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試し読み

女優・北原里英が紡ぐ解像度抜群のルームシェア小説『おかえり、めだか荘』 試し読み#2

女優・タレントとして活躍する北原里英さんの初小説『おかえり、めだか荘』(2023年8月30日発売)。刊行を記念して、冒頭試し読みを公開します!
本作は、アラサー女性4人のルームシェア生活を舞台に、30歳を目の前にした途端に立ちはだかる、仕事や恋愛、結婚、家族の悩みが鮮明に描かれています。
誰もが一度は考えたことがある「私の人生、これでいいのかな?」という葛藤に寄り添う、あたたい物語です。ぜひお楽しみください!

特設サイト:https://kadobun.jp/special/kitahara-rie/okaerimedakasou



推薦コメント続々!

ヒリヒリしながら、キラキラしてて、ゆらゆらしながら、きちんとしたがる。 女の子と、女の人の谷間のゆらぎ。気付けば、このシェアハウスの住人になっていた。この作家の吸引力。
――リリー・フランキー氏
繊細な選択を迫られる日常の中で、つい見落とされてしまう誰かの優しさを、取りこぼさぬよう大切に光を当てた温もりある物語でした。
――又吉直樹氏
めだか荘に住めばきっと、家で孤独を感じる私は存在しなかったんだろうな…。
――指原莉乃氏

