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レビュー

読者は作品世界に閉じ込められる――『火喰鳥を、喰う』原浩 文庫巻末解説【解説:杉江松恋】

全ては「死者の日記」から始まった。これは“怪異”か、或いは“事件”か。
『火喰鳥を、喰う』原浩

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

火喰鳥を、喰う』原浩



『火喰鳥を、喰う』原浩  文庫巻末解説

解説
すぎ まつこい  

『火喰鳥を、喰う』の作品世界に、閉じ込められる。
 閉じ込められる。そう表現するしかない感覚を味わえる作品だ。『火喰鳥を、喰う』は「始まる日」から「最期の日」まで、全十日間の物語を十章で構成した作品である。各章をそれぞれ十本の指に見立てるとしっくりくる。一本ずつ指が折られていって、最後には掌の中に閉じ込められる。みつな技巧で読者を追い詰めてくる小説なのだ。
 本作は二〇二〇年に第四十回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を獲得した、はらこうのデビュー作である。単行本の奥付には同年十二月十一日刊とある。同賞は第三十九回から横溝正史ミステリ大賞と日本ホラー小説大賞が合併、両ジャンルにまたがる形で新しい才能を探していくこととなった。前年はきたたか血の配達屋さん』(単行本刊行時に『出航』と改題、さらに応募時題名に戻して現在角川ホラー文庫)が優秀賞に選ばれたが大賞は出ていない。新生後、初の大賞が本作だったのである。
 二つのジャンルが合併したら、ミステリー色が強いものが受賞するのか、それともホラーか、という興味が当然湧いてくる。『火喰鳥を、喰う』もその関心が一つの読みどころとなっている作品だ。ミステリーとホラー、どちらの世界に属する物語なのかが明らかにならず物語は始まり、五里霧中のまま進んでいく。それが感情を刺激するのである。物語の序盤では、確かだと思えるような情報がまったく与えられない。一つ何かがわかっても、それが意味することまでは見えてこない。または、すぐに打ち消すような情報が出てきて、結局足場は与えられない。夜の海で一人波間に漂うような不安が襲ってくる。
〈私〉ことゆうしんしゆう中南部の古い家に、妻・と祖父・たもつ、母ののぶと住んでいる。夕里子はもともと高校の一年先輩だ。彼女の卒業後はしばらく疎遠な時期があったがその後に再会、一年前に結婚したばかりである。
 久喜家では最近になって二つの事件があった。保には第二次世界大戦の南方戦線で命を落としたさだいちという兄がいた。彼の名前が、何者かの手で久喜家の墓碑から削り取られた、というのが事件の一つめだ。偶然の一致なのか、その貞市の従軍日記が戦死したパプアニューギニアのニューブリテン島で発見され、七十年以上の時を超えて久喜家に里帰りすることになった、というのが二つめである。地元紙がやって来て、久喜保が亡兄の遺品と再会するところを取材しようとする。その席で不穏な出来事が起きるのだ。たとえるならば、劇場で映画を観ていたら、突如スクリーンが裂けて中から漆黒の霧が流れ出してきた、とでもいうような。
 あらすじを明かしていいのはここまでだろう。本作にはさまざまな美点があるが、その一つが今言及した空気転換の鮮やかさである。出来事は突如起こり、それ以降は世界の見え方ががらりと変わる。説明するのではなく出来事を描くことによって物語の行く先を示すのが小説の定法だが、『火喰鳥を、喰う』という作品には状況の急変、登場人物たちが直面させられる危難といった物語の起伏が非常に多く準備されている。個々の事件は相互に無関係であるように見える。しかし深いところでつながっているのである。たとえば「一日目」の章で雄司たちが貞市の戦友に会う場面があるが、そのふじむらさかえという男性が急に奇矯な行動に出る。ここは唐突に感じるのだが、実は事態の真相につながるかぎが彼の言動には隠されているのだ。後から読み返すと、改めて作者の深謀に舌を巻かされるはずである。
 ミステリーで重視されるのが伏線回収、というよりも真相につながる手がかりを丹念に振りまいて、それを真相解明の論理構成に用いるという技巧である。そうした伏線も確かにあるのだが、それよりも本作で注目したいのは予兆の技巧だ。この先には何かがある、何かいけないもののふたを今まさに開けている、という感覚を作者は味わわせ続ける。それは的中し、読者の予想を上回る衝撃が訪れることになる。
 最初に書いたように十日間で構成されている物語であり、一日の終わりには夜が来て、雄司にも眠りが訪れる。その中で彼は、必ず夢を見るのだ。行動している最中にも白昼夢というべき幻覚を。前述したように、これらの夢はすべて根元がつながっている。読み返したときは、それらがつながって一つの図が現れてくることにに似た感情を覚えたが、現在進行形でページをめくり続けているときは、それらの悪夢が恐怖をあおる警告に思えたものである。不穏な未来しか待っていないことがわかっているのに、先へ進みたくなる気持ちを抑えられなくなってしまうのが恐ろしいではないか。
 恐怖や不安の感情を煽るだけではなく、作品の展望をそれとなく示す、という技巧も用いられている。貞市の名が削られた墓をもうでた雄司は、蛮行には果たして意味があるのだろうかと考えていて、同行した夕里子からこんなことを言われる。
「ミステリーではないのかも」(中略)「サスペンスとか……。いえ、ホラー映画だとしたらどうでしょうか?」
 横溝正史ミステリ&ホラー大賞に応募された作品だということを踏まえた、メタ的な遊びなのだが、『火喰鳥を、喰う』にはこのように、作品を一望できる視線の高さまで読者をいったん連れ出して、かんの構図を確認させたうえで再び等身大の位置にまで連れ戻す、ということが繰り返し行われる。物語の折り返し点あたりで、夕里子の弟であるりようが事件について自分なりの推理を口にする場面もその一つだろう。世界で起きているのはこういうことではないかという推測、もっと言えば登場人物たちが立っているのはどういう舞台の上なのか、という世界認識が本作にとっては最も重要なのである。これはミステリーなのかホラーなのかというジャンルへの問いも実はここに収束していく。文字で書かれた物語であるという性質を最大限に利用した、小説だからこそ成立する虚構による現実の侵犯が本作では行われる。誠に柄の大きな試みだ。
 ネタばらしをしない程度に書いておくと、物語後半展開には、ミステリーにおけるクローズドサークルもの、つまり閉鎖状況における殺人犯捜しにも似た味わいがある。クローズドサークルものでは犠牲者が増えることで犯人候補は絞られる。生き残ることができるかというスリルが醸成されると同時に、残された中からどの選択肢が正答となりえるのか、という可能性への興味も高まっていくのである。『火喰鳥を、喰う』も同じで、事態が進行する中で正しい答えはある道筋でしかありえないように見えてくる。探偵役ではないが、起きていることの解説者として登場するのが夕里子のふるい知り合いであるほくそういちろうという人物だ。彼は夕里子に恋情を抱いていた過去があり、その経緯から雄司との間に三角関係めいた緊張感が生じる。登場人物たちが心情のもつれを抱きながら生き残りという大目的のために協力する、というのは冒険小説の常道プロットだが、それを採用することで作品の後半は急流を下るような速度を得た。その先に待つのがぽっかりと口を開いたたきつぼだとしても、止まることはできないだろう。不可避のしんえんへようこそ。
 原はすでに第二長篇『やまのめの六人』(二〇二一年。KADOKAWA)を発表している。ようかいの伝承がある深山に逃げ込んだ強盗たちが遭遇する事態を描いた作品で犯罪小説とホラーを融合させた着想が斬新だ。他にない恐怖、他にない物語の驚きを追求する作者は誰も訪れたことのない世界に読者をいざない続けるだろう。くらく、ねじくれた世界に。

