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試し読み

〈よみごのシロさん〉の手に負えない、原因不明の母子心中事件。【『みんなこわい話が大すき』試し読み#4】

ほんとうにこわいものは、何? 本格ホラー×極上バディ小説!

第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉大賞を受賞した『みんなこわい話が大すき』。いじめられていた少女の日常が、ある出会いをきっかけに徐々に歪んでいく本格じわ怖ホラーです。
幼さの残る小学生の視点で始まる本作ですが、胡散臭い白髪霊能者・シロさんと強面弱腰ボディガード・黒木のコンビの軽快なやり取りが楽しめる“バディ小説”の側面も。
カドブンでは特別に、そんな二人の登場シーン以降を試し読みとしてお送りします!



『みんなこわい話が大すき』試し読み#4

 この辺りの土地勘がないと神谷が言うので、黒木は彼女を連れて近くの居酒屋に入った。少人数向けの個室があり、真面目な話がしやすいだろうと思ったのだ。相変わらず厭な感覚はあったが、面と向かっていられないほど不愉快というものでもない。
 向かい合わせに座ったふたりの前に、グラスに入った烏龍ウーロン茶とお通しが運ばれてくる。店員が去っていった途端、神谷は待っていたとばかりに話し始めた。
「そもそもシロさんにご相談したかったことというのは、私の姉と甥のことなんです。先月、その」唇が震える。「心中したんです。電車に飛び込んで」
 甥、と聞いて、黒木は神谷が持っていたスニーカーを思い出した。あんなに小さな靴を履いていたのか、と思うと、何とも言い難い気持ちが湧き上がってくる。スニーカーの入った紙袋は、神谷の隣にちょこんと置かれていた。
「それは──ご愁傷様です」
 黒木はそう言って頭を下げた。神谷は「ありがとうございます」と小さな声でこたえて、話を続けた。
「こういうことは、他人からはわからないものかもしれませんけど、でも姉には自殺するような理由なんてなかったんです。いえ、その、まったく何もなかったわけじゃないんですけど、でもそれはちゃんと解決したはずで……とにかく最近は本当に元気で、なんの問題も抱えてなかったと思うんです。両親と揉めてた時期があったんですけど、それももう過去のことみたいになってて、自分の家庭もうまくいってたみたいだし……そもそも姉は昔からマイペースで、打たれ強いひとだったんです。自殺するなんて私には考えられない」
 一気にそう言うと、神谷は烏龍茶を一口飲んでから、「私と姉は昔から仲がよくって」と付け加えた。
「実は姉が結婚するとき、結構問題になったんです。私もそれについては正直どうかと思ったんですけど、でも放っておけなくて、ずっと連絡をとってたんです。産まれてみたら甥は本当にかわいかったし、しょっちゅう写真も送ってもらって……なんで」
 テーブルの上で、彼女はぎゅっと拳を握りしめた。「本当になんで心中なんてしたのか、わからないんです。それにおかしなこともあって」
 いつたん口を閉じるともう一口烏龍茶を飲んで、また話し始める。
「姉が以前お世話になった方で、葬儀にも来てくださった加賀美さんという女性がいるんです。見た目は普通の、優しそうなおばさんという感じなんですけど、一部では有名な霊能者だそうで──で、その方がシロさんを紹介してくださったんです」
 なるほど、とうなずいてはみせたものの、黒木は「加賀美」という女性のこともよく知らない。志朗と付き合いがあるということ、霊能者ではあるがよみごではないということくらいしかわからない。志朗もまた、わざわざ彼女を黒木に紹介しようとはしない。「優しそうな普通のおばさん」という特徴すら、今初めて知ったのだ。
「加賀美さんも、姉と甥の死は普通のものではないとおっしゃっていました。それから、これはよみごがなんとかすべきものだとも。加賀美さんはよみごではないから、一時的に遠ざけることはできても、本当に解決することはできないんだそうです。『よみご』という人たちについては、そのとき初めて知りました」
「それでは、加賀美さんはその……心中の原因になったもののことを、知っていたということでしょうか?」
 黒木が尋ねると、神谷はうなずいた。「その様子でした。でも私にはあまり教えてくれなかったんです。とにかくよみごがどうにかすべきだ、と言って。あの、私一応よみごについても調べたんですけど、よくわからなくて」
 黒木も心苦しいほど、「よみご」については知らないのである。ウェブ検索などしたこともあるが、よほどマイナーなものなのだろう、それらしい情報はまるで見当たらなかった。図書館にも赴いたが、それらしい棚を探し、司書に聞いても、資料を見つけることは出来ずじまいだった。
「神谷さんには申し訳ないんですが、さっきお話しした通り、俺もよみごのことについてはよく知らないんです。本当に雑用に雇われているだけでして──」
 ただ、と言いかけて黒木は口をつぐむ。神谷に関することとはいえ、志朗が言っていたことを軽々しく話してしまっていいものかどうか。
 よみごの専門は「凶事」である。凶事を予言し、場合によってはそれを退けることができる。
 神谷の姉と甥に起こったことは、明らかに凶事の類だ。加えて加賀美がそう言うならば、やはりこの件は志朗に持ち込まれるべきものである可能性が高い。だが、
(普段ウサギやシカしか捕らない猟師に、猟師なんだからでっかいクマを退治してこいって言うようなもんですよ)
 志朗は電話口でそう言っていた。そのことを思い出すと、黒木はじわりと不安を覚えた。
 志朗の言葉を借りるなら、神谷が持ってきた依頼は「でっかいクマ」なのだ。

