menu
menu

試し読み

ストーカーをする女性はどんな人なのか――気になりだすと、自分でも止められない。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「解錠の音が」試し読み#5】

“人の本性を暴かずにはいられない”女性探偵・みどり。
ストーカー被害を訴える男性からの依頼は、思いもよらない展開に――。

ミステリ界の新鋭・逸木裕の最新作は、ミステリ純度の高い連作短編集『五つの季節に探偵は』。“人の本性を暴かずにはいられない”厄介な性質を持つ女性探偵・みどりが遭遇した、魅惑的な五つの謎を描いたミステリ連作短編集です。
本作に収録されている5編の中から短編「解錠の音が」を全文公開。世界が反転する、切れ味鋭いミステリ短編をお楽しみください。



逸木 裕『五つの季節に探偵は』収録短編
「解錠の音が」試し読み#5

     5

 夜。わたしはひとりで、真美を尾行し続けていた。
 暗めのシャツとパンツに着替えて眼鏡をかけ、下ろしていた髪をゴムでシニヨンに結んだ。
 真美はいま、埼玉県のそうに住んでいるようだった。渋谷ではんぞうもん線に乗ってから草加で降り、そのままずっと尾行を続けている。こちらに気づいている様子はない。越谷と草加は、隣の市だ。真美が満をストーキングしているのなら、ロケーションとしてはやりやすい。
 奥野さんはいまごろ、真美がかつて働いていたというキャバクラに行っているはずだ。彼が前歴を探り、わたしは彼女の自宅を突き止める。二手に分かれた作戦だった。
 いつの間にか、住宅街に入っている。時刻は二十時。特にどこにも寄らず、このまま家に帰るつもりのようだ。
 真美はやがて、一棟のアパートに入っていった。見るからに古そうな二階建ての建物で、女性のひとり暮らしには安普請に見える。携帯電話で賃貸情報サイトを検索すると、築三十五年・家賃は四万円だった。やはり、満と同棲していたときに比べ、生活レベルはかなり落ちているようだ。
〈キャバクラでの聞き込みが終わりました〉
 タイミングよく、奥野さんからメールが届いた。
〈一年でだいぶ従業員が入れ替わってましたが、真美のことを知る人が何人か話してくれました。彼女、あまり好かれていなかったようですね。本指名を取るために積極的に身体を触らせていたり、ほかの嬢の客を取ろうとしたり、際どい営業をやっていたらしい。お金にガメついという評価もちらほらと〉
 キャバクラは、指名された数に応じてポイントが積み増され、報酬が上がっていくシステムだ。ただし、ベタベタと客と触れ合って指名を稼ぐのは、店の治安も悪くなるため嫌われると聞く。ほかのキャストから客を奪うのは、最大のタブーだ。
 わたしは、日中の真美の勤務態度を思いだした。フレンドリーな接客をしていたが、少し客との距離が近かった気もした。キャバ嬢時代の営業戦略が、身体に染みついてしまっているのかもしれない。彼女の微妙に壊れた距離感が、ストーカー行為と重なる。
 顔を上げると、真美の部屋の電気が落ちていた。一日の労働で、真美は疲れているように見えた。すぐに眠ってしまったのだろう。
 考えてみたら、ストーカーを調べるのは、初めてだ。ストーカー対策はサカキ・エージェンシーの取り組んでいる事業のひとつだが、わたしには案件が回ってこなかった。
 ──赤田真美は、どんな人なんだろう。
 奥野さんに忠告されたばかりなのに、悪い癖が出てきた。ストーカーをやるような人はどんな人間なのか、気になりはじめている。
 こうなってしまうと、自分でも止められない。
 周囲を見回す。人通りがないのを確認し、わたしはアパートに近づいた。門をゆっくり開けて、敷地に入る。
 アパートの入り口に、集合ポストがあった。真美の部屋は一階の一番奥なので「104」だ。覗いてみると、ろくに整理していないのか、チラシや封筒があふれている。
【特別催告】と書かれたピンクの封筒が見えた。
 日本年金機構名義の封筒だ。年金を滞納しているらしい。年金の催告は緊急度合いに応じて色が変わり、ピンクは財産を差し押さえられる少し手前に送られてくる。
 やはり真美は、生活に困窮している。
 鮮やかなピンクの中に、真美の〈人間〉が見える気がした。キャバクラで強引な営業をして、真美はお金を稼いでいた。満と同居したことで仕事をやめたものの、その生活もあっという間に破綻した。もとの世界に戻ることもできず、表面的には華やかなアパレルの世界に身を置いていて、満とヨリを戻すべく──あるいは、満にふくしゆうすべく──彼につきまといをしている。
 めちゃくちゃな行動原理に見えるが、この郵便受けを見ると、どこか納得が行った。溢れかえった郵便物は、赤田真美という人間のこんとんを象徴しているように見えた。
