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試し読み

駐輪場の自転車に、おかしな悪戯がされた。その意図はなんなのか。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「解錠の音が」試し読み#3】

“人の本性を暴かずにはいられない”女性探偵・みどり。
ストーカー被害を訴える男性からの依頼は、思いもよらない展開に――。

ミステリ界の新鋭・逸木裕の最新作は、ミステリ純度の高い連作短編集『五つの季節に探偵は』。“人の本性を暴かずにはいられない”厄介な性質を持つ女性探偵・みどりが遭遇した、魅惑的な五つの謎を描いたミステリ連作短編集です。
本作に収録されている5編の中から短編「解錠の音が」を全文公開。世界が反転する、切れ味鋭いミステリ短編をお楽しみください。



逸木 裕『五つの季節に探偵は』収録短編
「解錠の音が」試し読み#3

     3

 初日の調査を、わたしはいつたん、ひとりではじめることにした。
 満が〈おかしな悪戯がされた〉と語った駐輪場が、わたしの自宅の最寄り駅・越谷にあるものだったからだ。駅を挟んだ反対側だが、満とわたしは最寄り駅が同じ距離に住んでいたのだ。
 駐輪場は、とある区画にサイクルスタンドが並ぶ様式のものだった。公営ではなく民間会社の運営で、ネットで調べると百台が停められると書いてある。
 朝七時。駐輪場の入り口には小さな管理員室があるが、まだ誰もいない。ゆっくりと現場を確かめたかったので、地の利を使って早朝にきたのだ。
 サイクルスタンドには、順番に番号が振られている。契約形態はつきぎめのみで、時間借りはできないようだ。入り口に「契約者募集中」と張りだされているので、空きはあるらしい。
「36」と番号が振られたスタンドの前に立ち、デジカメで撮影した。満が契約している番号だ。
〈あの日、仕事から帰って駐輪場に向かったら、自転車がなくなっていたんです〉
 二週間前。満は朝、駐輪場に自転車を停め、仕事に向かった。その日は残業があり、越谷に戻ってきたころには二十一時を過ぎていた。暗がりの中「36」のスタンドに向かうと、停めていた自転車が消えていた。
〈ひと目見て、やられたと思いました。ビアンキの新しいクロスバイクでしたから、いい値段で売れる。でも、そうじゃなかったんです。自転車は、別のスタンドに移動されていました〉
 わたしは「99」のスタンドまで移動し、撮影をする。駐輪場の隅にあるもので、その日、満の自転車はなぜかここに移動されていたらしい。
〈要はただの悪戯だったんですが、悪質なやつでした。かけたはずの錠がどっかに行っていて、前輪と後輪が錐か何かでパンクさせられてましたから〉
〈錠はどんなものだったんですか〉
〈ダイヤル式のワイヤーロックです。どうやって壊したんだろう? 一番強力なやつを、自転車屋で選んでもらったんだけど〉
 満はそう言って、青いビニールの破片を机の上に置いた。ワイヤーロックをコーティングしていた素材の切れ端で、「36」のスタンドのそばに落ちていたそうだ。
〈あんなもの、プロの手にかかったら紐が巻いてあるのと同じなんですけどねえ〉
 満が帰ったあと、奥野さんが教えてくれた。ダイヤル式のワイヤーロックはボルトクリッパーを使えば一瞬で切断が可能で、百円ショップのニッパーでも頑張れば切れるそうだ。
 切断できない錠はないと、奥野さんは言った。強固なU字ロックやチェーンロックであっても切る方法はあるようで、結局目立つ場所に置かない、錠を複数かける、スタンドや電柱などを巻き込んで地球ロックをするなど、対策を積み上げて窃盗犯を遠ざけるしかないらしい。
 ただし、満の自転車は窃盗されたわけではない。
 犯人は錠を切断しているのに、なぜかクロスバイクを持ち去ってはいない。別のスタンドまで動かし、タイヤをパンクさせただけだ。転売できる自転車を破錠までしたのに、なぜ持ち帰らなかったのか。
 そこで出てくるのが、赤田真美だった。
〈真美は、僕があのビアンキを気に入っていたことを知っていました。これは、あいつの構ってちゃんアピールですよ。僕の大切なものをめちゃくちゃにすれば、怒って連絡がくると思ってるんだ〉
 確かに、ストーカーの仕業と考えると、一応は筋が通る。
 相手のお気に入りのアイテムを傷つけて嫌がらせをしつつ、犯行の陰に自分がいることをそれとなくアピールする。わざと怒らせることで接点を持とうとするのは、ストーカーに見られる傾向のひとつだ。
 だが、それは真美が本当にストーカーならば、だ。いまはまだ、何の証拠もない。
「……ちょっと、あんた、そこで何してんの?」
 そこで、声をかけられた。
 振り向くと、げんな表情をした老人が立っていた。
 駐輪場の管理員のようだった。見慣れない女が駐輪場の隅で考え込んでいるので、怪しんだのだ。
「あ、すみません。はじめまして……」返事をしながら、応手を考える。
「実はわたし、こういう者でして……」
 サカキ・エージェンシーの名刺を取りだし、管理員に渡した。ジャーナリストのもの、一流商社のもの、名前だけが書いてあるものなど、名刺は七パターン持っている。名刺の使いかたは、探偵の隠れた腕の見せどころのひとつだ。何の名刺を使うかによって、相手から引きだせる話は全く変わる。選択を間違うことも多いが、今回は確信を持って素性を明かした。
「調査業って……探偵さん?」
「はい、そうです」
「へえ、あんたみたいな若い女性がねえ……ここで何してるの? 面倒ごとはごめんだよ」
「実は、人捜しをしていまして……」
 警戒している人間──それも、組織を背負って話す立場の人に真正面から話を聞いても、ろくな情報は引きだせない。こういうときに大切なのは、ことだ。
「この人、ご存じですか?」
 わたしはいきなり、笠井満の写真を見せた。
「知ってますよね? この駐輪場と契約している、笠井って人ですけど」
「……おい、いきなりなんだよ? しつけにもほどがある」
 予想通り、管理人は面食らったようだった。そう言いながら写真を見つめ、おもむろに左上を見る。
 わたしは間髪れずに、もう一枚写真を出した。
「この人はどうですか? この人も、契約者のはずです」
 赤田真美の写真だった。管理員は一瞬だけ目を泳がせると舌打ちをし、管理員室に向かってきびすを返した。警察か警備会社を呼ぼうとしているのだ。「すみません、失礼しました」足早に立ち去るわたしの背中に、「おい、待ちなさいよ」という管理員の声が飛んでくる。わたしは歩みを速め、その声を振り切った。
 目的は、達成していた。
 管理員のような立場の人が、顧客情報を部外者に教えてはくれない。だから、ちょっとした技を使った。
 最初に、確実に知っている人の写真を見せ、管理員の反応をうかがったのだ。笠井満の写真を見たとき、彼は記憶を探るように固まり、わずかに左上を見た。それが、知っている人を見たときの、彼の仕草だった。
 そして、赤田真美の写真を見せた。
 管理員は固まったあと、一瞬だけ左上を見た。満の写真を見せたときと、同じ反応だ。
 管理員は、赤田真美を知っている。
 真美はあの駐輪場で、目撃されているのだ。

