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試し読み

小栗旬×蜷川実花 映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」公開記念 『人間失格』試し読み#4

死ぬほどの恋。ヤバすぎる実話。

主演・小栗旬さん×監督・蜷川実花さんで話題の映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」が、いよいよ明日9/13(金)より公開。
それを記念しカドブンでは、『人間失格』の試し読みを実施します。

この機会にぜひ、「自己の生涯を極限までに作品に昇華させた太宰文学の代表作」をお楽しみください。
>>【試し読み第3回】第一の手記 part2

 自分は毎月、新刊の少年雑誌を十冊以上も、とっていて、またそのほかにも、さまざまの本を東京から取り寄せて黙って読んでいましたので、メチャラクチャラ博士はかせだの、また、ナンジャモンジャ博士などとは、たいへんなじみで、また、かいだん、講談、落語、ばなしなどの類にも、かなり通じていましたから、ひようきんな事をまじめな顔をして言って、家の者たちを笑わせるのには事を欠きませんでした。
 しかし、嗚呼ああ、学校!
 自分は、そこでは、尊敬されかけていたのです。尊敬されるという観念もまた、はなはだ自分を、おびえさせました。ほとんど完全に近く人をだまして、そうして、るひとりの全知全能の者に見破られ、みじんにやられて、死ぬる以上の赤恥をかかせられる、それが、「尊敬される」という状態の自分の定義でありました。人間をだまして、「尊敬され」ても、誰かひとりが知っている、そうして、人間たちも、やがて、そのひとりから教えられて、だまされた事に気づいた時、その時の人間たちの怒り、復讐は、いったい、まあ、どんなでしょうか。想像してさえ、身の毛がよだつここがするのです。
 自分は、金持ちの家に生れたという事よりも、ぞくにいう「できる」事にって、学校中の尊敬を得そうになりました。自分は、子供のころから病弱で、よく一つき二つき、また一学年ちかくも寝込んで学校を休んだ事さえあったのですが、それでも、み上りのからだで人力車に乗って学校へ行き、学年末の試験を受けてみると、クラスのだれよりも所謂「できて」いるようでした。からだ具合いのよい時でも、自分は、さっぱり勉強せず、学校へ行っても授業時間にまんなどを書き、きゆうけい時間にはそれをクラスの者たちに説明して聞かせて、笑わせてやりました。また、つづり方には、こつけいばなしばかり書き、先生から注意されても、しかし、自分は、やめませんでした。先生は、実はこっそり自分のその滑稽噺を楽しみにしている事を自分は、知っていたからでした。或る日、自分は、れいに依って、自分が母に連れられて上京のちゆうの汽車で、おしっこを客車の通路にあるたんつぼにしてしまった失敗談(しかし、その上京の時に、自分は痰壺と知らずにしたのではありませんでした。子供の無邪気をてらって、わざと、そうしたのでした)を、ことさらに悲しそうなひつで書いて提出し、先生は、きっと笑うという自信がありましたので、職員室に引きげて行く先生のあとを、そっとつけて行きましたら、先生は、教室を出るとすぐ、自分のその綴り方を、他のクラスの者たちの綴り方の中から選び出し、廊下を歩きながら読みはじめて、クスクス笑い、やがて職員室にはいって読み終えたのか、顔を真赤にして大声をげて笑い、他の先生に、さっそくそれを読ませているのを見とどけ、自分は、たいへん満足でした。
 お茶目。
 自分は、所謂いわゆるお茶目に見られる事に成功しました。尊敬される事から、のがれる事に成功しました。つうしん簿は全学科とも十点でしたが、そうこうというものだけは、七点だったり、六点だったりして、それもまた家中の大笑いの種でした。
 けれども自分の本性は、そんなお茶目さんなどとは、およたいせきてきなものでした。その頃、すでに自分は、女中や下男から、かなしい事を教えられ、おかされていました。幼少の者に対して、そのような事を行うのは、人間の行いる犯罪の中で最もしゆうあくで下等で、ざんこくな犯罪だと、自分はいまでは思っています。しかし、自分は、忍びました。これでまた一つ、人間の特質を見たというような気持さえして、そうして、力無く笑っていました。もし自分に、本当の事を言う習慣がついていたなら、悪びれず、かれの犯罪を父や母にうつたえる事が出来たのかも知れませんが、しかし、自分は、その父や母をも全部は理解する事が出来なかったのです。人間に訴える、自分は、その手段には少しも期待できませんでした。父に訴えても、母に訴えても、おまわりに訴えても、政府に訴えても、結局はわたりに強い人の、世間に通りのいい言いぶんに言いまくられるだけの事では無いかしら。
