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試し読み

小紳士たちの優雅な日常に波風が立つ……? 『私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理』序話試し読み #5

「薬屋探偵」「うち執」などで大人気の作家・高里椎奈さん。待望の新作『私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理』は、全寮制の学院を舞台に仲良し1年生トリオが謎を解く寄宿学校ミステリです。10月23日の発売を前に、カドブンでだけ特別に新作の序話を配信いたします!


私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理


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      6

 七時間目の授業が終わると、生徒は自ら選択した課外授業に向かう。人気があるのはスポーツ、音楽、演劇などのクラブだが、必修外の語学や、コンピュータ、機械といった実用的な専門科目の授業を好んで受ける者も一定数いる。
 一方で、選択しない事も出来るが、何もせずに寮に帰る生徒は殆どいない。
 相楽の言い付けを守って今本が帰寮した時、寮にいたのは天堂ら職員だけだった。
「お帰りなさい」
 天堂が玄関ホールのソファから声を掛けると、今本が足を止めた。
「ただいま戻りました」
 電灯を点けるにはまだ明るく、しかし、傾いた太陽は全てを照らすには心許ない。扉のステンドグラス越しに差す夕陽が今本の左半身を陰にして、表情を読み取り難くした。
「痛みはどうですか?」
「ほぼ感じません。御心配ありがとうございます」
「制服も問題なさそうですね」
「シャツはロッカーに置いてあった着替えを使って、ジャケットのボタンは休み時間に縫い付けました」
「新しいシャツの手配を学院に伝えておきます」
「よろしくお願いします」
 会話が途切れて静寂が訪れる。だが、何かを察したように今本も動かない。
 天堂は心を鬼にして目頭に力を籠めた。
「今本さん。部屋を見せてもらえますか?」
 すると、彼は意外そうな顔をした。
「まだ調べていないんですか?」
「職員に入室権限がある事は聞きました。しかし、後ろめたいところがなくとも、人の鞄を開けるのは気が引けます」
「御苦労な性格ですね」
 今本が呆れた顔で隠しきれない毒を吐く。
 だが、何と言われようと天堂は寮監である前に一人の人間だ。
「君の話も聞きます。双方の言い分を信じて聞く事が肝要と考えています」
「一年の話も信じると」
「如何でしょうか?」
 彼が是と言うまで天堂は動かない。腹を括ってソファに居続けると、今本が陽光に背を向けた。
「どうぞ。ぼくは構いません」
「ありがとうございます」
 天堂は立ち上がる足で今本に駆け寄った。
 学院の寮は何処も、五年生になると一人用の個室が与えられる。四階はそれら十室しかなく、下階ほど雑然としていない。
 今本に案内されたのは日辻の話に聞いた通り、階段に最も近い一室だ。
 それが無実の証明だとでも言うように、今本は扉を開くと、天堂に先を譲った。
「抽斗でもクロゼットでも御自由に」
「一応、用務員の行田さんに立ち会いをお願いしました。行田さん」
 天堂の呼びかけで、階段の支柱に寄りかかっていた彼が大股で近付いてくる。今本は嫌な顔ひとつせず、二人を室内へ通した。
 検分に長い時間は掛からない。天堂は一目で思った。
 十平方米ほどの部屋は三分の一がベッドで塞がっている。カーテンこそないが、支柱を天井付近まで伸ばした天蓋が空間を仕切ってアルコーブの様だ。
 大きな窓の前に学習机が置かれて、作り付けの棚は教科書で埋まっている。
 クローゼットと洗面所の扉が並んでいるが、部屋の奥行きからどちらもさほど広くないと予測が付いた。
「机周りを見せてもらいます」
 天堂が言うと、今本が率先して抽斗を次々に開けた。
「寮監は双方の言い分を聞くと言いましたね」
「勿論。君の話も聞かせて欲しいです」
「ぼくの言い分としては、とんだとばっちりです。ぼくは今朝、いつものようにベッドでぐっすり眠っていました。寮長が扉を叩くまではね」
「瀬尾さんが起こしに来たのですか?」
 天堂は一段目と二段目に文具しか入っていない事を確認して抽斗を閉じた。
 今本が腕組みをして頷く。
「あの一年達が、ぼくの部屋からラジオの音が聞こえると寮長に報告したんです。慌てて着替えて居間に下りてみれば、確かに聞いたの一点張り」
「口論が激化して、君も挑発を?」
「まあ……言い過ぎたきらいはあります。途中から面倒になってしまって」
 三段目の抽斗にはテーピングや湿布、サポーターなどが放り込まれている。
「今本さんは腕に覚えがあるようですね」
「武術クラブを選択していますから。日辻がぼくより背が高くとも、弓削が有り余るほど元気いっぱいでも、サンドバッグも叩いた事のない下級生には負けません」
「獅子王さんの膂力は計算違いでしたか?」
「小柄な割にはやるようです」
 答えた今本からは敗北の悔しさは感じ取れなかった。
 天堂は机に続いてクローゼットを検分し、手洗いを備えた洗面所、ベッドの下、果ては天蓋の上まで浚ったが、ラジオどころか電池の一本も見当たらない。
「今本さん、御協力ありがとうございました」
「どう致しまして」
 今本の声が皮肉めいて感じられるのは天堂の自意識過剰だろうか。
 廊下から生徒の笑い声が聞こえる。潔白であったとしても部屋を調べられたと噂が広まっては、今本が居心地の悪い思いをしかねない。
 天堂は焦ってクロゼットの戸を閉じた。
「行田さん、戻りましょう」
「了解」
 答えた時には、行田はドアノブを回している。
 廊下を覗いて生徒がいない事を確かめてから出なくては。天堂はドアノブに飛び付いたが、行田と二人分の体重が掛かり、却って扉が大きく開かれた。
 天堂は咄嗟に当たり障りのない言い訳を考えた。
 幸い、廊下に生徒の姿はなかった。間近で聞こえたように思えたが、神経を尖らせ過ぎただろうか。今本が訝しげな視線を投げる。
「すみません」
「今本」
 取り繕おうとする天堂の横から、行田が口を出した。
「一年生は部屋のすぐ外でラジオの音を聞いたのに、今本は聞かなかったのか?」
「五年ともなると、時計台の鐘が鳴るまで熟睡出来る身体になっているんです。気の早い一年が騒ぎ出さなければあと十五分は寝られましたね」
「迷惑な話だな」
「まったくです。寮監、早く対処してください。寮は安心して暮らせる家であって欲しいんです」
「……頑張ります」
 天堂には未だ全容が掴めなくて、約束するとは言えなかった。
 階段を二階まで下りた頃、帰寮した生徒とすれ違い始める。天堂は挨拶を返したが、心ここにあらずとはこの事だ。
 今本の部屋にラジオはなかった。
 日辻が聞いたと言うラジオの音は何だったのか。
 職員用の部屋が集まるプライベートエリアに戻り、声を掛けられて漸く、行田が同行していた事を思い出した。
「もういいか?」
「すみません。ありがとうございました」
「いや、その分の給料はもらってる」
 行田は素っ気なく答えて行きかけて、連絡掲示板の前で歩を留めた。
「余計なお世話かもしれないが」
 そう言って右腕を持ち上げ、指差したのは――
 天堂は行田の姿が見えなくなってから、彼のいた場所に立ち、右を向いた。
 今年、今月、今週、今日の予定が貼り出されている。
『今週のベル当番:日辻、弓削』
 ラジオの音を聞いたのは。
 引き寄せられる、天堂の心が思考と一致した。

(つづく)

高里椎奈『私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000369/


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