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特集

書店員さんが絶賛! 第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉を受賞した、『デジタルリセット』の魅力とは? 著者・秋津朗さんインタビュー

構成・文:朝宮運河 撮影:野口 彈

第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉『デジタルリセット』

次々とプロフィールを変え、他人の家庭に潜り込む青年。その正体は、躊躇なく人を殺害するシリアルキラーだった……。ミステリやホラーの登竜門として知られる、横溝正史ミステリ&ホラー大賞。第41回の読者賞に輝いたのは、秋津朗さんの『デジタルリセット』でした。デジタルデータを消すように人間関係を「リセット」する犯人像と、衝撃のどんでん返しが書店員さんに絶賛されたこの作品について、秋津さんにうかがいました。

『デジタルリセット』著者・秋津朗さんインタビュー

コロナ禍での在宅勤務が執筆のきっかけに


――第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞おめでとうございます。受賞の第一報を受けた時は、どんな気持ちでしたか。

秋津:最終候補に残ったという電話をいただいた時は、平日で仕事をしていました。昨年は下期がずっと忙しくて、賞に応募したこと自体忘れていたんですよ。打ち合わせ中で電話が取れなかったので、メールでもご連絡をいただいて、「そうか、あの件か」と思い出しつつ、驚きました。最終選考会があるという日はそわそわして、電話が鳴るのを今か今かと待っていて(笑)。実際受賞の知らせをいただいた時は、やっぱり嬉しかったですね。


――執筆期間はどのくらいですか。

秋津:5カ月くらいですね。昨年の5月から在宅勤務になりまして、それまで片道1時間半かけて通勤していた時間がまるまる浮いたんです。その時間を執筆にあてました。締切が9月末だったので、そこに間に合うようにペース配分して、毎日決まった枚数を書くようにしました。こんなに長く文章を書いたのは初めてでしたが、乗ってくると書けるものだなと思いました。


――初めての小説を横溝正史ミステリ&ホラー大賞に応募された理由は?

秋津:過去には森村誠一さんが、現在では道尾秀介さんが選考に携わっておられることが大きいですね。このお二人は非常に好きな作家なんです。大手出版社のKADOKAWAさんが主催されているということも選んだ理由のひとつ。どうせ当たって散るなら、駆逐艦よりも空母を狙ったほうがいいと思ったんです(笑)。恥ずかしながら、過去の受賞作はあまり読んだことがありません。阿久悠さん、貴志祐介さんなど錚錚たる方が受賞されているので、すごい新人賞だということは理解しています。


――『デジタルリセット』は、名前を変え、各地で凶行をくり返す連続殺人鬼の恐怖を扱ったサイコサスペンス長編です。発想の出発点を教えていただけますか。

秋津:わたしは35年間、制御系のエンジニアとして物づくりの現場に携わってきました。仕事をしていてよく考えるんですが、道具っていうのは使い方をひとつ誤ると大変なことになる。ダイナマイトも刃物もそうですよね。たとえば「教育現場にこんなシステムを導入したら、子供にデメリットがあるんちゃうか」と思っても、技術者としては受注したものを作るしかないんです。
 そのモヤモヤが積み重なって、なんとかこれを発露したい、自分なりに納得しておきたい、と考えているうちに、「これは小説になるな」と気づきました。うちの子供たちが小さい頃、よくお手製の紙芝居を作って、読み聞かせてやったことがあるんですよ。そうや、あれでいこう、と考えたんです。


――なるほど、技術者としての切実な思いが背景にあったわけですね。

秋津:そうなんです。せっかく書くなら見識ある方に読んでもらいたいと思いまして、新人賞を調べているうちに横溝正史ミステリ&ホラー大賞の存在を知りました。わたしが抱えている「負のシミュレーション」のようなアイデアを、ミステリやホラーに寄せていきました。
 応募時のタイトルは『デジタル的蝉式リセット』というんですが、これはアントニイ・バージェスの『時計じかけのオレンジ』からきています。バージェスのあの小説は、完成されたシステムが人間性を奪うという話ですよね。『デジタルリセット』もコンセプトは似ています。



人はいつモンスターになってもおかしくない


――『デジタルリセット』には他人を殺すことに躊躇のない、連続殺人者が登場しますね。人間をデジタル的に評価して、マイナス評価が一定基準を超えると「リセット」してしまう。ぞっとするような青年です。

秋津:昨日まで前科のない人間がいきなり凶悪事件を犯す、ということがありますけど、さかのぼると何かきっかけがあると思うんです。過去のトラウマだとか、ショッキングな出来事が。そこにいろんな感情が蓄積して、ある日ダムが決壊するようにあふれ出すということだと思います。
 この小説の「川島」という人間もそうで、幼い頃にトラウマとなる経験をしている。そして自分の貧しさや孤独を認めることができず、他人を傷つける方に向かうんです。それを正当化したのが、「デジタル考課」という考え方。人はいつモンスターになってもおかしくないし、こういう人間がいても不思議ではないと思います。


――神戸の不動産会社に「川島」という名前で潜り込んだ青年は、真面目な仕事ぶりと柔らかな人当たりで会社でも一目置かれています。

秋津:あれは全部演じているんです。周囲に自分のことを覗かせない。情緒的なことも言えば、ウィットのあることも言うけど、計算された演技なんですね。彼を書いていくうえで気をつけたのは、人間味を出さないようにすること。優しいことは言うんだけど、感情の起伏はない、そういう人として書いています。


