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試し読み

新米寮監のお手並み拝見! 寮生同士の争いをどう仲裁する? 『私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理』序話試し読み #4

「薬屋探偵」「うち執」などで大人気の作家・高里椎奈さん。待望の新作『私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理』は、全寮制の学院を舞台に仲良し1年生トリオが謎を解く寄宿学校ミステリです。10月23日の発売を前に、カドブンでだけ特別に新作の序話を配信いたします!


私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理


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      4

 寮監の食事は学院内の様々な職員と同席する機会に恵まれる。
 朝夕は寮母メイトロン用務員ハウスメイドと食卓を囲む事が殆どだが、授業のある日の昼食では、寮の食堂グラビングホールに教師を招く慣習があった。
 寮内で開かれる会は、ひとつの例外もなく寮長の仕切りとなる。
 各寮長は四時間目の授業が終わると、約束した教師を大食堂に招待した後、寮監を迎えに来て、昼食を共にするのだから忙しい。
 今日のゲストは低学年を受け持つ語学教師と全学年を見る社交学教師だ。クロテッドクリームとジャムを塗る順番を逆にして眉を顰められた前回の食事はまだ記憶に新しい。食事のマナーに気を配るべきだろう。
「時間が過ぎているので直接お連れします」
「反省しています」
 これでは寮監と生徒があべこべだが、天堂が要らぬ寄り道をして寮に戻っていなかったのだから仕方がない。
 俯いて歩く天堂の前に立って、瀬尾が大食堂の扉を開いた。
 話が違う。
「初めまして、寮監さん」
 薄青に塗装された木板張りの壁が空気を鎮めて部屋を広く感じさせる。白い窓枠に飾られた花瓶の蒲公英が愛らしい。ダークブラウンの木床はよく磨かれて、靴音を打楽器の様に軽く鳴らす。
 無地のクロスの掛かった円卓に着いていたのは、天堂と面識のない二人だった。
 瀬尾が扉を閉めて、円卓の側に寄った。
「寮監。こちらは一年生の科学を受け持つ榎木えのき先生」
「初めまして、天堂寮監」
 ツイードのスーツに身を包んだ老翁が柔らかな所作で会釈をする。首に掛けたグラスチェーンはシルバーのシンプルなデザインだが、眼鏡の蔓に通す留め金の意匠と小振りの青い天然石が何とも洒落ており、彼の表情をより優しげに見せた。
「こちらは養護教諭の相楽さがら先生」
「どうも、初めまして」
 立って挨拶をした教師は顔こそ若そうだが、姿勢が悪い。最後に散髪に行ったのは何ヵ月前か、モカブラウンの髪は野放図に伸びて形崩れしている。縦縞のシャツに合わせたベストはクリスマスの定番みたいにデザインセンスをかなぐり捨てた熊柄だ。
「初めまして?」
 天堂が困惑を隠せずに立ち尽くすと、瀬尾が空いた椅子を引いて着席を促した。
 席の正面には厚い燻製サーモンと酢橘が丸皿に盛られている。ガラスのボウルにサワードレッシングを掛けた生野菜サラダ、籐の籠にはテーブルロールとクッペが用意されて、空のスープカップが食事の開始を待ち侘びているかのようだ。
 天堂は席に着いて二つ折りの手巾を膝に掛けた。
 用務員ハウスメイドが雑な手付きでサイドテーブルに鍋を置く。瀬尾が彼からお玉を引き継ぐと、用務員は円卓の方には目もくれずに退室した。
 四人分のスープカップに注がれたのは緑色のポタージュだ。湯気は立たないので冷製スープらしい。
「いただきましょう」
 瀬尾が告げると、榎木と相楽が思い思いに手を合わせたり組んだりしてカトラリーを手に取った。
「ピスタチオのスープかあ。なるほどなるほど。ピスタチオは栄養価が高く、抗酸化作用がありますから、生徒にも先生にも適している。ねえ、榎木先生」
「うん、味付けもとてもいい」
 榎木が相楽に答えて、不意に細めた目を開く。
「食後にしようかとも思いましたが、後回しにしても変わりませんから、先にお話ししてしまいましょう」
 彼はスプーンを置いて手巾で口元を押さえると、胸を張って天堂を見据えた。
 天堂は慌ててフォークを手放した。
「何でしょうか?」
「日辻君、弓削君、獅子王君の遅刻は記録しません。ですが、授業を受けていない者を受けた事には出来ませんので、特別課題を出しました。学習時間に寮付教師チューターと対応をお願いします」
「あっ、そういう、そうでしたか」
 天堂は不格好な返答をしながら相楽と榎木を交互に見た。予定外の招待客は内密の話をするために呼ばれたのだと漸く知った。
 相楽が苦笑いをしてクーペを割り、バターを塗り込む。
「今本さんは一時間目から授業に送ったので。念の為、放課後の活動は控えて自室で休むように伝えたから、部屋を訪ねるといいよ」
「ありがとうございます。重い怪我には至らなかったのですね」
 天堂の安堵に、相楽が軽妙に頷き返す。クーペを千切り、口に運んで、丁寧に咀嚼する沈黙は、時間にして十数秒。相楽は笑顔と思案の間で三往復して、終いに首を傾げた。
「見た目は派手だったけどねえ」
「……と言うと?」
「僕は事情を知らないから外傷の特徴のみだよ。あれ、避けられたんじゃないかなあ」
 硬いクーペは容易に裂けず、メリメリと湿ったような音を立てる。
 天堂はナイフで切ったサーモンからフォークを抜いた。
「今本さんがわざと殴られたと言いたいのですか?」
「いやいや、殴られてないと言った方が正確かな。つまりね、受けた拳で皮膚が赤くなったり、服を引っ掛けて破ったりはしてるが、彼は全ての攻撃を流してる」
「本当ですか?」
 相楽に聞き返しながら、天堂は横目で瀬尾を見た。
 彼は教師らの話に出る幕なしとばかりに、静かに食事を続けている。
「殴った方も手応えがなかったでしょうね」
「一撃ドカンと入って脳震盪でも起こしていれば、もっと早くに騒ぎが収まっていたのではありませんか?」
「榎木先生、そりゃあ身も蓋もない。怪我の軽重に拘らず暴力沙汰を起こした事自体が問題の本質なんだから。ねえ、天堂寮監」
「勿論です」
 天堂がようやっと頷くと、榎木と相楽が朗らかに笑った。

