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試し読み

ストーカー犯と目される女性を、わたしは尾行する。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「解錠の音が」試し読み#4】

“人の本性を暴かずにはいられない”女性探偵・みどり。
ストーカー被害を訴える男性からの依頼は、思いもよらない展開に――。

ミステリ界の新鋭・逸木裕の最新作は、ミステリ純度の高い連作短編集『五つの季節に探偵は』。“人の本性を暴かずにはいられない”厄介な性質を持つ女性探偵・みどりが遭遇した、魅惑的な五つの謎を描いたミステリ連作短編集です。
本作に収録されている5編の中から短編「解錠の音が」を全文公開。世界が反転する、切れ味鋭いミステリ短編をお楽しみください。



逸木 裕『五つの季節に探偵は』収録短編
「解錠の音が」試し読み#4

     4

 赤田真美、二十六歳。
 大学生のころからキャバクラで働いており、卒業後もしばらく夜の世界にいたそうだ。笠井満と交際がはじまったのは一年三ヶ月前、三ヶ月交際してから同棲を開始、そのタイミングで店をやめたが、共同生活は一ヶ月でたん。現在は、しぶのアパレル店でアルバイトをしている。
「しかし、目立ちますね彼女」
 渋谷センター街の雑踏の中、わたしと奥野さんは、十メートルほど先を行く真美を尾行していた。
 実際に見た真美は、写真よりも美人で、モデル並みだった。
 ダンガリーシャツにフリルつきのミニスカート、ドットのリボンが巻かれたキャノチエ。今風の流行を取り入れたファッションで、スタイルのいい真美が着ると映える。秋の地味目な服が行き交う雑踏にあって、真美のさつそうとした姿は人目を引いた。
 駐輪場をあとにし、わたしは渋谷で奥野さんと合流していた。
 とりあえず真美を見ておこうと、昼前に彼女が働いているショップに行った。真美が働いている店は、満が共通の知人から聞きだしていた。十代から二十代の女性向けの店で、真美は接客をやっていた。夜の仕事で鍛えたのか、遠目からでも感じのよい接客をしており、真美の人付き合いの上手さが窺えた。
 いまは昼休みで、彼女が外に出てきたところを尾行しているのだ。
「彼女が働いているショップの求人調べましたけど、時給千三百円でした。キャバクラでの収入は判りませんけど、あんなにルックスがよければ、結構稼いでいたはずですよね。給料、三分の一くらいになってるんじゃないかな」
「嬢として稼げるかは外見だけでは決まらないものですが、まあ、人気が出そうな感じの女性ではありますね」
「笠井満と別れたあと、真美はなんで夜の世界に戻らなかったんでしょう? 人間、一旦上げた生活レベルを落とすのは難しいと思うんですけど」
「嫌々やっていた仕事だったのかもしれない。一度退職してしまうと、気持ちはなかなか戻りませんからね。当座の金が稼げる仕事をしつつ、次の展開に備えているのかも」
「次の男を探しているってことですか」
「まあ、そんなに都合よく見つかるとは思えないが」
「ということは、笠井満とヨリを戻したい動機は、あるということですよね」
「金に困っているのなら、そうでしょう」
 真美は、満の通帳やキャッシュカードに興味を覚えていたという。一ヶ月で破綻していなければ、どうなっていたのだろう。満は、真美に預金を吸い上げられていたのだろうか。そして真美は、まだそれをあきらめきれていないのだろうか。
 かい見えた希望の光を追い続け、ついには戻れないところまで突っ込んでしまう。探偵になってからの一年半で、不倫からギャンブル依存まで、ありふれた破滅の姿をたくさん見てきた。にぎやかで楽しげな雰囲気のここ渋谷センター街も、一皮けばそういうものがごろごろと転がっているだろう。
 雑踏の中、真美の姿が消えた。
 道端のサンドイッチ店に入ったのだ。五百円でランチが食べられる、ファストフードのチェーン店だった。
 わたしはそばにあったコンビニに入り、おにぎりや野菜ジュースを買った。食べられるときに食べておくのは、探偵の鉄則だ。
 戻ると、奥野さんは近くにあった交番の真ん前に立ち、サンドイッチ店を監視していた。こういうポジション取りをさっとできるのが、奥野さんの技術だ。交番の前に立っている人間を、道行く人たちはあまり警戒しない。
 昼食を渡し、ふたりで食べはじめる。真美は窓際の席で携帯電話をいじりながら、サンドイッチをつまんでいる。午前の仕事で疲れているようで、店頭に立っているときには感じさせなかった疲労が、顔ににじみ出ていた。
 ──彼女は、どういう人なんだろう。
 若いころから夜の世界にいて、恐らくは金目的で笠井満に接近した。それが破綻したあとは堅気な仕事をしている一方、ストーカーの嫌疑をかけられている。表面に浮かんでいる健康的な美貌の奥に、赤田真美というコントロールセンターがある。彼女の〈人間〉はどんな形をしていて、どんな回路が通っているのか。
 興味を惹かれる。探偵という仕事の、一番しい部分だ。