女優・北原里英が紡ぐ解像度抜群のルームシェア小説『おかえり、めだか荘』 試し読み#2

 2階建の一軒家。赤い屋根の大きなおうち。通称「めだか荘」。このめだか荘、という名前は正式名称なわけではなく、わたしが勝手につけたものだ。引っ越してきたとき、玄関外のすぐ横に、腰くらいの高さのある古びたかめがあって、そこに数匹メダカがいたのだ。前の住人が飼っていたのか、自然発生的に生命が生まれたのかは、わからない。甕の中には何本かの水草と、何匹かのメダカが自由に泳いでいた。それがさらにこの家に日本古来の趣を生んでいて、なんだか気に入り、家にめだか荘という名前をつけることにした。その名前は徐々に浸透し、今では住人みんな、その名前でこの家を呼んでいる。
 赤い屋根と言ったが、古い造りのこの家の瓦は赤というより朱色で、年季が入っている。東京には珍しく縁側と庭がしっかりとあるこの家が、わたしはとても好きだった。
 都会に憧れて東京に来たはずが、この田舎くさい一軒家に住んでいるのはなんだか自分でも矛盾を感じるが、結局のところ落ち着くのはこういうところだったりするものだ。おばあちゃんを思わせる日本らしいおうちで、わたしは家族ではなく他人の女の子たちと4人で暮らしている。
 まず先ほどわたしを迎えてくれた、1階の和室に居住する生島柚子。めだか荘の主のようなものと言ったが本当にそうで、この家は柚子のお父さんの持ち物だ。柚子の実家はいわゆるお金持ちで、不動産をやっている。この辺一帯はどこも柚子のお父さんの息がかかっているのだ。ただお金持ちの家というのは少々複雑なようで、どうも柚子はお父さんとうまくいっていない。今回も、家がなくなるということは柚子の口から聞かされたけど、その経緯だったり、あらがえることなのかどうかは、まだあまり詳しく分かっていない。わたし達は間接的に柚子のお父さんにお世話になっているものの、実際に会ったことはなかった。
 柚子との出会いは、レンタルビデオ屋さんの店員と客。映画が好きなわたしが足繁く通っていたレンタルビデオ屋さんで、柚子はバイトをしていた。そんななんてことのない出会いから、いま一緒に住むことになっているんだから、人生というのはなにが起こるかわからない。
 わたしはニコッと柚子に笑いかけてただいまと言ったあと、ちゃんと障子が閉まるのを確認してから階段を上った。まずは2階にある自分の部屋で、楽なかつこうに着替えるのがルーティーンだ。
 階段の先の短い廊下は、歩くと床がギィと鳴る。木造の良さを感じながら自分の部屋に入ろうとすると、隣の扉が勢いよく開いた。
「あぁ、おかえり」
 宮田那智がわたしの顔を見る。ジャケットを肩からかけて、しっかりとメイクをしている那智は、やっぱり綺麗だ。都会らしい洗練された美しさは、この古き良き一軒家にはそぐわなくて面白いけど。
「ただいまー。今から出かけるの? 気をつけてねー」
 わたしはひらひらと手を振って自分の部屋に入った。那智はこんな時間からもサッと家を出られるフッ軽な一面がある(フッ軽というのはフットワークが軽いということ)。どうやら、あの仕事は、お偉いさんと飲んだりすることも仕事の一つらしい。
 この家に一緒に住む4人のうちの1人、宮田那智は、女優だ。とは言っても、街にいる人たちが那智を見かけても振り向くことはない。綺麗な人だな、と思って振り向くことはあるかもしれないけど。
 那智は、わたしが言えることじゃないけど、売れてない。那智をテレビで見かけることはほぼないし、大きな劇場に立っているところも見たことがない。聞いたことのない劇団の舞台に出たり、どこにあるの? という小さな映画館でしかやらない映画に出たりしている。ドラマの中で那智を見たことはあるけれど、セリフは一言二言だった。それでもなにか夢や目標を持って生きている那智はかっこいいと思う。側からみたら、そんなのお金にならないし、成功するかもわからないし、もういい歳なんだし(わたしの3つ上だから……29歳か)、あきらめて普通に生きたら? と思うことも確かにあるけど、わたしはそれを絶対に口にしないと決めている。だって夢があるってだけで、うらやましいし、かっこいい。それに人の夢を笑うやつには、なりたくない。
 那智は、この家に住むことを決めた最後の1人だ。しかもネットという特殊環境を使って。
 女性専用のルームシェア相手を募るアプリがあり、そこで募集をかけ、来てくれたのが那智だった。
 ルームシェアをすることが決まり、3人まですんなりと集まったのだが、やはり女性の奇数は何かとトラブルも起きやすい。そう思ってわたしがもう1人募集しよう、と提案したのだった。
 周りにルームシェアをしてくれる人が他にいなかったので、仕方なくアプリで募集したのだが、いくら安全面が考慮されている、信頼性の高さが売り文句のアプリだからと言って、よくぞ来てくれたものだ。しかも、女優さんだというのに。
 こちらもこちらで、女優と一緒に住むって大丈夫かな、どんな感じなのかなって思ってたけど、那智は少しプライドが高いだけで、基本的には普通の女の子だった。だけどその普通さが女優として足りないところな気がして、もどかしかった。
 ゆるいロンTとスウェットパンツに着替えたわたしは、再び階段を降りてリビングへ向かった。
 リビングのガラス戸を開けてキッチンへ向かう。今日は(というか毎日)料理を作る気力がないので、帰りに駅で買ってきたおそうざいを温めて食べる。そうだ、冷蔵庫に柚子の作り置きがなかったかな。この前の土日、柚子はキッチンに張り付いていたような気がする。電子レンジのボタンをピッと押してから冷蔵庫を開けると何個かタッパーがまだ残っていた。里芋の煮っ転がしに、ほうれん草のおひたし、にんじんしりしり……なんだか身体に優しそうなものばかりだ。
「あ、それよかったら食べてくださいね。もうそろそろダメになっちゃうと思うので」
 冷蔵庫を物色していると柚子がキッチンに入ってきた。
「楓は? もう帰ってる?」
「楓さんはまだです。最近遅いので仕事が忙しいんだと思います」
「そっか。確かに最近、見かけてないなー」
 この家に住むもう1人の女の子、やい楓とわたしは職場が一緒だ。とは言っても、わたしはそのビルで受付係をしているだけなので、楓とは全然違う。楓はわたしの、はるか上にいる。物理的にも、立場的にも。同じビルでバチバチに働く楓は、それこそわたしが憧れていた東京の街を乗りこなす〝自立した女性〟だった。たまに商談に向かう楓を受付から見かけるが、颯爽とトレンチコートを翻し、後輩を従える姿はこの家で見る楓とは大違いだ。まるでドラマの世界のよう。いつも仕事に真剣に取り組み、着実にキャリアを伸ばす楓は女のわたしから見てもかっこいい。いや、同じ女だからこそかっこよく見えるのかもしれない。この令和という時代の象徴かのように、男女という概念を壊しながら仕事をする姿勢はしびれる。
「最近っていうか、楓はずっと頑張ってるね。偉いな」
「そうですね。でもわたしから見たらみんなすごいですよ。ちゃんと夢を持って働いてて」
「わたしはなんもないよ」
 柚子は父親の不動産会社の子会社で働いている。働いてはいるが、そこに本人の意思はなさそうだ。与えられた仕事を定められた期間内に終わらす、事務的な作業。おそらくそこに、ギラギラしたものはない。柚子のそんなところにわたしは勝手に共感していた。
 同世代とルームシェアをしているからなのか、どこか青春の延長線上みたいな空気がこの家にはある。大人になると、夢という言葉は何だか恥ずかしく感じるのだが、この家で発するのはなぜだか嫌な気分がしない。自分には夢はないけれど、周りがしっかりと夢を追いかけてくれているからなのか、こちらまで背筋がピンとなる瞬間が、確かにこの家にはあった。
 そしてそんな空気を持ったこの家にいるだけで、自分には夢がないのに、みんなみたいに前を向いて、目標を掲げて、毎日を必死に生きているような気がしてくるのだ。だからこの家が好きなのかもしれない。自分のなにもない毎日が、みんなを応援する、ということによって意味を持つ気がするのだ。
「もうご飯食べた?」
「あ、まだです」
「じゃあ一緒に食べよっか。あ、柚子が作ったやつなんだけどさ」
 わたしは冗談を言うときの笑顔を作った。つられて柚子も笑った。
 控えめな性格の柚子は、おそらくこの家で一番、わたしに気を許してくれていると思う。そしてわたしもまた、柚子に気を許していた。ぱっと見、外見のタイプの違いで意外かもしれないが、みんなが必死に東京を生きているこの家において、柚子の存在にすごく助けられているのだ。柚子の人生に期待をしていない感じは、わたしと似ている。そこに安心感と仲間意識を覚えることによって、変なしつ心を持つことなく、那智と楓を応援できている。
 柚子はもともとコミュニケーション能力は低いが、決して人が嫌いなわけではない。ただ少し、人と仲良くなるのに時間がかかってしまうだけだった。最初はルームシェアに緊張していたが、今では柚子もあの2人にかなり心を開いてくれている。