(つづく)

作品紹介・あらすじ



五つの季節に探偵は
著者 逸木 裕
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年01月28日

“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った、魅惑的な5つの謎。
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質を抱えている。

高校二年生の榊原みどりは、同級生から「担任の弱みを握ってほしい」と依頼される。担任を尾行したみどりはやがて、隠された“人の本性”を見ることに喜びを覚え――。(「イミテーション・ガールズ」)
探偵事務所に就職したみどりは、旅先である女性から〈指揮者〉と〈ピアノ売り〉の逸話を聞かされる。そこに贖罪の意識を感じ取ったみどりは、彼女の話に含まれた秘密に気づいてしまい――。(「スケーターズ・ワルツ」)

精緻なミステリ×重厚な人間ドラマ。じんわりほろ苦い連作短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000440/
amazonページはこちら

『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み



“熱中”を知らないわたしのいつもの日常に、不穏な気配が忍び寄る。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み#1】
https://kadobun.jp/trial/itsutsunokisetsunitanteiwa/1ixx5pepp97o.html

『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー



「世間など関係なく、自分のルールに従って生きる人間が最強だと思います」ミステリ界の新鋭・逸木裕が描く、強烈な個性を持つヒロインたち
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html

『五つの季節に探偵は』レビュー



秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】
https://kadobun.jp/reviews/entry-45177.html


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