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試し読み

終わったはずのストーカー調査が、意外な展開を見せる。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「解錠の音が」試し読み#6】

“人の本性を暴かずにはいられない”女性探偵・みどり。
ストーカー被害を訴える男性からの依頼は、思いもよらない展開に――。

ミステリ界の新鋭・逸木裕の最新作は、ミステリ純度の高い連作短編集『五つの季節に探偵は』。“人の本性を暴かずにはいられない”厄介な性質を持つ女性探偵・みどりが遭遇した、魅惑的な五つの謎を描いたミステリ連作短編集です。
本作に収録されている5編の中から短編「解錠の音が」を全文公開。世界が反転する、切れ味鋭いミステリ短編をお楽しみください。



逸木 裕『五つの季節に探偵は』収録短編
「解錠の音が」試し読み#6

     6

「この会社は詐欺師の集まりか!」
 オフィスに怒声が響き渡ったとき、わたしはフロアの奥で書類の整理をしていた。
 エントランスに向かうと社員たちが集まっていた。人の輪の奥にいたのは、笠井満だった。「お前!」わたしの姿を認めるや否や、満は声を上げる。
「この野郎、榊原! でたらめな調査で大金取りやがって!」
 あまりのひようへんぶりに、わたしは驚いた。真美はストーカーなどしていないと報告したときの彼は、しおらしい様子だったのに。
 集まった社員たちが、じろりとわたしを見る。好奇心丸出しのものもあれば、また厄介ごとを持ち込んだのかと非難してくるものもある。いずれにせよ、どの目も言っていることは同じだ──お前が責任持って、処理をしろ。
「何事ですか」
 そこで、奥野さんがわたしの横にやってきてくれた。「奥野!」満はさらに声を張り上げたが、奥野さんは動じない。社員たちをかきわけて満のほうへ向かう奥野さんに、わたしは続いた。
「どうされたんですか、笠井さん。騒がれたら困りますよ。いまはみんな仕事中です」
「偉そうに言いやがって、何が仕事だ。いい加減な仕事しかしないくせに!」
「いい加減とは聞き捨てなりませんね。私どもの調査は、適正なものでしたよ」
「赤田真美は、ストーカーだ!」
 駄々っ子のような叫びだった。だが、そこには切実な色があった。
「どういうことですか? 赤田さんがストーカーなどしていないというのは、きちんと調べてお伝えしたと思いますが……」
「その調査がいい加減だったんだよ! 証拠があるんだ!」
「証拠?」
「また金がられたんだ! あいつ以外にそんなことをするやつがいるか!」
 満の声は、際限なく大きくなっていく。どうやったらこんなに大きな声が出せるのかと思うほどうるさい。
〈最初は鞄がなくなった、二回目は携帯が見つからなくなった、だったかな? そのたびにあたしが忍び込んで盗んだとか騒いで……〉
 わたしは、真美の言葉を思いだしていた。
 あのあと真美について調べ、彼女が多額の奨学金を返済したことと、高校生のころからアパレルの仕事に興味があったことが判った。ダメ押しとして、真美にはいま、新しい恋人がいることまで発覚したのだ。ストーカーの可能性は一パーセントもない。今回も満は、お金を落としたりしたのを、真美のせいだと思い込んでいるのだろう。
「笠井さん、ちょっと奥に行きましょう。お茶でも飲みながら、冷静に──」
 奥野さんが手を差しだしたところで、周囲の社員から、悲鳴が上がった。
 満の手に、カッターナイフが握られていた。
 その刃先が、薄い赤に染まっている。奥野さんが差しだした手を、いきなり切りつけたのだ。
 わたしはどうもくした。
 満は震える手でカッターを握りしめながら、血の気を失っていた。自分が行使したはずの暴力に戸惑い、ぼうぜんとしている様子だった。強気な表皮を剝がした奥から、気弱で繊細な本性が覗いていた。
 わたしが目を引かれたのは、奥野さんのほうだった。
 いつも穏和な表情の下から、しんえんが覗いていた。満を睨みつける鋭い眼光は、一切の情を感じさせない、冷酷な殺人者のようだった。
 思わず、震えそうになる。奥野さんは、こういうものを抱えていたのか──。
「確保っ!」
 満の背後から、若い男性社員が数人飛びかかり、地面にねじ伏せた。カッターがはじき飛ばされ、地面を滑る。「離せ! 詐欺師集団!」満は思いだしたように暴れはじめたが、もはや白々しい演技にしか見えなかった。
 奥野さんは切りつけられた手の甲をめ、カッターを拾い上げる。ハンカチで刃先をぬぐい、刃を収める。
「いま私は、死んでいたかもしれない」
「え?」
「こいつが持ってきたのが殺傷力の高い包丁やサバイバルナイフだったら、いまごろ生きていなかったかもしれない。命拾いしました」
「あ、ええ、そうですね……」
「探偵をやっている以上、危険は向こうからきます。わざわざ出向く必要はない。肝に銘じておくことです」
 もう、深淵は見えなかった。奥野さんの表情は、いつもの柔らかいものに戻っていた。

(つづく)

作品紹介・あらすじ



五つの季節に探偵は
著者 逸木 裕
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年01月28日

“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った、魅惑的な5つの謎。
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質を抱えている。

高校二年生の榊原みどりは、同級生から「担任の弱みを握ってほしい」と依頼される。担任を尾行したみどりはやがて、隠された“人の本性”を見ることに喜びを覚え――。(「イミテーション・ガールズ」)
探偵事務所に就職したみどりは、旅先である女性から〈指揮者〉と〈ピアノ売り〉の逸話を聞かされる。そこに贖罪の意識を感じ取ったみどりは、彼女の話に含まれた秘密に気づいてしまい――。(「スケーターズ・ワルツ」)

精緻なミステリ×重厚な人間ドラマ。じんわりほろ苦い連作短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000440/
amazonページはこちら

『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み



“熱中”を知らないわたしのいつもの日常に、不穏な気配が忍び寄る。【逸木 裕『五つの季節に探偵は』より「イミテーション・ガールズ」試し読み#1】
https://kadobun.jp/trial/itsutsunokisetsunitanteiwa/1ixx5pepp97o.html

『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー



「世間など関係なく、自分のルールに従って生きる人間が最強だと思います」ミステリ界の新鋭・逸木裕が描く、強烈な個性を持つヒロインたち
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html

『五つの季節に探偵は』レビュー



秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】
https://kadobun.jp/reviews/entry-45177.html


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