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試し読み

七十年以上前に亡くなった「死者の日記」。そこに記されているものとは――。横溝正史ミステリ&ホラー大賞《大賞》受賞作!【原浩『火喰鳥を、喰う』試し読み⑥】

KADOKAWAの新人文学賞として、ともに四半世紀以上の歴史を持つ「横溝正史ミステリ大賞(第38回まで)」と「日本ホラー小説大賞(第25回まで)」。
この2つを統合し、ミステリとホラーの2大ジャンルを対象とした新たな新人賞「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」が2019年に創設されました。
そして2020年、2つの賞の統合後、はじめての大賞受賞作『火喰鳥を、喰う』が12月11日に発売となります。
選考委員の有栖川有栖氏が「ミステリ&ホラー大賞にふさわしい」と太鼓判を押し、同じく選考委員の辻村深月氏が「謎への引きこみ方が見事」と激賞した本作。
第一章の試し読みを特別に公開いたします。
ミステリとホラーが見事に融合した衝撃のデビュー作、是非チェックしてくださいね。

>>第5回へ

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 続いて日記にはニューブリテン島への機材揚陸後、ココポという地に駐屯する旨が記載されていた。以降は連日続く飛行場補助施設建設の模様や島の情景等が簡潔に綴られている。夜間空襲は度々受けたようだが、文面からはそこまで逼迫した状況は感じられなかった。むしろ現地民との果実の交易についても頁が割かれるなど、ややもすれば楽し気な南国の日常といった風にも感じられる。
 しかし、六月に入ると様相は急変し、夜間空爆とそれによる被害状況についての記述の頻度が目に見えて増えた。

六月七日
夜間爆撃あり 敵は飛行場を目標に定めたる模様
掩体なく野外繋留の飛行機四機が大破炎上
死傷者若干名

六月十日
夜間爆撃あり 高射砲陣が反撃するも戦果ナシ
第一滑走路破損 使用不能  一昨日より行われた路面修理が水泡に帰す

六月十二日
夜間爆撃あり 敵爆撃機、数時間にわたり飛行場上空を旋回スル
地団駄、切歯扼腕も為す術ナシ
戦死者若干名

「この頃から坂道を転がるように戦況は悪化の一途です」
 与沢の解説を待たず、それは日記からも読み取れた。
 貞市の部隊はココポ基地からパラオ群島へ移動。さらに十一月にはニューギニア島、ウエワク近郊のブーツ飛行場に前進とされている。保によると、これは貞市の所属部隊、二百九飛行場大隊の担当航空戦隊がブーツに異動になった為であるらしい。飛行場大隊とは日本陸軍の部隊編制の一つで、航空機の整備補給や飛行場の警備など航空部隊の後方支援を任務とした部隊であるという。つまり提携する飛行戦隊が移動すると大隊も随伴するのだ。
 しかし日記には本来従事すべき航空機整備についての記載はほとんど無い。与沢記者によると、この頃には肝心の航空部隊が損耗激しく、その数を著しく減じていたためらしい。要するに本来の任務そのものが遂行不能だったのだ。
 年も明け、昭和十九年になると連日の空襲で疲弊した部隊の状況についての記述も急増した。さらに三月を迎えると、前線から撤退する兵士の記載も見られるようになった。

三月十日
前線から転進部隊が続々到着 全員徒歩 疲労困憊
マダン、ラエから正月より歩き詰めの者もあり
ホルランヂアまで退がるという
聞けば前線では弾薬、糧食尽き、友軍同士わずかな食を争うこともあったという
途中自力後退できぬ者はやむなく残置の他なく マラリア罹患による死者多数
皇軍に有るまじき惨の一語 増援はまだか

「ホルランヂアってどこでしょう? グーグルマップには載ってないですよ」亮が訝しげに手元のタブレットをタップしている。彼は日記の内容を手元と見比べつつ、真面目に時系列と場所を追っていた。
「現代ではジャヤプラといいます」与沢記者が答える。「この時、日本軍はパプアニューギニアの北岸を占領していましたが、東のポートモレスビーから連合軍の反撃を受けています。ジャヤプラは大規模な飛行場と港湾施設を備えた後方基地でした」
「その基地まで逃げるってわけですね。……ジャヤプラ、ジャヤプラ……ああ出てきた。ここですか?」
 亮は液晶画面に起動している地図アプリの検索結果を私たちに見せた。パプアニューギニア北岸の都市の上にアイコンが表示されている。
「そうです。久喜貞市さんがおられたのはブーツ飛行場ですから……丁度この辺りですね」
 与沢はそう言ってジャヤプラを示すアイコンの数百キロ東、何の記載も無い海岸近くを指差した。「それから日記に出てきたマダンというのはここ。ラエはさらに東……ここですね」
 与沢は画面に指を走らせて地図をスクロールさせると、それぞれの地名を示して見せた。
「げ。これって滅茶苦茶遠いじゃん。これを歩いて移動したのか」亮が驚いた声をあげる。
 与沢が最後に示した最も東のラエから、ブーツ飛行場までは、地図上の直線距離でも四、五百キロはありそうだ。ホルランヂア、現在で言うところのジャヤプラは、さらにそこから三百キロ以上は西に位置している。この距離を日本軍は徒歩で敗走していたのだ。
「ろくに整備された道路はありません。行軍は相当厳しいものであったようです。戦況は著しく悪化し、前線から逐次撤退を余儀なくされます」
 取材を重ねただけあって、流石に与沢記者は当時の戦況についてよく把握している。さらに日記の頁を繰ると、ついに久喜貞市の部隊も撤退を始める旨が書かれていた。

四月七日
我が隊もホルランヂア本隊に合流の命令を受ける
一旦航空基地に拠り本国の増援を待って反攻する算段

四月十日
行軍開始 ブーツ基地を発し途上のアイタペを目指す
目的地のホルランヂアまで凡そ一ヶ月の行程

四月十九日
アイタペ着 落伍者ナシ

「中継基地のアイタペに着いたのがこの日。で、翌日にはすぐにアイタペ基地を出発しています。この二日後、日本軍にとって運命の日、昭和十九年四月二十二日が来ます」
 与沢はさらに日記を先へ進めた。

四月二十二日
早朝後方より激しい銃砲声聞ゆ
間も無くアイタペ飛行場に敵機動部隊上陸の報あり
しかれども我が隊は命令通りホルランヂアへの行軍続行の旨伝達さる
もとより武器を携行する者は少なく是非もナシ
敵哨戒機を避け山中に迂回する進路トル

「この日、米軍の二十四師団、四十一師団を主力とする連合軍がアイタペとホルランヂアへの同時上陸作戦を実施して、日本軍は両基地とも有効な防衛戦を果たせず即日陥落しています」
「すると、二日前に後にしたアイタペ基地だけじゃなく、撤退先の基地までが敵の手に落ちているわけですね」与沢の説明を受けて、亮が手元のタブレットを見ながら言う。
「そうです。ニューギニアの日本軍はほぼ壊滅。この時、久喜貞市さんは知る由もありませんが、前後を挟まれ既に進退窮まっていたのです」
「厳しいですねえ。行くも帰るもできずかぁ」亮の呟きはちっとも厳しそうじゃない。

(つづく)


書影

原浩『火喰鳥を、喰う』


原浩『火喰鳥を、喰う』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000502/


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