 わたしは鞄の中を探った。ひと通り郵便物を引きだして、撮影しておこう。指先がデジカメに触れた。
「何やってんですか?」
 そこで、声をかけられた。
 顔を上げると、部屋着に着替えた真美が、目の前に立っていた。
「こんばんは」わたしは瞬間的に表情を取り繕う。
「何って、ポストから郵便を取ろうとしてたんですけど」
「いや、そこ、あたしの部屋ですけど? なんで中を見てるんですか?」
「え? ああ……104にお住まいのかたですか。嫌だなあ、わたしが開けようとしてたのは、こっちですよ」
 わたしは104の下にある、204のポストを指差した。
 安心させるように微笑みかける。表情も、口調も、言葉も、自然な会話に仕上げられたはずだった。だが、真美は疑いの表情を崩さない。
「あなた、昼間もいましたよね?」
 真美の言葉に、わたしはきようがくした。
「店の前まできて、あたしのことをじろじろと見てましたし、お昼もあとをつけてました。ああ、昼間は髪、下ろしてましたよね?」
 自信が音を立てて崩れていくのを感じる。今日の張り込みはよくできたと思っていただけに、同世代の一般人女性に見破られていたことがショックだった。
「あなた、興信所か何かですよね? 依頼人は、笠井満ですか?」
「何のことですか。笠井?」
「しらばっくれなくていいですから。あいつに言っておいてください。あたしがあんたのストーカーなんて、するわけないでしょって」
「ちょっと待ってください。どういうことですか?」
 どうも様子がおかしい。
「あなたで、三人目です」真美は、ため息をつきながら言った。
「どうせまた、笠井の身の回りで何かがあったんでしょ? あいつ、何かトラブルが起きるとあたしの仕業だって決めつけて、ストーカーをしてるとか因縁つけてくるんです。最初は鞄がなくなった、二回目は携帯が見つからなくなった、だったかな? そのたびにあたしが忍び込んで盗んだとか騒いで、探偵を送り込んできました。ほんと、いい加減にしてください」
 彼女の口調から、心底うんざりしていることが伝わってくる。
「ていうか、笠井はまだ言ってるんですか? あたしがあいつの金を狙ってるとかなんとか……。依頼人のことを言えないなら言わなくていいですけど、最初から金目当てなんかじゃありませんから。あたしは単純に、笠井のことが好みだったから、付き合ってただけです。あ、いまは大嫌いなんで、このことは伝えないでくださいよ」
 まくしたてる真美を見て、わたしは彼女の評価を修正しなければならないと思った。事前に想定していた人とは、明らかに別種の人間だ。
「判りました、認めます。確かに、わたしの依頼主は笠井さんです」
 腹を決めた。満とのことについて、きちんと聞いておくべきだと思った。
「でも、わたしが聞いた話では、同棲中に赤田さんは、財布やキャッシュカードを覗き見ていたとのことでしたが……」
「そんなことしてない。床に落ちてた財布とかカードを拾って、もとの場所に戻してあげてただけですよ」
「携帯や通帳を見ていたのも、同じですか?」
「ええ。笠井、整理せいとんとかできないんです。こっちが片づけてあげてるのに被害者意識の塊で、ギャーギャーおおに騒いで……そりゃ恋も冷めますよね」
「仕事をやめてお金を要求していたとも聞きましたよ」
「いやいや、ふたりで使うものを買いに行くんだから、半分請求するのは当然でしょう? 仕事をやめたのは転職のためです。あいつに食わせてもらおうなんて、思ってないですよ」
 真美はいらった様子で、ポストの中からピンクの封筒を取りだしてみせる。
「あたし、こういうの、つい忘れちゃうんです。別にお金に困ってるわけじゃありません。きちんと払ってますよ、馬鹿にしないでください」
「いえ、そんなことは思ってないです」
「あたし、自分の店を開きたくて、勉強中なんです」
 真美は、質素なアパートを振り返って言った。
「ようやく色々片づいて、自分のやりたいことをはじめられているんです。笠井なんかに構ってる暇はない。二度と関わるなと伝えてください」
「自分の店というのは、アパレルのお店ですか」
「あなたには関係ないでしょう、そんなこと」
〈色々〉が何を指しているのか判らないが、奨学金の返済でもあったのかもしれない。学費を稼ぐためにキャバクラや風俗で働く女子大生が多くいると、昨今問題になっている。
 赤田真美は、立派な人だったようだ。
 きちんとしているように見える人が、実はグズグズと腐っているケースはたくさんある。だが、こういうパターンもあるのだ。表面をぎ取った奥にあった彼女の〈人間〉は、真面目で堅実で、自分の人生を自分で切り開く強い意志を持っていた。
「判りました。お騒がせして、申し訳ありませんでした」
 しんに頭を下げた。
 調査は、これで終わりだ。意外な結果になったが、真美はストーカーなどではなかった。あとは満にそう報告するだけだ。