――その会社に広報として勤める由香は、仕事仲間の川島に心惹かれていく。二人の関係がどうなるかも、目が離せないポイントです。

秋津:由香はつっけんどんだけど正直で、シンパシーを抱きやすいキャラクター。運転が上手くて、身体能力が高いというプロフィールは、うちの妻を参考にしました。妻のお兄さんは交通機動隊で、妻もバック宙くらい平気でするんですよ(笑)。不動産業界は川島がいても不自然じゃないということで、作品の舞台にしました。小説に書いたとおり、不動産業界はまだまだIT化できる余地がある。川島はそこを改善して、社内の信頼を得ていくんです。


――川島と由香をめぐる物語の合間に、ショッキングな殺人シーンが挿入されます。こうした場面を書くうえで、工夫されている点はありますか。

秋津:残酷なことを直接的に書かない、ということですね。ヒッチコックの『サイコ』にしても、ジャネット・リーが殺される場面は直接映らないじゃないですか。つんざくような悲鳴と効果音で、すごいことが起きたんだなというのが分かる。あれですよね。心理描写や情景描写で刺激して、読者に想像してもらうのが小説だと思うんです。


――その一方で描かれるのは、行方不明の姉一家を捜すフリープログラマー・譲治の物語。ふたつの時間は交差し、やがて事件は衝撃のクライマックスへと向かっていきます。

秋津:はい。時系列を追うだけでは退屈なので、ふたつの時間が交互に描かれるようにしました。譲治はあまりかっこよくなりすぎないように、でも信念を貫く人物として書いています。譲治の仕事仲間の沖山という人物は気に入っていますね。彼は全登場人物のちょうど中心に位置していて、そこから譲治、川島、由香がさまざまな方向に配置されている、というイメージです。



デジタル考課への不安や恐怖を表現したかった


――プロフィールをデジタル的に改ざんし、次々と新しい家族を得るという川島の行動は、リアリティがありますよね。参考にされた事件などはありますか。

秋津:整形をくり返して逃亡生活を続けた、福田和子の事件は参考にしました。『顔』という映画のベースにもなっている有名な事件です。あとは仕事上の経験ですね。ソフトウェアで、画像データ編集やICカードの読み書き、ネットワークセキュリティ制御を行うことがあります。その結果、それらの仕組みに詳しくなって、悪用しようと思えばできるよなと。そんな出来事も参考にしています。


――物語の底に流れているテーマは、他人をデジタル的に評価することの是非。秋津さんご自身は「デジタル考課」というシステムについてどうお考えですか。

秋津:デジタル考課はこれからさらに普及してくると思います。たとえば学校で生徒を評価するのに使われるとか。情報がなかなか上がってこない現場で、一律のシステムを使うのは大事なことだと思うんですよ。でもそれはあくまでアナログな評価とのハイブリッドで使うべきで、デジタル考課だけに頼るのは危険だと思いますね。


――ラスト数十ページには、あっと驚くようなどんでん返しが待ち構えています。ここもモニター審査員に評価されたポイントでした。

秋津:事件は一段落してもまだ終わりではないよ、という感じを出したかったんです。身分をいくらでもデジタル的に変えられる時代ですし、人はいつモンスターになってもおかしくない。ラストをこの形にしようということは、早い段階から考えていました。


――受賞後、応募原稿を書籍化するにあたって、かなり加筆修正をされたとか。

秋津:原稿の段階ではあくまで自分の感情に沿って書いていたので、読者への配慮が足りていなかった。読者がどう感じるかは、ほとんど想像もしていなかったんです。そこが分かりにくさに繋がっていると編集さんからご指摘いただいたので、読者目線に立って大幅に修正しました。エンジニアなので理論さえ分かれば、修正することは苦ではないんですよ(笑)。おかげでかなりよくなったと思います。


――思いの丈がつまった原稿が、プロの作品に生まれ変わったということですね。ではこれから『デジタルリセット』を手にする読者にメッセージをお願いします。

秋津:読者を怖がらせようというより、「こうなったら嫌だな、恐ろしいな」という自分の気持ちを率直に表現した小説です。でもその考えが世間一般の感覚とずれていたら、読者賞はいただけなかったと思います。わたしが感じている不安や恐怖は、きっと多くの方に共感してもらえるんじゃないでしょうか。
 今後もこうしたアプローチは続けたいと思っています。今アイデアを練っているのは、会社組織をテーマとした安部公房さんの『砂の女』のような作品と、カルト宗教をモチーフにした作品。ほかにもまだ書きたい話はあります。日々精進して、もっと多くの人に楽しんでもらえるような作品を書けるようになりたいですね。


――ありがとうございました。これからのご活躍を期待しています!



作品紹介・あらすじ



デジタルリセット
著者 秋津 朗
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2021年12月21日

第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作!
許すのは5回まで。次は即リセット――。理想の環境を求めるその男は、自らの基準にそぐわない人間や動物を殺しては、別の土地で新たな人生を始める「リセット」を繰り返していた。
一方、フリープログラマーの相川譲治は、シングルマザーの姉親子の失踪に気付く。姉と同居していたはずの男の行方を追うが……。
デジタル社会に警鐘を鳴らすシリアルキラーが誕生! 第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000431/
amazonページはこちら


秋津 朗(あきつ・ろう)

1960年兵庫県生まれ。現在ソフトウェア会社勤務。2021年、『デジタルリセット』(応募時タイトル「デジタル的蝉式リセット」)で第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉を受賞し、デビュー。

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