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試し読み

小栗旬×蜷川実花 映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」公開記念 『人間失格』試し読み#3

今、日本中を騒がせるセンセーショナルなスキャンダルが幕を明ける!

主演・小栗旬さん×監督・蜷川実花さんで話題の映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」が、今週末9/13(金)より公開。
それを記念しカドブンでは、『人間失格』の試し読みを実施します。

この機会にぜひ、「自己の生涯を極限までに作品に昇華させた太宰文学の代表作」をお楽しみください。
>>【試し読み第2回】第一の手記

 自分は子供のころから、自分の家族の者たちに対してさえ、かれがどんなに苦しく、またどんな事を考えて生きているのか、まるでちっとも見当つかず、ただおそろしく、その気まずさにえる事が出来ず、すでに道化の上手になっていました。つまり、自分は、いつのまにやら、一言も本当の事を言わない子になっていたのです。
 その頃の、家族たちといつしよにうつした写真などを見ると、他の者たちは皆まじめな顔をしているのに、自分ひとり、必ずみように顔をゆがめて笑っているのです。これもまた、自分の幼く悲しい道化の一種でした。
 また自分は、肉親たちに何か言われて、くちごたえした事はいちども有りませんでした。そのわずかなおこごとは、自分にはへきれき(*)のごとく強く感ぜられ、くるうみたいになり、口応えどころか、そのおこごとこそ、わばばんせいいつけいの人間の「真理」とかいうものにちがいない、自分にはその真理を行う力が無いのだから、もはや人間と一緒に住めないのではないかしら、と思い込んでしまうのでした。だから自分には、言い争いも自己弁解も出来ないのでした。人から悪く言われると、いかにも、もっとも、自分がひどい思い違いをしているような気がして来て、いつもそのこうげきを黙して受け、内心、狂うほどの恐怖を感じました。
 それはだれでも、人から非難せられたり、おこられたりしていい気持がするものでは無いかも知れませんが、自分は怒っている人間の顔に、よりもわによりもりゆうよりも、もっとおそろしい動物のほんしようを見るのです。ふだんは、その本性をかくしているようですけれども、何かの機会に、たとえば、牛が草原でおっとりした形で寝ていて、とつじよ尻尾しつぽでピシッと腹のあぶを打ち殺すみたいに、不意に人間のおそろしい正体を、いかりに依ってばくする様子を見て、自分はいつもかみの逆立つほどのせんりつを覚え、この本性もまた人間の生きて行く資格の一つなのかも知れないと思えば、ほとんど自分に絶望を感じるのでした。
 人間に対して、いつも恐怖に震いおののき、また、人間としての自分の言動に、みじんも自信を持てず、そうして自分ひとりのおうのうは胸の中の小箱に秘め、そのゆううつ、ナアヴァスネス(*)を、ひたかくしにかくして、ひたすらじやの楽天性をよそおい、自分はお道化どけたお変人として、だいに完成されて行きました。
 何でもいいから、笑わせておればいいのだ、そうすると、人間たちは、自分が彼等の所謂いわゆる「生活」の外にいても、あまりそれを気にしないのではないかしら、とにかく、彼等人間たちのざわりになってはいけない、自分は無だ、風だ、そらだ、というような思いばかりがつのり、自分はお道化に依って家族を笑わせ、また、家族よりも、もっと不可解でおそろしい下男や下女にまで、必死のお道化のサーヴィスをしたのです。
 自分は夏に、浴衣ゆかたの下に赤い毛糸のセエターを着てろうを歩き、家中の者を笑わせました。めったに笑わないちようけいも、それを見てき出し、
「それあ、葉ちゃん、似合わない。」
 と、わいくてたまらないような口調で言いました。なに、自分だって、真夏に毛糸のセエターを着て歩くほど、いくら何でも、そんな、暑さ寒さを知らぬお変人ではありません。姉の脚絆レギンスりよううでにはめて、浴衣のそでぐちからのぞかせ、もつてセエターを着ているように見せかけていたのです。
 自分の父は、東京に用事の多いひとでしたので、うえさくらちようべつそうを持っていて、月の大半は東京のその別荘で暮していました。そうして帰る時には家族の者たち、またしんせきの者たちにまで、実におびただしくお土産みやげを買って来るのが、まあ、父のしゆみたいなものでした。
