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試し読み

時を超え、届けられた死者の日記。すべてはここから始まった。横溝正史ミステリ&ホラー大賞《大賞》受賞作! 【原浩『火喰鳥を、喰う』試し読み⑧】

KADOKAWAの新人文学賞として、ともに四半世紀以上の歴史を持つ「横溝正史ミステリ大賞(第38回まで)」と「日本ホラー小説大賞(第25回まで)」。
この2つを統合し、ミステリとホラーの2大ジャンルを対象とした新たな新人賞「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」が2019年に創設されました。
そして2020年、2つの賞の統合後、はじめての大賞受賞作『火喰鳥を、喰う』が12月11日に発売となります。
選考委員の有栖川有栖氏が「ミステリ&ホラー大賞にふさわしい」と太鼓判を押し、同じく選考委員の辻村深月氏が「謎への引きこみ方が見事」と激賞した本作。
第一章の試し読みを特別に公開いたします。
ミステリとホラーが見事に融合した衝撃のデビュー作、是非チェックしてくださいね。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

>>第7回へ

一月七日
吉瀬一等兵 衰弱の為動ケズ  夕刻息ヒキトル

二月十九日
山田准尉、意識モドラズ
吉田准尉、食細く食エヌ

二月二十日
吉田准尉息ヒキトル

三月八日
徳島兵長死ヌ

三月十二日
アツイアツイ クルシミヌイテ

「十二日の記述は本人の病状でしょうか」
 私の疑問に与沢が首を傾げた。
「マラリアに罹患していたのかもしれませんね」
 アツイアツイという片仮名の文字列は、他の日の記録と雰囲気が違って読める。文章も途中で途切れていて、どこか不穏な空気があった。貞市自身が熱にうかされる中で書いたのだろうか。日記の文字を記すことが生きることへの執念の表れだったのかもしれない。
 亮が指折り数える。
「ここで、かなり死んでますね。残りは何人になります?」
 人物名を勘定すると潜伏開始当初は十二名。一年を待たずして死亡が九名だ。
「あとは藤村軍曹、伊藤軍曹、それから貞市大伯父、だけだね」 私の答えに亮が顔をしかめた。
「残り三人だけですか。あんなに大勢いたのに」
 日記の日付が四月の半ばを過ぎると、この時期には珍しく長文の日があった。

四月十八日
巨大なトリヲミル
赤いアゴ 黒い巨躯 ダチョウの如く
話にキク ヒクイドリ トオモワレ
銃ナク 狩れず
シトメタイモノ

「ヒクイドリ……」何となくその名は聞いたことがあるが、すぐに姿が思いつかない。それまで黙っていた夕里子が解説してくれた。
「熱帯雨林に生息するソーチョー類の一種です。絶滅危惧種」
「ソーチョー類?」字が想像できない。
「飛べない鳥。走る鳥と書いて走鳥類。喉から垂れた赤い肉が、火を食べているように見えることから、火喰鳥と呼ばれているそうです。気性が荒く、鉤爪による蹴り足が殺人的な威力だとか」
「へえ。図鑑みたい。お笑い芸人だけじゃなく動物にも詳しかったのかい」
 私がからかうと、夕里子はぎろりと目剝いた。
 亮が楽しげに口を開く。
「ああ、この前テレビでやってた。どこかの動物園でお笑い芸人のテレキネスがさ、この鳥を挑発して蹴られるやつ。盾にしたベニヤ板ごとぶっ飛ばされてたよ。姉さんハマってるもんね、テレキネス」
「……テレキネスじゃなくてテレキネシス」
 夕里子は無表情のまま、芸名を訂正した。
「その気性とキックの強さから、世界一危険な鳥とも呼ばれてます。いつだったか、玄田も動物園の取材で蹴られたことがあるんですよ。避けたのに、少し当たっただけでジーンズが破れて。血が凄くて、ざっくり」
 与沢が玄田記者に笑顔を向けた。玄田は手元のカメラを弄くりながら、うむ、と頷く。
「シトメタイモノ、って一文に思いがこもってますよねえ」
 亮が言うように、世界一危険な鳥も、飢えに苦しむ貞市たちにとっては貴重なタンパク源なのだろう。
 日記はこの後、日付の間隔がさらに開きがちになる。前後の記載から、貞市は度々マラリアを患っていた様子だった。
 多くの日本兵の命を奪ったこの熱病は、蚊を媒介に感染する。与沢記者によると、ジャングルに逃散した日本兵の、おそらく全員が感染していた筈だという。治療が望めない環境下では、一度発症したら自力で回復するしかない。しかし食料物資が欠乏し、慢性的な栄養失調状態ではそれも難しく、体力の劣る年長の兵士から衰弱し命を落としたという。貞市を始めとする生き残りの三人は、まだ二十歳を超えたばかりの若年兵で回復力もあったのだろう。しかし、一度復調しても、体力の衰えとともにマラリアの症状が再発する。日記にも生き残りの三人が定期的にマラリアに臥せる様子が記されていた。
 しかし病のことよりも私が気にかかったのは鳥についてだった。日付の間隔が大きくなる中で、火喰鳥についての記載が明らかに増えていた。

四月二十四日
銃携行 トリの糞 足跡を追う
日没まで捜索するも出会えず

五月二日
トリは接近を察すると逃げる為
待ち伏せを試みる
獣道に二箇所待機所を設置 藤村、伊藤と分担

五月六日
終日雨 最後の乾パンを食ス カビダラケ
ヒクイドリはいかなるアジか
あの寸法 三人で充分なゴチソウダ

 生をつなぐには食料確保が最優先になるのは理解できる。しかし、貞市の火喰鳥に対する執着は異様にも感じられた。
「……ここを見てください。先住民と会ったという記述があります。もしかしたらこれがラプレさんかもしれません」与沢が頁を繰る手を止めて示した。

五月十四日
遺棄農園よりパパイヤ採取 僅少
先住民一名を見る
敵意が無いことを示すと去る

(つづく)


書影

原浩『火喰鳥を、喰う』


原浩『火喰鳥を、喰う』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000502/


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