ほんとうにこわいものは、何? 本格ホラー×極上バディ小説!
第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉大賞を受賞した『みんなこわい話が大すき』。いじめられていた少女の日常が、ある出会いをきっかけに徐々に歪んでいく本格じわ怖ホラーです。
幼さの残る小学生の視点で始まる本作ですが、胡散臭い白髪霊能者・シロさんと強面弱腰ボディガード・黒木のコンビの軽快なやり取りが楽しめる“バディ小説”の側面も。
カドブンでは特別に、そんな二人の登場シーン以降を試し読みとしてお送りします!
『みんなこわい話が大すき』試し読み#3
黒木省吾と志朗貞明が知り合ったのはおよそ一年前、黒木が新卒から四年勤めていた会社が突然倒産したのがきっかけだった。
零細の印刷会社だったが、ある朝出勤すると青い顔をした上司がいて、「社長飛んだぞ」と聞かされた。確かにこのところ、会社の業績はじわじわと下がっていた。しかし、かといってこれほど急に会社がなくなるとは、少なくとも黒木は思っていなかった。
前触れなく無職になった彼に、知人が奇妙な仕事を持ちかけたのは、それからまもなくのことだ。
「雑用と、それから部屋の隅に立ってるだけの仕事があるんだけど、やる?」
それが志朗貞明との出会いになった。
初めて志朗の住むマンションを訪れたとき、黒木は彼を一目見て(
「ここに来るお客さんって、切羽詰まってる人が結構多くってね。ボクも基本的にいいことは言わないもんで、荒れる人はかなり荒れるんですよ」
なんでも「凶事のみを告げる」という特性上、怒ったり、取り乱したりする客も少なくないという。そういうときに自分の手を煩わせず、穏便に追い出してくれる係がいれば助かる、ということらしい。
「足音でわかるんだけど、黒木くん、相当ガタイがいいよね。顔も恐いって言われない? いいねぇ。ボク、そういう人を探してたんですよ。いるだけでお守りになるような見た目で、かつ真面目な人」
特に事細かな個人情報を当てられたわけでもないのに、志朗と
志朗自身、妙な魅力のある男だった。特に美形というのではないが、どこか人を
「客のふりしてボクを刺しにくる女がいるかもわからん。その時もよろしくね」
と言われたこともあった。よろしくと頼まれても困る、と黒木は思ったが、幸いそのような機会もまだない。
こうして出会ってからおよそ一年、毎日のように顔を合わせていながら、実のところ黒木は志朗のことをよく知らない。
彼が一部の地域で活動する「よみご」と呼ばれる類の霊能者だということは聞いたが、そのよみごというものについてはほとんどなんの情報も得ていない。志朗の正確な年齢も、家族構成も、出身地すらも知らない。
ただ、志朗の力はどうやら本物らしい、ということはわかってきた。それがどういうものであれ、彼には凶事を言い当て、またそれを防ぐことができるのだ。
少なくとも今回のように、すぐに「無理」と結論づけるところは、これまで一度も見たことがなかった。
神谷実咲は揃えた膝の上で、両方の
志朗は座ったままではあるが、彼女に向けてまだ深く頭を下げている。両手はまだ、広げた巻物の上に置かれている。
「なんでですか」
神谷がしぼり出すような声を出す。「えっ、なんか、その、それだけなんですか? もう少し見ていただいてもいいんじゃ……」
「すみません。もう見ました。ボクでは無理です。手が出せません」
顔を伏せたまま、志朗は言う。
「えっ、えっ、おかしくないですか。だって私」
神谷は必死に言葉を続ける。「まだ話だってほとんどしていないのに。こんなちょっとのことで、何がわかるんですか?」
「わかるんです。こればっかりは理屈じゃない。ボクのような者でないとわからないことです。申し訳ありません」
「でも、加賀美さんがおっしゃったんですよ。あなたの案件だって」
あなたの案件。そう神谷は言った。
「そう言われればそうだと言えます。でも、ボクには無理です」
志朗は頑なに頭を下げたまま、「黒木くん、お客さんにお帰りいただいて」と告げた。
神谷が事務所を去ってから十数分後、マンションのエレベーターにひとりで乗り込みながら、黒木は割り切れない気持ちをまだ整理できずにいた。
ひとまず、神谷実咲を無理やりつまみだすような羽目にならなくてよかった、とは思う。あのとき志朗の最後
