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試し読み

そのストーカー被害の相談は、ちょっとおかしなものだった。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「解錠の音が」試し読み#2】

“人の本性を暴かずにはいられない”女性探偵・みどり。
ストーカー被害を訴える男性からの依頼は、思いもよらない展開に――。

ミステリ界の新鋭・逸木裕の最新作は、ミステリ純度の高い連作短編集『五つの季節に探偵は』。“人の本性を暴かずにはいられない”厄介な性質を持つ女性探偵・みどりが遭遇した、魅惑的な五つの謎を描いたミステリ連作短編集です。
本作に収録されている5編の中から短編「解錠の音が」を全文公開。世界が反転する、切れ味鋭いミステリ短編をお楽しみください。



逸木 裕『五つの季節に探偵は』収録短編
「解錠の音が」試し読み#2

     2

「実は、ストーカーにあっているんです」
 セミナーを終えて赤坂のオフィスに戻ると、飛び込みの依頼人がきていた。
 かさみつると名乗る、太った男性だった。依頼書には三十三歳と書かれているが、肌が不健康そうに黒ずんでいて、実年齢よりも老いて見える。着ているネルシャツもぴちぴちで、サイズが合っていない。
「ストーカーとはただごとではないですね。詳しくお聞かせください」
 会議室のテーブルを挟んで、満とわたしたちは向かい合っていた。防音施工をされた部屋が、奥野さんの声を吸収する。
 この三ヶ月、わたしは奥野さんとパートナーを組んでいる。社内の立場としては同僚なのだが、元警察官と大卒二年目という圧倒的なキャリアの差があるので、自然と、上司と部下のようになっている。
「ストーカーをしているのは、こいつです」
 満が写真を一枚、机の上に滑らせてくる。
 女性のバストショットだった。顔が小さくて、明るいカラーの外ハネボブがおしやだ。かなりの美人だった。年齢はわたしと同じ、二十代半ばくらいだろうか。
あかと言います。こいつに、しつこく嫌がらせをされているんです」
「なるほど。この赤田さんとは、どういう関係ですか?」
「元カノです。去年、一ヶ月ほど、どうせいしていたんです」
 入社直後のわたしなら、こんな釣り合いの取れていないカップルがあるのかと驚いただろうが、いまはなんとも思わない。男女のシーソーは、色々な形でバランスが取れるものだ。
「僕はね、実家が資産家でしてね」
 例えば、お金とか。
「真美は、僕が金を持っていると知って、近づいてきたんです。たまにこんな女が現れるんですよ。すぐに気づいて追いだしたんですけど……こいつ、その後つきまといをはじめたんです」
 満が説明してくれた内容は、こういうものだった。
 真美と満は、共通の知人が開いてくれたカップリング・パーティーで知り合った。二十人くらいが参加した食事会で、アプローチは真美のほうからしてきたという。
 満は、父が興した投資コンサルティングの会社で働いている。もともと継いだ実家の資産も大きいようだが、仕事面でも優秀で高給取りらしい。そんなプロフィールに興味を覚えたのか、真美は熱烈にアタックをかけてきた。満もそんな彼女を悪く思わず、交際が開始、三ヶ月ほどしたところで同棲をはじめた。だがみつげつは、その後一ヶ月しか持たなかった。
「真美はね、僕と同棲をはじめてからすぐに、仕事をやめたんです」
 満は憎々しげに語る。
「最初からヒモ女になって、僕に寄生して暮らそうと思っていたんでしょう。あの女は僕の家に居座って、金を要求するようになりました。それだけじゃありません。家事もしない、料理もしない、とにかく何もしない居候みたいになったんです」
「それは……大変でしたね」
「真美の行動はどんどんエスカレートしていきました。僕の携帯を見たり、しまっていた通帳を出してきたり、挙げ句の果てには財布をのぞいたり、キャッシュカードをあさってみたり……。そのたびに揉めたけどやめないから、別れることにしました。それ以来あいつは僕のことを恨んで、つきまとうようになったんです。馬鹿ですよ、復縁できると思ってるんですかね」
「つきまとうって、具体的には何を?」
「色々です。例えば、道端から僕の部屋をじっと見つめていたり」
「ご自宅は、マンションですか、一軒家ですか」
「一軒家です」
「道端から真美さんがこちらを見ていた──それは確かに、真美さんだったんですね」
「夜だったから確実とは言えないけど、背かつこうは同じでした。それが何日も続いたんだ。真美しか考えられない」
「ほかにされたことは?」
「ポストが荒らされて、郵便物を物色されました。三回くらいかな……何か盗まれていたかもしれない」
「物理的な接触はどうですか? 仕事場にやってきたり、帰宅したところに押しかけてきたり」
「いまのところ、そういうことはないですね」
 わたしは、思わず首をひねりそうになる。
 真美が金目的で満と交際をはじめたのはそうかもしれないが、ストーカー被害の件はどうだろうか。確実な証拠がないのが気になる。奥野さんも、同じ疑問を持ったようだ。
「笠井さん、これは気を悪くしないで聞いていただきたいのですが、本当に赤田真美さんが、ストーカーなんでしょうか?」
「真美ですよ。ほかにこんなことする人間、思いあたらない」
「人は、知らないうちに恨みを買っていることもあります。物理的なコンタクトがないのでしたら、少し様子見をされてはいかがですか? 調査会社に依頼をすると、それなりにお金がかかります。それに、我々も三年前に探偵業法というものが公布されまして、無理な調査はできないんです。先方に迷惑がかかってしまいますからね」
 奥野さんは満に向かって言っているようで、半分はわたしに向けているようだった。言葉のとげが、ちくちくと刺さる。
「いや、確証があるんだ」
 満は、きっぱりと言った。
「二週間ほど前、僕の自転車におかしないたずらがされていたんです」
「おかしな悪戯?」
「はい。真美以外に、あんなことをする人間は絶対にいません」
 自信たっぷりの口調に、わたしは耳を引かれた。
 満が身を乗りだして語りだした話は、確かにおかしなものだった。

(つづく)

作品紹介・あらすじ



五つの季節に探偵は
著者 逸木 裕
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年01月28日

“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った、魅惑的な5つの謎。
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質を抱えている。

高校二年生の榊原みどりは、同級生から「担任の弱みを握ってほしい」と依頼される。担任を尾行したみどりはやがて、隠された“人の本性”を見ることに喜びを覚え――。(「イミテーション・ガールズ」)
探偵事務所に就職したみどりは、旅先である女性から〈指揮者〉と〈ピアノ売り〉の逸話を聞かされる。そこに贖罪の意識を感じ取ったみどりは、彼女の話に含まれた秘密に気づいてしまい――。(「スケーターズ・ワルツ」)

精緻なミステリ×重厚な人間ドラマ。じんわりほろ苦い連作短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000440/
amazonページはこちら

『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み



“熱中”を知らないわたしのいつもの日常に、不穏な気配が忍び寄る。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み#1】
https://kadobun.jp/trial/itsutsunokisetsunitanteiwa/1ixx5pepp97o.html

『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー



「世間など関係なく、自分のルールに従って生きる人間が最強だと思います」ミステリ界の新鋭・逸木裕が描く、強烈な個性を持つヒロインたち
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html

『五つの季節に探偵は』レビュー



秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】
https://kadobun.jp/reviews/entry-45177.html


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