「……また無茶をしましたね、みどりさん」
 突然、奥野さんが言った。話を切りだす機会を待っていたような、改まった口調だった。
「何のことですか? 無茶?」
「さっき、会社に電話があったそうです。今朝、私有地に勝手に入り込んで居座った榊原という女は、おたくの社員かって」
 駐輪場の管理員に、通報されたのだ。名刺を渡した時点で会社にクレームを入れられる可能性は考えてはいたが、こんなに早いとは。思ったよりも怒らせてしまったらしい。
「なぜ、そう無茶ばかりするんですか」
 奥野さんは、真美から目を離さずに語りかけてくる。わたしも、同じほうを見ながら答えた。
「いやー、でも、今朝のことは、私有地に居座ったってほどじゃないですよ。少しだけ、しつけに話を聞いただけでして……」
「去年の八月。あなたは被調査人マルヒの自宅の庭に忍び込んで、住宅の壁越しに盗聴をした。これは刑法一三〇条〈住居侵入罪又は建造物侵入罪〉に触れている。見つかって警察を呼ばれていたらあなたは捕まっていたし、会社ごと行政処分を食らう可能性もあった」
「あれは、あー……手がかりがなくて、ああするしかないと思ったんです。もうやりません」
「その二ヶ月後。あなたは家出少女のしつそう調査で、ひとりで勝手に潜伏先まで乗り込んでいき、女をかくまっていた男と鉢合わせた。男は脱法ハーブスパイスを吸って、ラリっていた。錯乱した男は、持っていたナイフで、あなたを刺す寸前まで行った」
「まあ、あれは、ちょっと深追いしすぎたかな。反省してますよ、はは……」
「死ぬぞ、そんなことやってたら」
 奥野さんの言葉が、圧を増した。
「あなたは、おかしい。危機に対する感覚が壊れている」
「いやあ……すみません。ご心配おかけして」
「警察にも、あなたのような人がたまに入ってくる。非日常が味わえるから──心拍数の上がる現場にいられるから──そんな理由で就職してくる人がね。その後大人しくなってく仕事に順応できる人もいたが、危険な現場に突っ込んでいって、それきり戻ってこられなかった人もいた。あなたもこのままだとそうなる」
「死ぬのは嫌ですね。長生きしたいです」
「それなら、無茶はやめることです。人間は、簡単に死にます。そのときに苦しむのは、死んだ当事者じゃない。周りの人間ですからね」
 ありふれた破滅は、ごとではない、ということか。
 奥野さんは口を閉じた。沈黙の中に、わたしからの返事を待っている気配がある。
 こんな風に言ってくれる人がいるのは、ありがたいことだと思う。
 会社の中には、わたしを忌み嫌っている人も少なくない。いい大学を出た社長の娘が道楽で入社してきて、やりたい放題やっている──そう見られても、仕方ないと思う。いまは謙虚に、目立たず、新人らしく、黙々と仕事をこなして信頼を積み上げていくべき時期なのだ。全部承知している。
 ふと、二年前の京都での調査を思いだした。
 真相を暴けば、わたしは友人を失い、ひとりの女性を決定的に傷つける──判っていたけれど、止められなかった。
 ──自分のさがを、後天的に直せるのだろうか?
 最近たまにそんなことを考える。人が、心の奥に隠し持っているものを見たい。秘密にされればされるほど、暴かずにはいられない。わたしはどうやら生まれつき、そういう厄介なものを抱えている。
 問題なのは、それを直せるのか、だ。が光に集まるのを、修正することはできるのだろうか。修正できたとして、もはやそれは蛾と呼べるものなのだろうか。
 わたしは、かばんの中にあるデジカメの存在を感じていた。
 様々な写真を撮ってきた。世界の裂け目の向こうに、一瞬だけ垣間見える〈人間〉の姿も、何度かとらえることができた。このカメラは、わたしそのものだ。暗いところから、無機質な目で対象を見ることこそが、わたしという人間の本質だった。
 こんな探偵は、組織にいないほうがいいのだろう。さっさと独立し、個人で活動するべきなのだと思う。サカキ・エージェンシーはいま、業界大手への道を駆け上がっている最中なのだ。父の顔に、娘が泥を塗るわけにはいかない。
「どうですか、みどりさん」
 奥野さんが追撃してくる。いままで何度か奥野さんには忠告を受けていたが、今日けりをつけようとしているようだ。
 だけど、噓をつくことはできない。
「じゃあ、奥野さん、助けてください」妥協するように、わたしは笑顔を作った。
「なるべく、性格を変えられるように頑張ってみます。でも、すぐには直せないと思うんです。危険な現場に、つい行っちゃうかもしれません」
「私の話を聞いてました? つい、じゃないでしょう」
「将来的に直すように努力します。だから当面は、わたしが危ないことをしてたら、止めたり助けたりしてくれませんか? 奥野さんなら頼りになります」
「あなたねえ……真剣に考えてるんですか」
「はい、真剣ですよ。真剣だから、こういう答えになります」
 奥野さんはあきれたように、ため息をつく。
「考えておきます。とにかく、くぎは刺しましたからね」
 ちょうど真美が食事を終え、店の外に出てきたところだった。
 わたしたちは何の合図もなしに、再び彼女のあとを追いはじめる。