霊能者としてなんらかの修行を積んだ様子はあるが、確かに志朗は「聖人」ではない。黒木が見たところは、むしろ俗っぽい人物だ。だが、神谷のように切羽詰まった様子で訪れた客を、あれほどすげなく追い返したことは、少なくとも彼の知る限り一度もなかった。
神谷がいなくなると、志朗はすぐにスマートフォンを取り出した。読み上げ機能の合成音声が、登録された連絡先を
「あのねぇ加賀美さん、とんでもない人が来たよ。いくら加賀美さんの紹介だってね、あれはボクなんかの手には余るよ。逆に加賀美さんとこでやった方がいいんじゃないの? ──いやそれは確かにボクらの担当ではあるけども、あれですよ、普段ウサギやシカしか捕らない猟師に、猟師なんだからでっかいクマを退治してこいって言うようなもんですよ。違うかなぁ。いやでもほんと、大袈裟じゃないんだから──だから、ほかのよみごに
何度か「無理」と繰り返した挙句、電話を切ると志朗は大仰に溜息をついた。「頑固なオバさんで困るよ」
電話の相手が、神谷にここを紹介した「加賀美」という人物であろうことは、黒木にも見当がついた。だが肝心の内容がどのようなものだったのか、彼にはこれ以上のことがわからない。
おまけに志朗はこの後、「今日の予約入ってるお客さんはあれで最後だから、黒木くんも帰ってええよ」と言って、黒木までも追い出してしまった。「ボク女の子呼ぶから早いめに出てもらっていい?」と言っていたのは本当なのかどうなのか。それほどの気力があるようには見えなかったが──とにかく、普段の様子とはかなり違う。
エレベーターのドアが開いた。考え事をしながらエントランスを歩いていると、突然隅の方から「すみません」と声をかけられた。
先程出て行ったはずの神谷が立っていた。その姿を見た途端、黒木は再びあの「厭な感じ」を覚えた。
「シロさんの助手の方ですよね?」
神谷はまっすぐにこちらを見ながら、小走りに寄ってきた。
人違いです、という噓が通用しないことは、黒木が一番知っている。友人知人に「歩く仁王像」とまで言われた容姿は、そこら中にゴロゴロしているようなものではない。しかたなく彼は、きちんと彼女に応対することにした。
「確かに私は志朗に雇われていますが、助手というほどのものではありません。ただの雑用係です。『よみご』という人たちが何ものなのかすら、よく知らないんです」
そう言うと、神谷は残念そうに「そうですか」と
「でも、何かご存じだったりしませんか? どんなことでもいいんです。シロさんって、普段からあんな感じの方なんですか?」
「いや、そういうわけでは……」
どこまで話していいものか──困っていると、ロビーのドアが開いて、年配の夫婦が一組入ってきた。おそらくここの住人だろう。切羽詰まった様子の神谷と、ヌッと立っている黒木とを、不安そうな目でチラチラと見ている。
ここで長話をするのはあまりよくないな、と黒木は思った。最悪、不審人物が女性にちょっかいをかけていると勘違いされるかもしれない。
「すみません、神谷さん。お話があるのなら、どこかに場所を移しませんか?」
ダメ元でそう申し出ると、神谷はためらうことなく「わかりました」と応じた。
「こちらこそ急に呼び止めてすみません。よかったら私の話をもう少し詳しく聞いていただけませんか? できるならそれを改めて、シロさんに伝えていただきたいんです」
(つづく)
作品紹介
みんなこわい話が大すき
著者 尾八原ジュージ
発売日 2023年12月22日
ほんとうにこわいものは、何?
ひかりの家の押入れにいる、形も声もなんにもない影みたいなやつ、ナイナイ。
唯一の友達であるナイナイをいじめっ子のありさちゃんに会わせた日から、ひかりの生活は一変した。
ありさちゃんはひかりの親友のように振る舞い、クラスメイトは次々と接近してきて、いつもはつらく当たる母親さえも、甘々な態度をとるように。絶対に何かがおかしい。疑心暗鬼になったひかりはありさちゃんと距離を置こうとするが、状況は悪化するばかり。
数年後、〈よみご〉と呼ばれる霊能者・志朗貞明のもとに、幼い子供と心中した姉の死の真相を探ってほしいという依頼が舞い込んでいた。
無関係に思える二つの異変は、強大な呪いと複雑に絡み合い……。
第8回カクヨムWeb小説コンテスト〈ホラー部門〉大賞受賞作。
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