こども六法ノベル その事件、こども弁護士におまかせ!

73万部突破の『こども六法』、待望の小説版! 『こども六法ノベル その事件、こども弁護士におまかせ!』試し読み#1
73万部突破の『こども六法』、待望の小説版!
いじめ、ブラックバイト、DV……法律の知識と思考力で、事件を解決することはできるのか!?自分を守る力がつく法律エンタメ『こども六法ノベル その事件、こども弁護士におまかせ!』の試し読みが公開。
1回目は「落とし物」をめぐる問題編!
『こども六法ノベル その事件、こども弁護士におまかせ!』試し読み#1
チー先生のなぜなに裁判教室 その①
梅雨って、忘れ物や落とし物が多い季節だと思う。
そもそも、傘が忘れやすい物の代表だしね。しかも、その傘に気をとられてたら、今度は別の物を忘れちゃうこともあるし。
これはそんな梅雨の日のお話─。
「あれ?」
クッションの隙間に挟まっていた物を見つけて、ボクは素っ頓狂な声をあげた。
事務所の窓から見える空は、今日もやむ気配のない雨がしとしと。
一週間くらい前までは晴れた日も続いたのだけれど、最近はずっとこんな天気だ。
事務所の応接スペースで、ボクはソファのクッションの間からそれを引っぱり出した。
「スマホだ」
シックな黒いケースに収まった、いかにも大人の物って感じのスマートフォンだった。
これって、
「松木さんのやない?」
自分のデスクで書類整理をしていた秘書のエリカさんが、今日、法律相談で事務所を訪れた男の人の名前を挙げた。
「忘れ物やね。勤め先の番号は聞いてたから、私から電話しよか?」
「あ、いえ、ボクがやりますよ」
エリカさんにそう答えて、ボクは自分のスマホで電話をかけた。
相手はすぐに出た。
ボクが事情を話すと、電話口の松木さんは『ああ、良かった』とホッとしたような声をあげたけれど、そこで急に声の調子が変わって、
『えっと、それで……いくらお支払いすれば、返してもらえるんでしょう?』
さすがにボクはスマホを耳に当てたまま、ぽかんとしてしまった。
「はい?」
『え? いや、こういうのは遺失物? というやつだから、拾った人に報労金というのを払わないといけないんでしょ?』
ああ。
なるほど、そういう見方もできるのか。
これを忘れ物じゃなくて、落とし物として見ると、確かに落としたのは松木さんで、拾ったのはボクってことになる。で、拾った人は落とした人に、報労金っていうお金を請求していいことは、『遺失物法』っていう法律にちゃんと書いてある。付け加えると、この法律は、落としたのがお金じゃなくて、スマホみたいな物でも適用される。
けどまあ、そうではあるんだけど、
「いえ」
と、ボクは笑って相手に告げた。
「忘れ物をお預かりしているだけですから。報労金をいただいたりしませんよ」
『そうなんですか?』
松木さんがまたホッとしたように言った。
『いやあ、良かった。電子マネーも使えるようにしてあるスマホだから、その分も請求されるのかと心配になっちゃって』
ん?
『すぐに取りにいきます』
「はい。お待ちしてます」
電話を切った後、ボクは少し首をひねって、考えこんだ。
すると、それに気づいたのか、給湯室から出てきたチー姉がボクに声をかけてきた。
「どうしたんです? 忘れ物、松木さんのじゃなかったんですか?」
「あーいや。そうじゃなくて」
ボクはチー姉に、たった今の松木さんとの電話の内容を話して聞かせた。
「でさ。チー姉、前に言ってたよね。報労金の計算は、落としたお金の5%から20%の間になるって。けど、拾ったのがお金じゃなくて、こういうスマホみたいな物の場合は、どういう計算をするのかなって」
これを聞くと、なぜか、チー姉の瞳がきらんと光った。
妙に楽しげな口調になると、
「祐君、中々、面白いところに目をつけますね。では、そんな祐君の参考になりそうなクイズを、実際にあった裁判の中から出してみましょう。題して、『チー先生のなぜなに裁判教室』ですよ」
なにそれ? ていうか、チー姉、実は今ヒマで退屈してて、遊び相手が欲しかったりする?
