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試し読み

蝉がうるさく鳴く中、死体を積んだトラックの向かう先は……。『デジタルリセット』試し読み#4

第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作『デジタルリセット』

書店員さんたちの圧倒的な支持を受けて、第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉を受賞した『デジタルリセット』の冒頭を特別公開。理想の環境を求めて自らの基準にそぐわないものを殺しては次の人生を始める=「リセット」を繰り返す、新たなシリアルキラーの恐怖をご堪能ください!



『デジタルリセット』試し読み#4

 煙草を咥えたまま家の戸締りをして回り、運転席に乗り込んだところで腕時計は午後三時二十分を指している。夕立が迫っている。次の作業内容を頭に描いて作業時間を見積もり、トラックを発進させた。製材所前の坂道を登って行くにつれ徐々に道幅が狭くなり、両側の山林の下草が道路に覆いかぶさり、やがて道路は未舗装になった。
 その辺りからは大槻製材所所有の山林で、さらに十分ほど山道を登ると、開けた空き地に着いた。伐採した木々の貯木場で、山の北側斜面を削った台地にある。来月からは木々の伐採時期に入るため、毎年、短期雇用の職人やアルバイトでにぎやかになるのだが、まだこの時期は人気がなく、静まり返っている。
 青年は貯木場北側の端にあるプレハブ小屋の前でトラックを停め、小屋の裏手に回った。そこは更地になっており、その一画にブルーシートが敷かれ風で飛ばないように周囲を角材で押さえてある。
 青年が角材をずらしてシートをまくり上げると、二メートル四方で深さ一メートル五十センチほどの縦穴が現れた。次にトラックの荷台から一体ずつ肩に担ぎ、三体を穴の縁に運ぶと、青年自身が穴の底に降り、一体ずつ抱き抱えるように足元に並べた。三体全てを並べたところで、い上がり、十メートルほど離れて停めてある小型パワーショベルを運転して、縦穴を掘った時に出来た土の山を崩しては、埋め戻し、最後に埋めた土の上を、パワーショベルを走らせて自重でならしした。
 その頃になると、パシッとシートを雨粒がたたく音がしだした。貯木場から製材所に戻った時には、夏の夕方にもかかわらず周囲は真っ暗になり、地面を掘り返すほどの大粒の雨が強風と共に降り注ぎ、雷鳴も聞こえてきた。山間部の夕立は実にたけだけしい。
 叩き付ける雨の中、青年は製材所の駐車場にトラックを戻すと、三百坪はある同じ敷地内の大槻家の母屋に走って戻った。その間ほんの三十秒ほどであったが、下着までびしょれになった。広い玄関で濡れた衣類を全て脱ぎ、滴が垂れないようにTシャツで丸く包むと素裸で暗い廊下を浴室に向かった。
 立ったままで浴室の壁に伸ばした両手をつき、長い時間ジッとうつむいて頭から熱いシャワーを浴び続けた。湯の流れに沿って長髪が顔にまとわりつく。
 身体中に疲労が淀んでいるが、疲れた身体を引き起こす。浴室の鏡の前に立ち、肩まで伸びた真黒な固い長髪の束をつかんで持ち上げ、裁ちバサミで切り始めた。ザクッと切るたび、パタパタと濡れた毛の束が足元に落ちる。毛に癖があるので、切った束の単位で勝手にまとまっていく。両耳が見えるまで短くし、次にひげった。髭も太く癖があるので、左手で顔の皮膚を引っ張って起こした髭に二枚刃のカミソリを当てる。剃り終わると、身体中に張り付いた髪の毛や髭を熱いシャワーで洗い流した。
 浴室から出て、脱衣場の棚の奥に隠しておいた頭髪用染料を取り出し、髪の毛を染める。毛染めが終わった後、浴室を酸性洗剤で洗い、排水口の髪の毛や使ったタオル、染料の空きチューブも全て製材所の産廃焼却炉に放り込んで火を付けた。
 ドライヤーを冷風のまま当てて髪の毛を乾かす。地毛は重さを感じさせるくらいに真黒だったが、アッシュ系のダークブラウンに染めると、想像通り軽やかで、顔全体の雰囲気が明るくなった。コンタクトレンズを入れてサッパリした外見をしばし鏡で見た後、真新しいシャツにトランクスを穿き、そのままの姿でキッチンに入り、冷蔵庫の食材を物色した。キャビア、青カビチーズ、エビなど来客用の高級食材が詰まっている。
 しかし、あえて加工肉を選んだ。大理石の調理台の上にドイツ産ショルダーベーコン、イタリア産パルマハムを取り出した。これらは、大槻が自分の晩酌のあてに取り寄せたものだ。余すところなく分厚く切って、フライパンでいため、大皿に載せると豪勢に夏野菜を添えた。大きめのグラス一杯に氷を入れ、右手に大皿、左手にグラスとスコッチのボトルを持って、庭に面した板の間に出る。床に食器やボトルをじかに置きガラス戸を全開にすると、冷たい松材の床板にあぐらをかいて食事を始めた。外は既に雨も上がり、暗闇に飲み込まれている。屋内の電灯は全て消し、月明りだけを照明にすることで、この縁側が大槻家での最後のばんさんの舞台となった。
 昼間に大汗をかいたため、ベーコンの塩味が内臓にみ込む。細長い指で軽くグラスを摑み、カラカラと振ってけた氷水で適度に薄まったスコッチをゴクリと飲み込むと、塩分とは違った突き刺すような浸透圧で消化器官に広がって行く。
 ザワザワと周囲の木々を揺すって冷風が流れ、耳を澄ますと虫の鳴き声も聞こえて来る。空っぽの胃袋が徐々に満たされ、軽い酔いを感じた時にやっと昼間の緊張が解けたことを実感できた。フォークに突き刺した肉をゆっくりと口に運び、舌の上で味わい、時々手で角切りキュウリやトマトをまんでは口に放り込み、ナプキンで手を拭ってグラスを傾けた。一時間ほどかけて食事をたんのうし、手を止めて山頂を照らす月から中空に目を走らせる。うつそうとした山林の暗がりを凝視しながら大槻の言葉を思い出していた。