「そういえば、お姉さんのだんさんはどうされてるんですか?」
 他人様の家の事情に立ち入り過ぎだろうかと思いつつ、黒木は思い切ってそう尋ねてみた。
 もしも彼が健在なら、神谷が霊能者に相談を持ち掛けていることをどう思っているのだろう。なにしろ、亡くなったのは彼の妻と息子なのだ。まるで無関係というわけにはいくまい。
「それが……義兄はあまりあてにならなくて」
 義兄と言った途端、神谷の表情に怒りが浮かんだように黒木は思った。
「実はあの人、今よそに──たぶん、前妻さんのところにいるんだと思います」
「それは……」
 なるほど、それはあてにならないと言われても仕方がない、と黒木は思った。
 前妻がいるというからには、神谷の義兄はバツイチだったのだろう。結婚に際して「風当たりが強かった」というのは、それが原因だったのかもしれない。
 神谷の姉と義兄、そしてその前妻の間にどんな揉め事があったのか(あるいはなかったのか)は黒木の知るところではないが、何にせよ妻子が亡くなってからまだ一ヶ月だというのに、別の女性のところにいるというのはいかがなものか──少なくとも、神谷からすれば心穏やかではないだろう。
「というか私、その前妻って人が、姉たちを呪って自殺させたんじゃないかと思ってるんです。だって前にも……」
 神谷は突然中腰になり、テーブル越しに黒木にぐっと近づいた。
「お、落ち着いてください」
 突然顔が近くなったので、黒木はぎょっとして止めた。神谷は「あ」と声をあげた。
「すみません。つい夢中になって……私、昔からちよとつ猛進と言われることが多くて」
 神谷は中腰のまま謝った。「今回だって、いきなりその前妻さんのところに乗り込んでない分、私慎重なんですよ」
「そ、そうですか……」
 自分の臆病なところを自覚している黒木は、その思い切ったところがちょっとうらやましい、などと思ってしまう。
「ていうか、変ですよね。すみません。いきなり呪いがどうだのこうだの言って……」
「あ、いやそれは全然。普通です。いや普通ではないかもしれませんが……でもあの事務所に来る人は、そういう用事の人も多いですから」
 少なくとも志朗にお茶をかけなかった分、神谷はまともである。
「ああ、そっか。霊能者の先生の事務所ですもんね」
 ようやく椅子に座り直しながら、神谷は笑った。あまり幸福そうな笑みではないが、やっぱり笑顔の似合う人だと黒木は思う。可愛らしい顔立ちも相まって、愛くるしい魅力がある。
 だが、例の「厭な感じ」は相変わらずだった。神谷そのものというより、彼女の周囲に漂っているような気がする。彼女の周りに視線を泳がせた黒木はふと、その視線の先が彼女の持っている紙袋に導かれるような気がした。甥の遺品が入っている袋だ。神谷は黒木の様子に気づいてはいないのか、
「とにかく義兄のことは気にしなくていいんです。あの人には最初から期待していません」
 きっぱりと吐き捨てるように言って、グラスを傾けた。

(つづく)

作品紹介



みんなこわい話が大すき
著者 尾八原ジュージ
発売日 2023年12月22日

ほんとうにこわいものは、何?
ひかりの家の押入れにいる、形も声もなんにもない影みたいなやつ、ナイナイ。
唯一の友達であるナイナイをいじめっ子のありさちゃんに会わせた日から、ひかりの生活は一変した。
ありさちゃんはひかりの親友のように振る舞い、クラスメイトは次々と接近してきて、いつもはつらく当たる母親さえも、甘々な態度をとるように。絶対に何かがおかしい。疑心暗鬼になったひかりはありさちゃんと距離を置こうとするが、状況は悪化するばかり。
数年後、〈よみご〉と呼ばれる霊能者・志朗貞明のもとに、幼い子供と心中した姉の死の真相を探ってほしいという依頼が舞い込んでいた。
無関係に思える二つの異変は、強大な呪いと複雑に絡み合い……。
第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉大賞受賞作。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322307000942/
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『近畿地方のある場所について』著者・背筋氏による本書のレビューはこちら



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