 いつかの父の上京の前夜、父は子供たちを客間に集め、こんど帰る時には、どんなお土産がいいか、一人一人に笑いながらたずね、それに対する子供たちの答をいちいちちように書きとめるのでした。父が、こんなに子供たちと親しくするのは、めずらしい事でした。
「葉蔵は?」
 と聞かれて、自分は、口ごもってしまいました。
 何がしいと聞かれると、とたんに、何も欲しくなくなるのでした。どうでもいい、どうせ自分を楽しくさせてくれるものなんか無いんだという思いが、ちらと動くのです。と、同時に、人から与えられるものを、どんなに自分の好みに合わなくても、それをこばむ事も出来ませんでした。イヤな事を、イヤと言えず、また、好きな事も、おずおずとぬすむように、きわめてにがく味い、そうして言い知れぬきよう感にもだえるのでした。つまり、自分には、二者選一の力さえ無かったのです。これが、後年にいたり、いよいよ自分の所謂「はじの多いしようがい」の、重大な原因ともなるせいへきの一つだったように思われます。
 自分がだまって、もじもじしているので、父はちょっとげんな顔になり、
「やはり、ほんか。あさくさなかみせにお正月の獅子いのお獅子、子供がかぶって遊ぶのには手頃な大きさのが売っていたけど、欲しくないか。」
 欲しくないか、と言われると、もうダメなんです。お道化た返事も何も出来やしないんです。お道化役者は、完全に落第でした。
ほんが、いいでしょう。」
 長兄は、まじめな顔をして言いました。
「そうか。」
 父は、興覚め顔に手帖に書きとめもせず、パチと手帖を閉じました。
 何という失敗、自分は父を怒らせた、父のふくしゆうは、きっと、おそるべきものに違いない、いまのうちに何とかして取りかえしのつかぬものか、とその夜、とんの中でがたがたふるえながら考え、そっと起きて客間に行き、父が先刻、手帖をしまい込んだはずの机の引き出しをあけて、手帖を取り上げ、パラパラめくって、お土産の注文記入のしよを見つけ、手帖の鉛筆をなめて、シシマイ、と書いてました。自分はその獅子舞いのお獅子を、ちっとも欲しくは無かったのです。かえって、ほんのほうがいいくらいでした。けれども、自分は、父がそのお獅子を自分に買ってあたえたいのだという事に気がつき、父のその意向にげいごうして、父の機嫌を直したいばかりに、深夜、客間にしのび込むというぼうけんを、えておかしたのでした。
 そうして、この自分の非常の手段は、果して思いどおりの大成功を以てむくいられました。やがて、父は東京から帰って来て、母に大声で言っているのを、自分は子供部屋で聞いていました。
「仲店のおもちゃ屋で、この手帖を開いてみたら、これ、ここに、シシマイ、と書いてある。これは、私の字ではない。はてな? と首をかしげて、思い当りました。これは、葉蔵のいたずらですよ。あいつは、私が聞いた時には、にやにやして黙っていたが、あとで、どうしてもお獅子が欲しくてたまらなくなったんだね。何せ、どうも、あれは、変ったぼうですからね。知らんりして、ちゃんと書いている。そんなに欲しかったのなら、そう言えばよいのに。私は、おもちゃ屋の店先で笑いましたよ。葉蔵を早くここへ呼びなさい。」
 また一方、自分は、下男や下女たちを洋室に集めて、下男のひとりにちやちやにピアノのキイをたたかせ、(田舎いなかではありましたが、その家には、たいていのものが、そろっていました)自分はそのたらの曲に合せて、インデヤンのおどりを踊って見せて、みなを大笑いさせました。次兄は、フラッシュをいて、自分のインデヤン踊りをさつえいして、その写真が出来たのを見ると、自分のこしぬの(それはさらしきでした)の合せ目から、小さいおチンポが見えていたので、これがまた家中の大笑いでした。自分にとって、これまた意外の成功というべきものだったかも知れません。

>>#4へつづく
○ご購入はこちら▶太宰治『人間失格』|KADOKAWA


映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」
9 月 13 日(金)公開
監督/蜷川実花
出演/小栗旬 宮沢りえ 沢尻エリカ 二階堂ふみ
成田 凌 千葉雄大 瀬戸康史 高良健吾 藤原竜也
© 2019 『人間失格』製作委員会
<R15+>
http://ningenshikkaku-movie.com/


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