作品紹介・あらすじ



火喰鳥を、喰う
著者 原 浩
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年11月22日

全ては「死者の日記」から始まった。これは“怪異”か、或いは“事件”か。
選考委員、激賞!令和初の大賞受賞作!
「恐怖と謎がしっかりと絡んでいる。ミステリ&ホラー大賞にふさわしい」――有栖川有栖氏
「謎への引きこみ方が見事。読了後は心地よい酩酊感に襲われました」――辻村深月氏

信州で暮らす久喜雄司に起きた二つの出来事。ひとつは久喜家代々の墓石が、何者かによって破壊されたこと。もうひとつは、死者の日記が届いたことだった。久喜家に届けられた日記は、太平洋戦争末期に戦死した雄司の大伯父・久喜貞市の遺品で、そこには異様なほどの生への執着が記されていた。そして日記が届いた日を境に、久喜家の周辺では不可解な出来事が起こり始める。貞市と共に従軍し戦後復員した藤村の家の消失、日記を発見した新聞記者の狂乱、雄司の祖父・保の失踪。さらに日記には、誰も書いた覚えのない文章が出現していた。「ヒクイドリヲクウ ビミナリ」雄司は妻の夕里子とともに超常現象に造詣のある北斗総一郎に頼ることにするが……。 ミステリ&ホラーが見事に融合した新鋭、衝撃のデビュー作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001804/
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