満を、一か月でひとつひとつ一緒に考えて、どうやって改善していくか、考えてみませんか? 変えたい気持ちと変わろうという意志があれば人生は変わるって実感してもらえると思うんです」
ヒカリさんは、確信を持った口調で言った。それは、ヒカリさん自身が、自分の人生を思い通りにしてきたからこそ言える言葉なのだろうか。
「そういえば、ごめんなさい、私、自分が名乗っていないことに気づいてしまいました。申し遅れましたが、このメンタルジム・ヒカリの代表をしている、ヒカリと申します。よろしくお願いします」
ああ、やっぱり、この人は
でもそれをヒカリさんに告げるよりも、このジムに自分は入るべきではないか、今、この瞬間、この場所にいるのには、理由があるのではないかということで頭がいっぱいだった。
30分後、奈緒は帰宅するため、表参道駅に向かって歩いていた。
足取り軽く、思わずぶんぶんと前後に動かしてしまう手の中には、領収書がある。メンタルジム・ヒカリの一か月コースの料金をカードで支払ったのだ。
さっきまで、「人生を変えるためにお金を払う」という未体験のことにどぎまぎして、本当にこれは、怪しい世界への入り口ではないのかとか、この額を払うだけの価値があるだろうかとか、疑問と不安がつきなかったけれど、いざ払ってしまうと、いっそ清々しい気持ちになれた。そして、お金を払うという思い切った行動が、自分をすでに大きく前に動かしてくれた気がした。ヒカリさんとの会話の中で、「こうやって、ヒカリさんと話しながら、不満をひとつひとつつぶしていくようにすれば、自分の力で人生を変えられる」というイメージが湧いたのだ。
決意というのは、意外に弱いから、目に見える形にしないといけない。だから、この領収書と手渡された白い会員カードには、すごく意味がある。これらは、奈緒が自分の人生を変える、という強い決心をしたことの証なのだ。
ふらっと立ち寄るだけのつもりだったのに、すごく大きな買い物をしてしまった。だけど、後悔はしていない。
最悪、このお金は無駄になってもいい。
大学受験に失敗したおかげで、あまり大学生活を楽しく過ごせなかった。楽しく過ごしたら、自分の二流大学での生活を肯定してしまう気がしたのだ。だから、こんなところにいるはずじゃなかった、という気持ちを保つために、心から話せる友人も作らなかったし、サークルも一瞬顔を出しただけで、あまり続けなかった。バイトやネットサーフィンばかりしていた。
どんな大人も、20代で、一回はバカなことをしているんじゃないだろうか。それは、大きなことではなくても、大学時代にお酒を飲んで失敗したり、とんでもないものを買ってしまったり。
奈緒にはそういう経験がない。だからこそ、もうすぐ30代を迎える身として、「20代の黒歴史」があってもいいと吹っ切れた。20代、最初で最後の大きな買い物だ。
それに、今まで「こういうことはしないだろう」ということをしなかったから人生が「こういうふうになるだろう」と思ったとおりになったのかもしれない。だからこそ、自分で自分を裏切ってみようと思ったのだ。神様がいるとしたら、今頃、私の突然の脈絡のない行動に、驚いているだろう。この行動は、「こんなはずじゃなかった」という予想外の人生を奈緒に見せてくれるかもしれない。
そして何より、ヒカリさんにも興味が湧いた。
あのヒカリさんがなぜ、あんな場所であんなことをしているか、絶対に一か月のうちに聞いてみたい。
わずかな時間だけで、人間的な魅力と、芯の強さを浴びるほど感じた。背筋がピンとして、動作のひとつひとつが、流れるように美しい。あの人と同じ空間にいるだけで、気持ちが落ち着く気がしたのはなぜだろう。ヒカリさんと、この一か月、何度も会うことで、それこそ「憧れた人の、素敵な要素を自分に取り込む練習」になるかもしれなかった。
今までは存在を知っていただけで、気になる存在ではなかった「
ヒカリさんがただの表面的な美人であれば、奈緒は外見に圧倒されて、逆に、もう二度と会わないという選択をしただろう。朝の女子アナの、屈託ない笑顔をまた思い出す。完璧な美や愛らしさは、それを持ち合わせていない奈緒の劣等感を刺激するのだ。普段だったら、奈緒はヒカリさんのそばで、居心地の悪さを感じ、ヒカリさんを憎んでいたかもしれない。こんなにも全てを持って生まれてきた、恵まれた人間は、他の恵まれていない人間からの憎悪の対象になることによって、やっとバランスが取れるんじゃないだろうか。
多かれ少なかれ、人は自分の外見にコンプレックスを持っていて、コンプレックスを刺激してくる相手のことは少しぐらい憎んでも仕方ないと思う。
こんな自分は情けないと思いながらも、ちょっとしたアラを美人な友人の顔に見つけると、ほのかに嬉しくなってしまうのは否定できない。ファンデーションが顔の上でよれていたり、口元のシワが目立ったり、おでこにコテの大きなヤケド痕がついていた時、奈緒は気づかないフリをしていても、ついつい心の中でほくそえんでいた。
だけど、ヒカリさんに関しては、憎む気持ちが一切湧いてこなかった。外見は完璧すぎてアラ探しのしようがないとも思ったけれど、それ以上に、ヒカリさんには、そういう意地悪な気持ちをこちらが持ってしまうようなスキを与えないオーラがあるのだ。
家に帰り、早速、二日後にカウンセリングの予約を取ったら、二日後が待ち遠しくなった。
お金と引き換えに、別人になる切符を手に入れたのだ。大きな大きな買い物ではあったけれど、これから一か月、こうやってわくわくし続けられると同時に、人生がぐんぐん前向きに変わっていくことを考えたら、いい買い物をしたと思えてきた。
実際にはまだ変わってもいない人生が、すでに変わり始めた気さえしてきた。やっと、奈緒の人生は始まったのかもしれない。
(このつづきは本書でお楽しみください)
▼はあちゅう『とにかくウツなOLの、人生を変える1か月』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
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