 必ず片手落のあるのが、わかり切っている、しよせん、人間に訴えるのはである、自分はやはり、本当の事は何も言わず、忍んで、そうしてお道化をつづけているより他、無い気持なのでした。
 なんだ、人間への不信を言っているのか? へえ? お前はいつクリスチャンになったんだい、とちようしようする人もあるいはあるかも知れませんが、しかし、人間への不信は、必ずしもすぐに宗教の道に通じているとは限らないと、自分には思われるのですけど。現にその嘲笑する人をも含めて、人間は、、エホバも何も念頭に置かず、平気で生きているではありませんか。やはり、自分の幼少の頃の事でありましたが、父の属していたる政党の有名人が、この町に演説に来て、自分は下男たちに連れられて劇場に聞きに行きました。満員で、そうして、この町の特に父と親しくしている人たちの顔は皆、見えて、大いにはくしゆなどしていました。演説がすんで、ちようしゆうは雪の夜道を三々五々かたまって家路にき、クソミソに今夜の演説会の悪口を言っているのでした。中には、父と特に親しい人の声もまじっていました。父の開会の辞も下手、れいの有名人の演説も何が何やら、わけがわからぬ、とその所謂父の「同志たち」がせいに似た口調で言っているのです。そうしてそのひとたちは、自分の家に立ち寄って客間に上り込み、今夜の演説会は大成功だったと、しんからうれしそうな顔をして父に言っていました。下男たちまで、今夜の演説会はどうだったと母に聞かれ、とてもおもしろかった、と言ってけろりとしているのです。演説会ほど面白くないものはない、と帰るみちみち、下男たちがなげき合っていたのです。
 しかし、こんなのは、ほんのささやかな一例に過ぎません。たがいにあざむき合って、しかもいずれも不思議に何の傷もつかず、あざむき合っている事にさえ気がついていないみたいな、実にあざやかな、それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、人間の生活にじゆうまんしているように思われます。けれども、自分には、あざむき合っているという事には、さして特別の興味もありません。自分だって、お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいているのです。自分は、修身教科書的な正義とか何とかいう道徳には、あまり関心を持てないのです。自分には、あざむき合っていながら、生きている、或いは生きる自信を持っているみたいな人間が難解なのです。人間は、ついに自分にそのみようてい(*)を教えてはくれませんでした。それさえわかったら、自分は、人間をこんなにきようし、また、必死のサーヴィスなどしなくて、すんだのでしょう。人間の生活と対立してしまって、夜々のごくのこれほどの苦しみをめずにすんだのでしょう。つまり、自分が下男下女たちのにくむべきあの犯罪をさえ、誰にも訴えなかったのは、人間への不信からではなく、またもちろんクリスト主義のためでもなく、人間が、葉蔵という自分に対して信用のからを固く閉じていたからだったと思います。父母でさえ、自分にとって難解なものを、時折、見せる事があったのですから。
 そうして、その、誰にも訴えない、自分のどくにおいが、多くの女性に、本能に依ってぎ当てられ、後年さまざま、自分がつけ込まれるゆういんの一つになったような気もするのです。
 つまり、自分は、女性にとって、こいの秘密を守れる男であったというわけなのでした。

>>#5へつづく
○ご購入はこちら▶太宰治『人間失格』|KADOKAWA


映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」
9 月 13 日(金)公開
監督/蜷川実花
出演/小栗旬 宮沢りえ 沢尻エリカ 二階堂ふみ
成田 凌 千葉雄大 瀬戸康史 高良健吾 藤原竜也
© 2019 『人間失格』製作委員会
<R15+>
http://ningenshikkaku-movie.com/


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