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試し読み

本が盗まれた!「信じて。深冬ちゃんは本を読まなくちゃならない」白い髪の少女は一冊の本を指し示す。深緑野分『この本を盗む者は』刊行直前特別試し読み#6

「本の呪い」が発動して、街が物語の世界に変わっちゃう? 本嫌いの少女が、街を救うために書物の世界を冒険することに――。深緑野分さんの最新刊は、本の魔力と魅力を詰め込んだ、まさに空想の宝箱。10月8日の刊行に先駆けて、特別に第一章をまるごと試し読み!



>>前話を読む

「不法侵入じゃないよ。そこの人に呼ばれたから来たの」
 少女はそう言って、まだ眠り続けているひるねを指した。
「ぶんげいぶのことも知らない。嘘じゃないよ」
「……本当に? ひるね叔母ちゃんの知り合いなの?」
「知り合い。広義の意味ではそうかな」
「辞書みたいな話し方するのやめてよ。〝変人〟っていう意味じゃ、あんたは確かにひるね叔母ちゃんと似てるけど」
 背中を押す手の力を緩め、少女の頭のてっぺんから足のつま先まで、じろじろと観察する。背丈は深冬よりも少し高いくらい。鼻が低く、口がやや大きい顔、改めて見てもやはり見覚えがない。制服は白いブラウスに緑色のネクタイを締め、濃紺のブレザーとスカートの冬服仕様だ。スカート丈は膝が隠れる長さで、深冬と同じくらい真面目に校則を守っている。しかし校章がなく、何年生かは不明だ。
「あんた、名前は?」
 ただ身元調査のために尋ねた質問なのに、なぜか少女はうれしそうに顔を輝かせる。
「ましろ。真剣の真に、白で、真白ましろ
 その時、深冬の頭の奥の方で、何かがちりりと、まるで線香花火からはじける火花のように瞬いた。しかしそれはほんの束の間で、摑むこともできずに消えてしまう。深冬はさっとかぶりを振ると少女の腕を取り、ひるねの傍らに戻った。
「叔母ちゃん、起きて。いい加減起きてってば。この子、いったい誰なの?」
 しかし押せども引けども叔母は目を覚まさない。
 もういい。こんなところで時間がかかるとは思わなかった。晩ご飯を鰹のたたきにしていたら悪くなっていたかもしれない。やきとりはレンジで温め直せばいいし、面倒だから米は炊かないで、コンビニでレトルトを買おう……全身が脱力するのを感じ、深冬は片手にぶら下げたレジ袋を持ち直して、階段を下りようとした。するとその手を真白と名乗る少女に摑まれた。
「……何?」
「帰れないよ」
「どういう意味?」
「そっちからは帰れないの。泥棒が来て、呪いが発動したから」
「泥棒? 呪い? 何言ってんの?」
「信じて。深冬ちゃんは本を読まなくちゃならない」
 じっと見つめてくる真白の黒く大きなひとみに、吸い込まれそうになる。この子、ひるね叔母ちゃんより変だ──深冬は慌てて真白の手を振りほどこうとしたが、存外握力が強く、びくともしない。
「離してよ! あんた怖い」
「ごめん。でも深冬ちゃんはあの本を読まないと」
 そう言うやいなや、真白はつかつかと本棚と本棚の間に歩み寄り、引き戸を勢いよく開けた。
 たちまち古書のかび臭い風が吹き、ほこりが舞い上がり、深冬はき込みながら手で顔を覆い隠す。なんで書庫から風が? 換気中だった? でもその間に寝ちゃうなんて叔母ちゃんらしくなさすぎる。
 顔を上げたその先、目の前に現れたのは一面の書架。天井から床まで作り付けられた本棚が、人を通す隙間も惜しんで、ずらりと奥まで数十列にわたって並んでいる。この書庫だけで本棚は二百以上あり、そのすべての棚にぎっしりと本が詰まっていた。それは壮観というより威圧的で、音もなく、戒律の厳格な神殿のような雰囲気があった。
 足の裏にじわりと汗が渗む。御倉館嫌いの深冬にとって、ここは忌まわしい場所だった。幼い頃に一度だけこの引き戸を開けたことがあるが、記憶に残っているのは鬼の形相をして自分を見下ろしている祖母の顔だけだ。
「こっち」
 呆然ぼうぜんとして反応が遅れた深冬は、真白に手を引かれるまま書庫へ踏み入った。本棚と本棚の間は五十センチほどしかなく、小柄な人間がやっとひとり通れる狭い通路を縫うように進む。天井の電灯はひとつもいていない。それにもかかわらず、書庫はまるで蝋燭ろうそくともしているかのようなぼんやりとした橙色の明かりに包まれ、書架の陰影を浮かび上がらせていた。
「……蝋燭なんてあるわけないのに」
 たまきの時代から御倉館に火気は厳禁、ひるねもあゆむも絶対に火を持ち込まない。深冬は何度も目をこすってみたが、発光源のわからない灯火ともしびは一向に消えない。
 深冬にとってはどれも似たようなものに見える書架の間を、真白は右に左に曲がりながら進んでいく。その背中を、仄暗ほのぐらく透ける白髪を、深冬は不安げに見つめながら手を引かれるまま進む。
「ここだよ」
 ある書架の前で真白は足を止め、ようやく深冬から手を離した。少し痛む手首をさすりながら顔を上げて、目をみはる。
 いかな本嫌いの深冬でも異変には気づく。他の棚はどこも隙間なく本が詰まっているのに、その一段だけはがらんともぬけの殻だ。つまり二、三十冊の蔵書がごっそりとなくなっている。
「……まさか」
「これを読んで」
 指さされた方を見ると、棚の端に一冊だけ本が取り残されていた。背表紙にあの御札に似た文様が記されている。手に取ってみるとかすかに埃が立ち、表紙の丸い刻印が橙色の灯火にきらりと輝く。全体に絡みつくような細かな蔦模様が施された美しい装幀の本で、『繁茂村の兄弟』というタイトルが明朝体みんちょうたいで品良く印字されていた。
「読んで、深冬ちゃん」
 真白に促されて深冬はごくりとつばを飲み込む。いつもだったら本を手にしただけで体が引きつり拒絶反応を起こすのに、今の深冬は不思議と落ち着いて、嫌悪感も湧いてこない。『繁茂村の兄弟』。おかしなタイトルだ。表紙を開くと、なぜか懐かしい香りが漂った気がした。
 内容は想像もつかないが、無性に惹かれる。読んでみたい衝動に駆られる。この本の内側に隠された何者かに、優しく名前を呼ばれたような感覚があった。
「国語の教科書以外で本を読むのなんか、小学生の時以来なんだけど」
 深冬は腹を膨らませて深く息を吸い、ゆっくりと吐きながらページを繰った。

(つづく)

深緑野分『この本を盗む者は』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000257/


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