「は……?」
津守は隼人の反応を気にせず言う。
「ここはもう、終わりなんでね、潰します。ほういうことです」
「は? だから、意味が分からない。どういうことか、もっと現実的な説明してください」
「説明はいらんでしょう。人がこんだけ死んでいる。良いことだと思いますか? 思わんでしょう。ここがあったらまたおんなじことがおんなじように起こりますから、もうここはすべて潰すゆうことですよ」
「いや、その理屈が分からないし……どうして急に、全部潰すとか」
「急でもなんでもないですね。納得いかんでも、君の了承を取る必要はないんですわ。もう和夫さんの許可は得ておるんでね」
そう言うと、津守は唐突に上を見上げた。
「おお、気色が悪いのぉ。こがい近くにおったんか。目が痛いわけじゃ」
ザザ、と音がする。隼人が振り返っても、何もない。しかし、草が揺れている。まるでそこに何かがいたかのように。
「とにかく」
大きな声でそう言われて、隼人は津守の方に視線を戻した。
「とにかく、君は、今日にでも東京に帰ったらえいんじゃないかね。ちゅうか、そうしてもらわんと困るわ」
「急になんなんだよ」
「だから、急じゃないがですよ」
サングラスの奥の目がこちらを見ていないことは分かる。隼人の背後の竹林をじっと見つめていた。
「何年も前から言うちょる。もうここはめちゃくちゃじゃ。今じゃえずうて、目が潰れそうじゃ」
そう言って津守は、胸元から何かを取り出して、放り投げるような仕草をした。
何をしているんだ、と隼人が尋ねる前に、獣の鳴き声がした。
がさがさと大きく草を
「今の……」
「見ちょるだけでしょう、今は」
津守は忌々しげに舌打ちをした。
「君、たまたま居合わせてしまって災難じゃったね。君は本当に無関係ですし、さっさと帰ってくださいね。今ここにほとけがある、それが不運じゃった、いんや、場所が分かったちうのは、幸運かね」
「ほとけ……
「頷き……? ああ、そんなふうに呼んでますか、色々考えつくもんじゃ」
また舌打ちの音が聞こえる。自分に向けてではないにしても、舌打ちは不快な仕草だ。
「とりあえず、和夫さんに確認しますから」
「おう、えいえい。電話して確認したらよろしいわ。でも帰ってすぐにやってください。もう、今すぐにでも片づけんといけませんからね」
笑い交じりの声にも苛つく。
突然やってきて、勝手なことばかり言って。
「俺、このまま東京には帰りませんよ」
「は?」
津守が威圧的に聞き返してくる。自分の提案が拒否されると思っていなかったとしたら、余程常識がないのだろう。
「急に来て、勝手なこと言われて。匠はいなくなるし、おばあさんたちは死んじゃうし。っていうか、なんなんだよ、ここ。意味分かんないことだらけですよ……どうしたらいいのか分かりませんよ。やっぱり、もしかして、あなたが」
「失礼なこと言わんでくださいや」
津守の声が冷たく響いた。
「俺がここの土地の人間に優しくする必要はまるきりないんですわ。それでも優しくしてやっちょるのは徳を積みたいからですわ。それに、一応、人が死ぬんは嫌じゃち思うちょるき。人間には善性ちゅうのが生まれながらありますけん。ここの人間にはないようじゃけどね」
津守がチッと舌打ちをする。右手にいつの間にか
思い切り空気を吸い込み、盛大に煙を吐く。
「言いすぎたわ。君の友達とその家族はなんも知らんかったようじゃわ。君もせいぜい、邪魔だけはせんでくれんかね」
「邪魔ってなんだよ」
隼人は煙で涙目になりながら津守を
「なんなんだよ。みんなして、説明もしないで。何を隠してるのか、何が言いたいのかも分からないのに、言うとおりにしろってそればっかりで。そんなの、納得いくわけないだろ」
津守だけにそう思ったわけではない。全員だ。
何かを知っていて、それを隠している。その秘密が一体どういったものなのかまったく分からない。それなのに話だけが進んでいく。
「しつっこいなあ、君は。だから、納得なんかせんでも」
津守の言うことを無視して、帰路につく。
津守はなにかごちゃごちゃ言いながら、家の前までついてきた。しかし、目の前で扉をぴしゃりと閉め、
ちらりと電話に目をやる。
和夫に電話しようかと思ったが、やめておいた。
もし、というか確実に、「そのとおりだ」「早く東京に帰れ」そう言われるだろう。そうなれば津守に──この土地に対抗する手段が一つもなくなってしまうと思った。
電話線を抜く。あの電話がまたかかってきたら、隼人はどうしていいか分からない。感情的に怒鳴りつけてしまうかもしれないが、そうしたらまた、人が死ぬ、かもしれない。あれは不吉なものであるという非科学的な思考が頭を支配した。
回り回りの小仏。
まずひとり、鬼になる子を決める。鬼になった子は目隠しをする。
そして、何人か集まって手を
回り回りの小仏は
何故に背が低い
親の逮夜に
それで背が低い
あの歌を歌いながら、一周回って止まる。
鬼は目隠しをしたまま、
線香 抹香 花まっこう
と言いながら周囲の子を数え、その言葉の終わりに当たった子が今度は鬼になるのだ。
この遊びは実際に見たことはないから、かごめかごめみたいなものだと思っている。
死を呼ぶような遊びではなかったはずだ。
「まわり、まわりの」
喉から勝手に言葉が
隼人は自分の頰を強く
朝まで目覚めることがないように、そう祈る。
闇に覆いつくされるような夜だった。
なかなか寝つけない。いくら願っても、寝つけるはずもない。
電話線を抜いているのにピンクの電話が鳴ったら、と思う。ホラー映画の影響だ。
しかし、それ以上に考えてしまうことがある。
恐怖を
可愛くて、大好きで、一生守ろうと思っていた。
でももう戻ってこない。
涙が絶え間なく流れる。
すべてが理不尽だった。泣いてもどうにもならない。誰も恨むことはできない。
匠もこんな気分になるのではないか。祖母が亡くなったことを知ったら。とても
悲しみは恐怖を上回る。
ずっと昔に亡くなった妹のことですら考えるとこんなに悲しい。
匠は一体、どんな気分だろう、そう考えるだけで胸が詰まる。たまたま居合わせただけの友人にできることはなんだろうか。
無意味な考えが、闇に吸い込まれて消える。
それでもぐるぐると考える。
「隼人」
声が聞こえた。
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