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試し読み

初めて目にした、夫の「本業」と怪異の正体とは――? 大注目・怪異彩る契約結婚譚!【各章試し読み2】

いくら食べてもおなかがすいて、直ぐに倒れてしまう。

原因不明の特殊な虚弱体質のせいで「ふつう」の人生をあきらめていた主人公。
彼女が出会ったのは、唯一おなかを満たす料理を作れる、謎多き美貌の料理人で――。

累計68万部大ヒットシリーズ著者、あさばみゆきさんの最新作は、鎌倉を舞台にした〈ごはん×怪異×年の差契約結婚〉物語!
発売を記念して、カドブンでだけ特別に、各章名シーンを配信いたします。


写真

あさばみゆき『茶寮かみくらの偽花嫁』
定価: 704円(本体640円+税)
※画像タップでKADOKAWAオフィシャルページに移動します。


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初めて目にする夫・頼兼の「本業」。そのさなか、〈夜ノ人〉――怪異の根源となる怪しきモノの総称――と目が合ってしまい!?
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 心臓が波打ってる。胸を押さえて一歩下がった時、コップの水面に何か映りこんでるのが見えた。
 ピンク色のミネコのシャツ。しかしその上にのっかっている首は、白い、つるりとした……毛のない頭だ。ミネコじゃない、人間ですらない。
 上下につぶれたへんぺいな顔の、離れたところで目玉が赤く光っている。
 ミネコの体に生えた、蛇の首!
 水鏡に映ったソレと目が合った!
 全身の毛がとがって逆立つ。
 吸いこんだ息がのどの浅いところでつっかえる。
 ぬぅるり。
 首すじから押し入られるカンショク。
「小鳥さんっ?」
 異変に気付いた頼兼が、迷いなくミネコをほっぽり出して小鳥に腕を伸ばす!
(ちょ、頼兼さん、それヒドくないっ?)
 なんてツッコむうちに、視界が暗転した。

  ※

 あーあ、もう嫌だぁ。疲れたなぁ……。
 明日あしたもテストなんだよね。たしか物理と古典だっけな。
 だってさ、まともに勉強できる体調になったの、一か月前なんだよ?
 積み重ねてるモノがなんにもないって、先生だってわかってるじゃん。
 もう三年の夏ですし、今さら大学やら短大やら進学は考えてませんよね? 無事に卒業できたら御の字ですよね──ってカンジで。
 考えなきゃいけないコトがいっぱいありすぎる。
 成績も進路も、それに夜ノ人に食われやすい体質ってなによ。めっちゃ怖いじゃん。どーすんの私。
 ホントにもうさぁ、逃げられたらいいのに。
 テストから? ううん、ぜんぶから。現実から。
 だって私、留年生だし。友達いないし。頼兼さんにも迷惑かけすぎ生活だし。
 ああ、とガックリ首がうつむく。
 背中が重たくて泣きたい気持ちになってくる。
 親だって……、こっちに引っ越す時は心配そうに送りだしてくれたけど、今ごろホッとしてるって分かってるんだよ。
 お母さん、テニスサークルに入ったって言ってたもん。
 倒れるたびにまたかって思ってたの、言葉にしてなくても伝わってきた。
 私の世話のせいで、お母さんとお父さんの仲がケンアクになっちゃったのも知ってる。
 高校留年でも医療費でもすごい金額になっただろうし、散々苦労かけちゃった。
 なのに私は親孝行どころか、今後どうやって自立してお金稼いで生活してけばいいかなんて、全然頭に浮かんでこない。
 ──チャリン。
 家計簿を開いてためいきをつくお母さん。
 私の入院費で、親が何をできたかなって考えちゃう。
 現実はシビアだよ。お金がないと生きてけない。
 ──チャリン、チャリン。
 いろんな人に迷惑かけまくって、ここまで生かしてもらったのにさ。生きるのがしんどいなんて、絶対、思っちゃいけないのに。