「なんで三番乾燥機も使わんのや!」
 社長の大槻は腕組みをして事務室の椅子に大きくりようひざを開いて座って、立ったままの青年を下からにらんでいる。製材所の工場内の一角がパネルで間仕切りされ、事務室になっているのだが、実態は大槻の説教部屋に過ぎない。
 大槻は職人としての腕はいいのだが、人間として狭量で、社員に責任転嫁するなど、全く人望がない。以前は住み込みで青年以外に二人の従業員が居たが、今は青年と大槻の弟と大槻社長夫婦だけだ。大槻は少しでもかんろくを付け、青年を威圧したいのだろうが、開いた足や、組んだ腕にも精一杯感があふれ、無理しているのが丸分かりだった。
「全機使わんとヒノキのフローリング材の出荷が間に合わんぞ! どうする気や!」
 三番乾燥機は熱電対が劣化して機内温度が安定しないから使えない、今まで青年が何度も説明した。大槻がそのことを忘れて、顧客に無理な納期を約束してしまった。
 青年は、もう今回は口には出さなかった。
「おい、何とか言うたらどうや」
 大槻はけんしわを寄せて青年を睨んでいるが、青年が真直ぐ見つめ返すと、途端に大槻の黒目が泳ぐ。
 クドクド説教する大槻の声を聞き流し、青年は別のことを考えていた。いつも踏ん反り返る理由は、単につるっ禿げのてつぺんを見下ろされたくないだけ?
 この時、今まで無表情に黙ったままだった青年が急に笑い声を上げた。その瞬間、大槻の表情が固まった。青年から目を離さず後ずさりし、そのまま事務所から出て行ってしまった。
 青年はポツンと一人残された。
 ──もう終わり? 一体何なんだよ。
 自分の事務机の椅子に座ると、引き出しの奥からハードカバーの日記帳を取り出し、スピンの端を持ってバサッと開いた。二頁にわたってマトリックス状の表が書かれ、上部の余白のタイトル欄は「大槻家」とある。左端の一列は、行毎に色々な項目が並び、各項目の行は右に向かって列毎に「1」から「5」までの数値が書かれている。左端列の最初の項目は「給与遅配」とあり、その行の右側には、「1」から「4」までが「×」で消してある。給料日になっても振り込みがなかった月が、今まで4回あったということだ。青年はその項目を見ながら笑みを浮かべている。
 ──人里離れた山の中で、住み込みで働いているのに、給与が振り込みって、回りくどいねぇ。ま、近場には使う所もないけど。
 次の項目は「専務誤発注」。大槻夫人が専務で、購買業務を担当しているが、やたらと誤発注が多いのだ。防カビ剤や乾燥剤などの知識がないままに大量注文し、置き場もないほど仕入れた薬剤の箱が母屋にまで溢れ返ったこともある。回数は3回で、「3」までが消してある。次の「大槻部長失注」は、営業部長の大槻の弟が注文を遺失した回数で、「4」回。
 以降「大槻指示ミス」「同僚退職」「機械整備不良」などが続き、最後の方に「大槻𠮟しつせき」とある。青年の指がピタリと止まりトントンとその項目を叩いて、指を右へ滑らすと、「1」から「5」までが「×」で消してある。青年はそこへ書き足そうとして、いつも胸ポケットに挿しているノック式のボールペンに手をやったが、そこにはなかった。どこかで落としたらしい。周囲を見回すと、大槻の机に漆黒の太い棒が転がっている。手に取ると、シェーファーの万年筆だ。大槻は悪筆で、漢字もろくに知らないのに、ペンだけは高級品を使っている。青年は鼻で笑い、その万年筆をちようだいして、再びノートに目を向け、しばらく「大槻𠮟責」の行を眺めていたが、一気にその行全体を横線で消した。「6」回目という意味だ。「6」回でこの項目は終わりである。
 青年の鼓膜にツクツクボウシの夏の終わりを悲しむような鳴き声が響いてくる。青年は目をつぶり、ジッと蟬の鳴き声を聞いていたが、ふいにパチリと目を開けた。
「リセットしよ」
 明るい声を出すと、すっくと椅子から立ち上がり、事務室から出て木材加工場の壁伝いに工具置き場に向かった。工場の北側の壁一面が木工用、庭木せんてい用、植林用の工具置き場になっており、壁に様々な金物が掛かっている。
 ゆっくりと端から順に工具をめるように見ていたが、ふと視線を止め、ひとつの工具を壁から外した。刃渡り数十センチの竹割りナタである。右手で目の高さに掲げ、刃が放つ鈍い光沢に目を細める。刃は薄く、重さで断ち切るタイプではない。軽く八の字に振って、握りの感触を確かめると、ナタを片手に母屋に向かった。

