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試し読み

『やぁやぁ黒木くん。美女との会食はいかがでしたか?』【『みんなこわい話が大すき』試し読み#5(最終回)】

ほんとうにこわいものは、何? 本格ホラー×極上バディ小説!

第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉大賞を受賞した『みんなこわい話が大すき』。いじめられていた少女の日常が、ある出会いをきっかけに徐々に歪んでいく本格じわ怖ホラーです。
幼さの残る小学生の視点で始まる本作ですが、胡散臭い白髪霊能者・シロさんと強面弱腰ボディガード・黒木のコンビの軽快なやり取りが楽しめる“バディ小説”の側面も。
カドブンでは特別に、そんな二人の登場シーン以降を試し読みとしてお送りします!



『みんなこわい話が大すき』試し読み#5

 神谷の話はその後も続いた。彼女が前妻を疑う根拠も、警察や探偵ではなく霊能者を頼ってきた理由もわかったが、それはそれとして愉快な話ではなかった。
 やがて、ふたりは素面しらふのまま居酒屋を出た。別の方向へ帰っていく神谷を見送った後、黒木は深い溜息をついた。話を聞いていただけなのに、やけに疲れていた。食費を抑えるために普段は滅多に買わないコンビニ弁当を買い(神谷の話を聞いている間は食事どころではなかった)、帰路をとぼとぼと辿たどった。
 黒木の住まいは鉄筋コンクリート造りの四階建てマンションの一階にある。一人暮らしにしてはやや広いが、図体の大きな彼にはちょうどいい。その代わり築年数は古いし、設備も時代がかっている。職場である志朗の家にはごく近く、当分引っ越すつもりはなかった。
 ワイシャツとスラックスを脱ぎながら、で体を洗いながら、買ってきた弁当を食べながら、彼は神谷実咲の思いつめた顔と、彼女に向かって白髪頭を下げる志朗のことを考えていた。その合間に、神谷が事務所で取り出した子供用の靴が頭の中にちらついた。
 何歳かは聞きそびれたが、まだ小さな子だっただろう。神谷の義兄という人物がどんな男であれ、その息子は彼女にとって、たったひとりの甥っ子だったのだ。そうでなくても、幼い子供の死は胸にこたえるものだ。たとえ顔も知らない子であったとしても。
(ひとつ救いがあったとすれば)
 頭の中に、神谷の声がよみがえった。
(甥は即死で、苦しむ間もなかっただろうということです。でも姉は少し息があって……その、あとで病院の方に聞いたのですが、意識があった間──とても嬉しそうに笑っていたそうなんです。なぜかはわかりませんが)
 黒木は首を振った。厭な夢を見そうだ、と思った。
 やはり志朗に報告しなければ、と黒木はひとり決意する。とりあってもらえるかはともかく、この話はひとりで抱えておくには重すぎる。第一、神谷とそのように約束したのだ。そのために連絡先まで交換し、何かあれば報告することになっている。
(とりあえず、今日聞いたことを忘れないようにしないと)
 コンビニ弁当のプラスチック容器を片付けると、黒木はスマートフォンを取り出した。メールの下書き機能を使って、神谷の話を思い出せる限り書き留めていく。理由のわからない親子の心中。神谷の義兄。その前妻、それから──
 そのとき、黒木の大きなてのひらの中でスマートフォンが震えた。着信だ。
 画面に表示されていた相手は、志朗貞明だった。突然だったので戸惑ったものの、黒木は画面をスワイプして電話に出た。