     5

 奇妙な話を聞いてしまった。昼食を終えて、天堂は唸り声を伴に階段を上った。
 寮の階段は寮生が二人ずつすれ違える程度に横幅がある。校舎と比べれば些か簡素な意匠だが、生徒が快適に暮らす目的で、空調や動線などは寧ろ校舎より気を配って建てられたようだ。
 一階には一年生の部屋とシャワールームがあり、二階には二年生と三年生の部屋と居間にキッチン、三階に四年生の部屋と学習室、四階は五年生の個室が占めている。
 事件のあった居間は清掃されて、騒ぎの痕跡は影も形も残っていない。
 マガジンラックに取り揃えられた新聞によれば、今朝は六時から一時間枠のスポーツ番組で昨日行われた野球の試合がダイジェストで振り返り放送されたらしい。
「これを聞いていたのか」
 日辻の話を追体験するように、天堂は聴覚に意識を傾けた。
 すると、壁の向こうから勢いよく噴き出す水の音がする。
 きっと彼だ。
 天堂は新聞をマガジンラックに片付けて、居間の隣室の戸口に立った。
 五年生の個室よりは幾分広い部屋だ。左右の壁に沿って設えられた調理台に湯沸かしポットやトースター、コーヒーメーカーが並び、部屋の中央に四つの蛇口を備えたシンクが鎮座する。
 寮では間食が許されており、火と刃物を使わない簡単な調理を行う事が出来た。
 休日の午後には空腹の寮生が殺到する簡易キッチンに、荒々しい水音が跳ねている。
行田ぎょうださん」
 音の中心にいた男に呼びかけようとして、天堂は真っ青になった。
「何をしているんですか!」
 男は腰で身体を折り、シンクに頭を突っ込んでいる。蛇口は全開にされているのだろう、水が激しく放出されて、男の首から上が見えない。
 天堂は彼の背中に飛び付いて、シンクから上半身を引き上げた。
「何だよ、先生。仕事の邪魔すんな」
「あ……れ?」
 煩わしげに文句を言われて、天堂は両目を瞬かせた。
 ひとつに結った黒髪は毛先も濡れていない。背は低いが筋肉質な首を大儀そうに巡らせて、鋭い三白眼が天堂を苛む。
 よく見るとシンクの底に泡を含んだスポンジが取り残されて、左隣のシンクでは換気扇のフィルタが流水に晒されていた。
「すみません。手前の水道と奥の行田さんが重なって見えて、何事かと」
「何事かじゃねえよ。おかげさんで今日は余計な仕事が多いんだ。あー、忙しいのはあんたもか」
「いえ、お疲れ様です」
「まったくガキども、用務員ハウスメイドを何でも屋と勘違いしてんじゃねえぞ。俺は意地でも定時に上がってやるからな」
 行田がぼやいてフィルタをシンクから引き上げる。キッチンの換気扇は二箇所だが、フィルタは五枚以上あるようだ。
「お忙しそうですね。それじゃあ、私はこれで」
「俺に用事があったんじゃないのか?」
「私が?」
「今本寮生の部屋を調べるんだろ」
 行田がフィルタを網に上げて、蛇口を閉めた。
「医務室で治療を受けに行ったきり寮に戻ってないから、家探しするなら今の内だ」
「家探しって、生徒のプライバシーは保護されるべきです」
「はあ? プライバシーを尊重して何かあったら、あんたは責任取れるのか?」
 シンクに落ちた名残の水滴がやけに大きく撥ねた。
「責任……」
「他人の子どもを預かって野放しって訳にはいかんだろ。俺は用務員だから寮の建物やら備品やらに責任を持つ。あんたの仕事は? 寮監」
「寮生の監督です」
 分かりきった答えが、今更、天堂の双肩に重圧を掛ける。
 危険性の低いラジオだから悠長に構えていられるが、もし隠し持っているのが刃物だとしたら、問題が起きてからでは遅い。強引に理由をこじつけてでも部屋を検分する必要がある。
「ラジオは果たして安全な玩具かね。既に怪我人が出てるようだが」
 行田が天堂の不安を見透かすみたいに肩を竦めた。
「生徒の部屋に侵入するなんて」
「鍵は付いてない」
「暴力的な解決は生徒の信用を失うかも」
「締めるとこ締めなきゃ見下されて体制崩壊だ」
「生徒がいない間に、部屋に」
「まあ、俺には関係ないけどな。立ち会えって言うなら立ち会う、要らないならいい。それだけだ」
 埃と油汚れが洗い流されたフィルタが水切り籠に立てられる。
 行田は天堂が不正を働かぬよう見張り役を買って出てくれているのだ。慣れた口調から察するに、寮では珍しい事ではないのかもしれない。
 固く絞った布巾でシンクを拭く。モップで床を磨き上げる。水切り籠を窓辺の台に置き、窓を開けて風通しを良くする。行田が力強い手付きで作業を進める様を一部始終見届けるまで、天堂は心を決められなかった。
「私は」
 言い止して息を呑む。
 行田がモップの柄に両腕を載せて、試すような視線を返した。

(つづく)

高里椎奈『私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000369/


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