 チャリン。

 さっきから何か、金属が打ち合う小さな音がする。
 お金の音?
 水が流れるような音がまざる。
 ぼんやりした視界。
 大勢の人がすぐそこでお祈りしてる。
 ──どうか、お金に困らない暮らしができますように。
 ──商売が当たって、いっぱいもうけられますように。
 ──転職、成功! お願いします!
 この景色はなに?
 ザルにのせたお札に、ざぶざぶしやくで水をかける人たち。
 ──ああ、またかぁ。またお使いに行ってやんなきゃかぁ。
 小鳥の頭のなかで、誰か別の声が溜息をついた。
 チャリン、チャリン。
 そうか、これはおさいせんの音だ。
「あらら。やっぱり小鳥さんに移っちゃいましたか」
 男の人の穏やかな声。頼兼さん?
 背中に手を添えられ、椅子に座るよう誘導された。
 がたん、と、確かに自分のおしりが椅子についた感触がある。
 なのに目の前は、人々が手を合わせてお祈りする景色のままだ。
 小鳥は鼻をすんと動かす。
 強烈に胃ぶくろを刺激する、いい香り。卵のふんわりした香り!
「おなかいたでしょう? どうぞ、めしあがれ」
 優しい声に誘われて、においの方へ顔が引き寄せられる。だが小鳥は必死に自分の動きを押しとどめた。
「でも、あの、わるいから」
「悪くないですよ。どうして悪いなんて思うんですか?」
「わたし、めいわくかけてばっかで。おかねもはらってないのに」
「おや。いつも元気に食べてくれてたのに、本当はそんな事考えてたんですか」
 相手のちょっと沈んだような声に、小鳥は慌てる。
「だって、わたし……、どこいっても、いえでもガッコでも、おにもつで」
 口が考えたままに動く。ふわふわとあいまいな夢の中をたゆたっているみたいに。
「お荷物? 小鳥さんは、自分が手をかけられる価値のないものと思っていますか? どうして?」
「だって、おかあさんとおとうさん、わたしのせいで、いつも、つらい」
「あのご両親は、小鳥さんを大事にしてるように見えましたけど」
「だから。だからわるいの。わたしがいたらタイヘンだから」
「……本気で何かを大事にするならば、大変な事がないはずありません。けれどその上で、それでも小鳥さんが大事なんじゃないでしょうか」
 お母さんの疲れきった顔を思い返して、ぎゅうっと胸が苦しくなる。
「でもわたし、もうムリって、すてられたくない。ほんとはわたしなんてすてたほうが、おかあさんしあわせになれるのに。ごめんね。ごめんなさい」
 両親はもう限界に見えた。
 だから実家を出てここに来たとき、寂しさよりも安心した。先に自分からいなくなったほうが傷つかないから。
「わたしも、もうつかれちゃったよ」
「そうですか……。つらかったですね。さあ、まずはお食べなさい」
 右手にさじをにぎらされた。優しい湯気が頰にあたる。
 涙でぼやけた視界が、神社からカウンターのなべにもどってきた。
 匙にすくった、ふるりと揺れる卵のスフレ。
 はむっと口に入れたとたん……、ぬくもりがいっぱいに広がった。
 ふわふわの卵にくるまれた、透きとおった
 熱といっしょに舌の上で溶けていく、染みわたる優しさ。
「あなたのほうも、ずいぶんとお疲れのようですね」
 頼兼の声が、小鳥の首の後ろあたりに投げかけられた。
 ──つかれたよぅ。つかれちゃったよぅ。
 小鳥の口を使って誰かが答える。
 震える細い声だ。
 ──みんな、おかねおかねってさぁ。おいらんとこ、ホントはおかねの神サマじゃないのにさぁ。
 小さな白蛇が小鳥の中で泣いている。
 ──バイトが見つかって、おいしいものをいっぱい食べられますように。
 手を合わせる青年を、白蛇は水ぎわでとぐろを巻いて眺めていた。
 行っておあげと放たれ、身をくねらせて人間のあとについていく。