 バラバラの場所で産まれて、バラバラなところで生きてきたみんなと、この家で今一緒に暮らしていることは偶然だけど、ものすごい奇跡のようにも感じる。1年もいればお互いのこともわかってきて、だけど知らないことも山ほどあって、それを知らないでいることもまた、大切だったりする。心地いい距離感もつかめてくる。お互いの生活に求めている最低のラインだけをしっかりと守れば、無理に予定を合わせたり好みを合わせたりする必要もない。ただ同じ屋根の下にいるだけだ。友達というわけではないわたし達は、この家を出たあとどんな関係になるのだろう?

(つづく)

作品紹介



おかえり、めだか荘
著者 北原 里英
発売日:2023年08月30日

女優・北原里英の初小説! 30歳目前、夢や友情にもがくルームシェア物語
「めだか荘」でルームシェアをするアラサー女性4人。
恋愛願望が強すぎて上手くいかない遥香、あと少し売れたくて「脱ぐ」か悩む女優の那智、
プロポーズされるも仕事を頑張りたいからと結婚に踏み切れない楓、父親や弟との関係にもどかしさを抱える柚子。
性格や職業がバラバラな4人でも楽しく過ごしていたが、
リニア開通に伴う都市再開発のため、8ヶ月後に退去するよう連絡が来て……。

――私の人生、これでいいのかな?

●著者コメント
子どもの頃から、物語を想像したり妄想したりすることが好きでした。
文章を書くことも好きだったので、作家になりたいな、なんて思っていた時期もありました。
ですがいざ書き始めても、物語を完結させることができない。読書感想文で褒められることもない。
いつのまにかそんな夢を持っていたことも忘れて、わたしはアイドルになり、いまは結婚もいたしました。
そんなわたしの元に突然現れた小説家デビューのお話。
KADOKAWAさんに助けていただきながら、人生で初めて物語を完結させることができました。
特別に教養があったり、詩的センスがピカイチではないわたしに何が書けるだろう、と不安でしたが、
これまで経験してきたことを武器に、そして今のわたしにしか書けないものになったかなと思います。
人生何があるかわかりません。何年越しに忘れられていた小学生の時の夢が叶ってとても嬉しいです。
たくさんの方に手に取っていただけますように。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111000525/
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