 だが、終わりなどではなかったのだ。一週間後、事態は急展開を迎えることになる。

(つづく)

作品紹介・あらすじ



五つの季節に探偵は
著者 逸木 裕
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年01月28日

“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った、魅惑的な5つの謎。
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質を抱えている。

高校二年生の榊原みどりは、同級生から「担任の弱みを握ってほしい」と依頼される。担任を尾行したみどりはやがて、隠された“人の本性”を見ることに喜びを覚え――。(「イミテーション・ガールズ」)
探偵事務所に就職したみどりは、旅先である女性から〈指揮者〉と〈ピアノ売り〉の逸話を聞かされる。そこに贖罪の意識を感じ取ったみどりは、彼女の話に含まれた秘密に気づいてしまい――。(「スケーターズ・ワルツ」)

精緻なミステリ×重厚な人間ドラマ。じんわりほろ苦い連作短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000440/
amazonページはこちら

『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み



“熱中”を知らないわたしのいつもの日常に、不穏な気配が忍び寄る。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み#1】
https://kadobun.jp/trial/itsutsunokisetsunitanteiwa/1ixx5pepp97o.html

『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー



「世間など関係なく、自分のルールに従って生きる人間が最強だと思います」ミステリ界の新鋭・逸木裕が描く、強烈な個性を持つヒロインたち
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html

『五つの季節に探偵は』レビュー



秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】
https://kadobun.jp/reviews/entry-45177.html


紹介した書籍

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2023年6月号

5月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2023年6月号

5月6日 発売

怪と幽

最新号
Vol.013

4月26日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

気になってる人が男じゃなかった VOL.1

著者 新井すみこ

2

魔女と過ごした七日間

著者 東野圭吾

3

マダムたちのルームシェア2

著者 sekokoseko

4

おかあさんライフ。 今日も快走!ママチャリ編

著者 たかぎなおこ

5

マダムたちのルームシェア

著者 sekokoseko

6

ぼんぼん彩句

著者 宮部みゆき

2023年5月14日 - 2023年5月21日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP