目が覚めると、頰がひんやりとしている。指を
きちんと施錠したからだろうか、あの男が侵入してきた形跡もない。このあたりには施錠の習慣などないから、拒絶の意思は伝わっているだろう。目の前でぴしゃりと閉めたのだから。
「鳥の足」
自分で言って、飛び起きる。
そうだ。
匠がそう言った。匠が夢枕に立った。
指を確認する。左に五本、右に五本、きちんと付いている。
確かに替えの利かない大事なものだ。指を捧げるなんて、ぞっとする。
「だから、指みたいな、もの」
匠の
頭痛がする。意味の分からないことだらけで何が本当かそうでないか分からない。見た夢だって願望かもしれない。
でも、もし自身の願望なら、それこそそのとおりにすればいいのかもしれない。
隼人は布団から起き上がり、大きく伸びをした。体がぎしぎし
顔を洗い、洗面台の鏡を見ると、自分の目も昏く
夢の中の願いを
それに、ほとけのことが気になる。これは単純な好奇心だ。
近づけた、というのがどういうことか。一般的に想像される石の像だとしたら、移動させるのには時間と力を要するはずだ。どんなものか見てみたい。どういう状態になっているのか。
どんなものか分かれば、この土地の人間が隠している何かを理解するヒントになるかもしれない。
隼人は申し訳ないと思いながら匠の部屋の
嬉しい誤算は、簞笥の中に小さなラックが設置してあり、その中に家の
洋服を着替えた後、どこを向いていいか分からないから天井に向けて手を合わせる。
「行ってきます」
そのまま玄関を開け、用心深く周囲を確認する。津守がやってきて、ごちゃごちゃとうるさく言ってくるかもしれない。早く東京に帰れ、ここはもう
三回も施錠したのを確認してから、隼人は勝手口から外に出た。
「
肉屋の店主はそう聞き返してくる。
彼もまた、知った顔だ。
「モミジ言うて、九州の方ではよう食べられとるみたいやけどな、お兄ちゃん、九州の人?」
「いえ、東京ですけど……食べたくて」
「ほうかあ。残念やけど、今すぐは用意できんな。養鶏場の方に聞いてみてもええけど……」
「あ、いいです、大丈夫です……」
普通の
肉屋の店主は目を細めて、
「ごめんなあ、気が利かんで。それと、匠くん、はよう見つかるとええね」
隼人は頭を下げた。やはり、知られている。
しかし、それは想定内だ。気遣いの言葉を投げられることは想定外だったが。とにかく、そんなことをいちいち気にしていても始まらない。
買うという一番簡単な方法で鳥の足を手に入れられなかったいま、考えなければいけないのは、じゃあどうすればいいのか、だ。
考えて隼人は、
確か、このあたりに
隼人が見た時、すでに実は熟しており、売り物になるかならないかというほどだった。
記憶を頼りに歩いていくと、やはりその場所はあって、実がいくつも
このような状態になっても収穫されていないのだから、やはりこの農園はほぼ捨てられているのだ。フェンスにはところどころ穴が開いて
「あった」
思わず声をあげてしまい、誰が聞いているわけでもないのに慌てて口を
こんなことで
隼人が発見したのは、鳥害対策用の電気プレートだ。鳥が留まろうとすると、電気が流れ、鳥は飛び立っていくらしい。
放置されている農園だからそういった設備もないと思っていたが、フェンスの近くに数枚設置してある。
狩猟の技術など持たない隼人は、ふと、ずっと昔に見たワイドショーを思い出したのだ。その番組では、カラス
隼人は木に近寄って、そこに腰を下ろした。
それでしばらく待つ。
想定どおり、何羽も鳥が飛んでくる。鳩だったり、カラスだったり。しかし、その先は想定どおりにはいかなかった。本当に一瞬で飛び去ってしまうのだ。
気配を悟られないように少し遠くから観察しているから、鳥が来た、と気づいて走っていっても、電気プレートの場所に到着する頃にはもう鳥はいない。
何度もそういった、近づいては逃げられるという無意味な時間を過ごすうちに、隼人は汗だくになっていた。
もう日も落ちかけている。一言で表すなら、徒労だ。
これ以上待っていても何の成果も得られないだろう。
そう思って立ち上がりかけた時、背後からどさりと音がした。
隼人は目を
しかし、しばらくその姿勢のまま待っていても、怒鳴られることも、追加で石を投げられることもない。
隼人は薄目を開け、恐る恐る振り向いた。
カラスだ。
カラスが羽を広げて死んでいる。大きい、と思った。でもそう思ったのは、いつも遠くを飛んでいるところしか見たことがないからかもしれない。カラスは、ちょうど足を上に突き出している。
全身が真っ黒なのかと思っていたが、足だけは少し黄みがかった灰色だった。
人間の指に、見えなくもない。
隼人は、急に背後にカラスの死体が落ちて来た、という不自然さのことは敢えて考えないようにした。そんなことを考える余裕はなかった。
ゴミ袋にカラスの死体を入れる。まだ温かいような気もしたが、気のせいかもしれない。確かなのは、ずしりと重かったことだ。
袋を引き
なんとか家に入って、一息つくこともなく、
なるべく、死体そのものを見ないようにして、足を折る。折るときに、不快な手ごたえがあって、それだけで吐き戻しそうになった。
折ったものを改めて観察する。
人間の指に、似ていないこともない。ものを
なんにせよ、隼人はもう限界だった。
茶を一杯だけ飲んでから、すぐに家を出る。
家の裏を歩けば、すぐにあるからね。
夢の中で匠はそう言っていた。
先程鳥を獲りに行ったときには、そのようなものは見当たらなかった。しかし、あのときは鳥のことしか頭になかったから見つけられなかったのかもしれない。
隼人はゆっくりと、周囲を見回しながら歩く。
「あった」
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