 青年が物思いにふけりながら、板の間の向こうの暗がりに目をやると、そこには昼間トラックに積まなかった一体がそのまま置いてある。月明りが陰ったのを機に晩餐を終え、全開のガラス戸を閉めようとして足元がふらついた。昼間の作業は充実感を覚えるほど完ぺきだった。熟睡できそうである。ガラス戸を少しだけ開け、カーペットの上でタオルケットを掛けて眠りについた。
 翌朝は五時に目覚めた。
 食器を片づけ、丹念に歯を磨き、家中を戸締りして回った。屋内物干しには、昨日まで着ていた作業着や作業靴が干してある。
 グレーのTシャツにジーンズ、スニーカーを履き、片方の肩にデイパックを掛けて玄関を出た。表扉も施錠すると、おおまたで敷地から出て行った。製材所前の坂道を数十メートル下ったところの脇道に、二日前から借りているレンタカーを停めている。乗り込むと、朝日が昇る前の薄明るい山道をさんようどう方面に向かって小気味よく下って行った。

(つづく)

作品紹介・あらすじ



デジタルリセット
著者 秋津 朗
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2021年12月21日

第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作!
許すのは5回まで。次は即リセット――。理想の環境を求めるその男は、自らの基準にそぐわない人間や動物を殺しては、別の土地で新たな人生を始める「リセット」を繰り返していた。
一方、フリープログラマーの相川譲治は、シングルマザーの姉親子の失踪に気付く。姉と同居していたはずの男の行方を追うが……。
デジタル社会に警鐘を鳴らすシリアルキラーが誕生! 第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000431/
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