あきれるボクと苦笑するエリカさんには構わず、チー姉は事務所の隅から、回転式のホワイトボードをガラガラと引っぱってきた。
背伸びをすると、チー姉はボードの表面にさらさらと文字を書き連ねる。
そこには、こんな「問題」が書かれていた。
むかしむかし。
あるところに、銀行員が落としたカバンを拾って警察に届けた人がいました。
カバンの中身は小切手と株券でした。小切手と株券の額面は合計で、78億7087万9105 円です。
カバンを拾った人は、銀行員が働く銀行に、拾ったお礼を要求しました。でも、銀行は払ってくれません。
なので、拾った人は銀行を相手に、カバンを拾ったお礼として、1億9756万円を支払うよう、裁判を起こしました。
さて、判決は──?
うわあ。
なんか、すごい数字が並ぶ裁判だなあ。前に浩二のお母さんが財布を落とした時、同じクラスの姫崎はお礼なんかいらないって断ったそうだけど、さすがにこれだけの額となると、裁判にもなっちゃうのかな。1億9756万円って、ほとんど宝くじ並み……ん? でも、待って。金額のすごさに圧倒されそうになったけど、これ、少し計算がおかしくない?
法律で決められた報労金は、落としたお金の5%から20%の間。落としたのが約78億円の価値がある小切手と株券なら、最低でも5%、つまり3億9000万円くらいの報労金ってことになるはず。
う〜ん。
さすがに、カバンを拾った人も──というか、多分、その人についた弁護士さんなんだろうけど、カバンを拾って警察に届けただけで、3億9000万円のお礼を要求するのは無茶だと考えたんだろうか? というか、ボクの感覚だと、1億9756万円でも相当だけど。
「そうだなあ」
ホワイトボードに書かれた問題を見ながら、ボクは思ったままのことを口にした。
「落とし物を拾ったのは確かなんだから、報労金を貰えるのは、法的には当たり前だと思うけど……。でも、2億円近いお金は無理ありすぎだから、もっと安い金額になった、とか?」
訴えを全面的に却下はしないけど、支払い金額は減らしますよ、っていうやつだ。
ボクの答えを聞くと、チー姉はますます楽しそうな顔になった。
「なるほど。それが祐君の出す『判決』というわけですね」
「うん」
どうかな? 当たってる?
(答え合わせ編に続く)
『こども六法』とは
こども六法(弘文堂)
著:山崎聡一郎/絵:伊藤ハムスター
大人も子どもも読めるようにやさしく書かれた法律の辞書。難しい法律用語もわかりやすく訳され、イラスト付きで解説されています。正しい法知識を身につけ、いざという時に自分の身を守る手段を学ぶことができます。刑法、刑事訴訟法、少年法、民法、民事訴訟法、日本国憲法、いじめ防止対策推進法の7つを掲載。
著者プロフィール
原案:山崎聡一郎
教育研究者、写真家、俳優。合同会社 Art & Arts 代表。慶應義塾大学総合政策学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。修士 社会学 。 2019 年、学生時代の研究プロジェクトをもとに「こども六法」 弘文堂を刊行。
著:岩佐まもる
作家。ライトノベルや児童書などを執筆。「泣きたい私は猫をかぶる」 角川文庫、角川つば文庫 のノベライズなどを手がける。
作品紹介・あらすじ
『こども六法ノベル その事件、こども弁護士におまかせ!』
こども六法ノベル その事件、こども弁護士におまかせ!
著 岩佐 まもる原案 山崎 聡一郎監修 飯田 亮真カバーイラスト 佳奈
定価: 1,320円(本体1,200円+税)
発売日:2022年07月14日
『こども六法』小説版!自分の身を守る力がつく法律エンタメ!
73万部突破の『こども六法』から小説版が登場!
いじめ、ブラックバイト、デートDVなど、トラブルや悩みごとから身を守るのに役立つ、法律エンタメ小説!
ただ法律を知るだけでなく、起こっていることをどのようにとらえるか、どのように解決するかを考えていくことで、法律の考え方・使い方を学ぶことができる。物語に出てくる法律の解説付き。
中学1年生の主人公・久家祐樹(くげ ゆうき)は、高校2年生の姉・智紘(ちひろ)が「こども弁護士」として所属する「くげ法律事務所」のお手伝いをしている。事務所には子どもから大人まで、悩みを抱えたたくさんの相談者が訪れる。ある日、祐樹のクラスメイトが万引きをして警察に捕まったとの噂が――。法律の知識や思考力を駆使し、こども弁護士が事件解決に向けて奮闘する。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322109000924/
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