『やぁやぁ黒木くん。美女との会食はいかがでしたか?』
 志朗の声はおどけた調子だったが、からかうだけの目的で電話をかけてきたようには思えなかった。神谷とふたりで会っていたことを、なぜ志朗が知っているのかはわからないが、今更問い詰めないことにする。彼が異様な勘の鋭さを発揮するのは、今に始まったことではない。
「何のことですか?」
 試しに問い返すと、案の定『いやだなぁ、神谷さんと何か話をしたんでしょう』と言われた。
「志朗さん、神谷さんが美女かどうか知らないでしょ。顔が見えないんだから」
『まぁボクとキミとじゃ美女の定義が違うかもしれないけど、大体わかるもんですよ。で、どう? 話したでしょ』
 おそらく志朗は何もかもお見通しなのだろう。そう思った黒木は大人しく、神谷と会っていたことを認めた。
 電話の向こうから、志朗の『やっぱりね』という声が聞こえた。
『いやぁ、さっきマンションの管理人に聞いてね。志朗さんとこのでかい人がきれいな女性に逆ナンされてたって』
「なんだ、そんなことだったんですか……」
『ははは。彼女、相当思いつめてた感じだったからね。ボクがあまりにそっけなかったものだから、黒木くんに頼ろうとしたんでしょ。気の毒だねぇ』
 志朗が超自然的な能力を発揮したのではなかったことになぜかほっとしながら、黒木は「彼女の依頼、やっぱり受けないつもりですか」と尋ねた。
『受けないよ。おっそろしいもの。よろしいかね黒木くん。あれはボクのような雑魚ざこが立ち向かっていいようなものじゃない。大体キミもわかってるでしょ。神谷さんに会ったとき、なんだかイヤな感じがしたんじゃないの?』
 あまりにも的確に言い当てられて、黒木は言いよどんだ。神谷に対して感じた「厭な感じ」のことは、まだ誰にも、一言も打ち明けていないのだ。
『ほら、図星でしょ。やっぱり黒木くんも、一年もボクのところに通っていると、何かしら感覚が鋭くなるんだろうね。門前の小僧なんとやらというヤツじゃ』
「でも志朗さん、どうしてあんなにすぐ神谷さんを追い返したんですか? ろくに話も聞いていないのに……」
『それでもわかるよ。かすかだけど、彼女の持ってきたものから「きょう」の気配がしたからね』
「きょう?」
『なんというか、厄みたいなもんですよ。そうか、黒木くんには何も説明してないからね。とにかく彼女が持ってきた案件にはまずいものが絡んでる。加賀美さんがどうしてボクなんか紹介したのかわからないけど、あれは本来もっと強いよみごに回すべきものなんですよ。たとえばボクの師匠とかね』
「じゃあ、志朗さんからそのお師匠さんとか、他のよみごの方に話を持ってくというのは」
『それができたら苦労せんのよ。なにしろボク、師匠のとこを追い出されてるからね。これでも色々あったんで』
 黒木は一度口をつぐんだ。
 彼は以前志朗から、よみごは本来ごく一部の地域で活動する人々だと聞いたことがある。その地が果たして日本のどこにあるのかは明らかでないが、少なくとも今、彼らが暮らしているこの街でないことは確かだ。黒木が知る限り、志朗は本拠地に戻っていたことも、他のよみごと連絡をとっていたこともない。追い出されたというのも、まるっきり噓ではなさそうだ。
 ダメ元だな、と思いながらも、黒木は一度閉じた口を開いた。
「あの、実は神谷さんに色々事情を伺っちゃいまして……」
『わかるわかる。せめてそれをボクに伝えなけりゃ、黒木くんの気が済まんということでしょ』
 志朗はまたもお見通しという風に言った。
『ただ残念ですが黒木くん、ボクは小物だからね。ハードボイルドな映画の主人公じゃない。出会ったばかりのヒロインの依頼に応えて、自分の命を張るのは無理ですよ。彼女にどんな事情があるにせよ、ボクは引き受けない。じゃ、おやすみ』
 一方的に言うと、電話は切れた。黒木はスマートフォンの画面を見ながらためいきをついた。
(とても嬉しそうに笑っていたそうなんです)
 神谷の声が、黒木の脳裏にこだましていた。苦痛の中にいたはずの神谷の姉が、どうして「嬉しそうに笑っていた」のか──考えれば考えるほど気がった。
 ベッドに寝転がると、黒木はこれまで志朗の事務所を訪れた人たちを思い出そうとした。一度きりの客もいれば、まるでメンテナンスを受けるように定期的に訪れる者もいる。志朗は巻物を使って何かを「よみ」、「何もありません」と答えることもあれば、何かを「とる」こともある。
 口の中でぶつぶつと呟きながら、客の肩や頭のてっぺんから何かをつまみ取るような仕草をするのだ。つまんだものはその辺に放りだす。志朗によれば「それでいい」のだそうだ。
 神谷の姉と甥の死に関わっているものは、少なくともああやって簡単につまみとることができないものなのだろう。黒木は体を起こし、スマートフォンの画面に神谷の連絡先を表示させながら、彼女に何と話すべきかうつうつと考えていた。

(気になる続きはぜひ本書でお楽しみください。)

作品紹介



みんなこわい話が大すき
著者 尾八原ジュージ
発売日 2023年12月22日

ほんとうにこわいものは、何?
ひかりの家の押入れにいる、形も声もなんにもない影みたいなやつ、ナイナイ。
唯一の友達であるナイナイをいじめっ子のありさちゃんに会わせた日から、ひかりの生活は一変した。
ありさちゃんはひかりの親友のように振る舞い、クラスメイトは次々と接近してきて、いつもはつらく当たる母親さえも、甘々な態度をとるように。絶対に何かがおかしい。疑心暗鬼になったひかりはありさちゃんと距離を置こうとするが、状況は悪化するばかり。
数年後、〈よみご〉と呼ばれる霊能者・志朗貞明のもとに、幼い子供と心中した姉の死の真相を探ってほしいという依頼が舞い込んでいた。
無関係に思える二つの異変は、強大な呪いと複雑に絡み合い……。
第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉大賞受賞作。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322307000942/
amazonページはこちら

『近畿地方のある場所について』著者・背筋氏による本書のレビューはこちら



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