(つづく)

作品紹介・あらすじ



五つの季節に探偵は
著者 逸木 裕
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年01月28日

“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った、魅惑的な5つの謎。
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質を抱えている。

高校二年生の榊原みどりは、同級生から「担任の弱みを握ってほしい」と依頼される。担任を尾行したみどりはやがて、隠された“人の本性”を見ることに喜びを覚え――。(「イミテーション・ガールズ」)
探偵事務所に就職したみどりは、旅先である女性から〈指揮者〉と〈ピアノ売り〉の逸話を聞かされる。そこに贖罪の意識を感じ取ったみどりは、彼女の話に含まれた秘密に気づいてしまい――。(「スケーターズ・ワルツ」)

精緻なミステリ×重厚な人間ドラマ。じんわりほろ苦い連作短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000440/
amazonページはこちら

『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み



“熱中”を知らないわたしのいつもの日常に、不穏な気配が忍び寄る。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み#1】
https://kadobun.jp/trial/itsutsunokisetsunitanteiwa/1ixx5pepp97o.html

『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー



「世間など関係なく、自分のルールに従って生きる人間が最強だと思います」ミステリ界の新鋭・逸木裕が描く、強烈な個性を持つヒロインたち
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html

『五つの季節に探偵は』レビュー



秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】
https://kadobun.jp/reviews/entry-45177.html


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