 見守って、本人に見合うだけの福を招いてやって、人間が幸せそうに笑ったのを見て満足した。
 さぁ、ご主人さまのところへ帰って、褒めてもらおう。
 そう息をついたとき。
 ──今日はラッキーだったけど、明日あしたはこんなうまくはいかないよなぁ。
 そうつぶやいた人間に、立ち去りがたくなってしまった。それであと一日、残ってやることにした。あと一日、もう一日。
 最初は道端に百円玉が落ちていたのにも目を輝かせた彼が、バイト先で客におごってもらっても、人の善意に偶然助けられても、胸を冷やしたままでいる。
 もうこの人間はありがたいの気持ちも抱かない。
 蛇はだんだん疲れてきた。そして自分の尾っぽが灰色に汚れてるのに気がついた。
 人間の強欲につきあいすぎたんだ。ご主人様のところに帰らねば、夜ノ人にちてしまう。
 ずるずると神社に帰る坂をのぼる。
 道の途中で、自分がなぜここにいるのか、どういうモノだかも分からなくなってきた。
 ああ、腹減ったなぁ。
 考えられるのはそればかり。
 そこに、うまそうなエサがあった。
 蛇は夢中でエサにかぶりついた。
 とてもうまい、きれいな〈気〉だった。
 もっと食いたい。でも一気に食いつくすにはもったいない。しばらく経って、エサが元気を取りもどしたころに、また一口いただこう。
 手近にいたもう一人をやすんにして、動けるようになったら、あのひどくおいしいエサを捜しに行くことにした。
「ダメです。二度目は許しません」
 ──だっておいら、つかれたんだよぅ。
 小さな蛇はさめざめと泣いている。
「わかりますよ。人間の欲は尽きることがない。まともにつきあっていたら、あなたがたが堕ちてしまう。本当にお疲れさまでしたね」
 いたわる声色で、頼兼がさぁと二口目を勧める。
 手が震えてうまく匙を口に運べない。ほたっと鍋に落ちてしまった。
 頼兼が手を添えてすくいなおしてくれた。
「卵、お好きでしょう? 疲れた時にはなおさら卵ですよ。風邪をひいたら玉子酒と言われるくらい、滋養がありますからね。日本では卵を食べると罰が当たるなどと言われたせいで、卵がさかんに食べられるようになったのは、実は江戸時代ごろで意外と最近なんです。殺生を禁じる仏教の影響もあるでしょうが、興味深いのは、『日本書紀』で『宇宙の原初は、こんとんとした鶏の卵のようだった』と書かれてることから、おそれさけるべきだ──という説です。卵は命の源がつまった、禁断の食べ物。つ国では再生や生まれ変わりの意味もありますね。そしてミョウガのほうは、『みよう』に通じて『神仏の加護を受けること』と同様です。
 これを食べてお腹いっぱいになったら、がんばったあなたがもう一度神使として再生できるように、弁天様が手を差しのべて下さるはずですよ」
 ──そうかぁ。おいら、またご主人さまのとこに帰れるかなぁ。もうダメだとおもってたよ。
 大きな手のひらが、小鳥の頭を蛇といっしょにでてくれる。
 とことんいたわって甘やかしてくれる、ふわふわ卵の優しい味。
 そこにミョウガがさわやかに香る。雨上がりの風みたいに、外の空気を思い出させる香りだ。
 は夢中で玉子ふわふわをすくって口に運び続ける。
 そうして、最後の一口。
 ──ごちそうさまでした。
 手を合わせた時、蛇はもう、泣いてなかった。
 引き戸ががらがら動く音。外の風が吹きこんでくる。
 あ。雨、やんでる。
 小鳥がそう思った瞬間、ずるりと首の後ろから何かが抜けていった。

(第3回へ)

あさばみゆき『茶寮かみくらの偽花嫁』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000529/


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