確率捜査官 御子柴岳人 密室のゲーム

天才数学者&熱血新米刑事 『心霊探偵八雲』著者が描く、前代未聞の取り調べエンタメ!!/神永学『確率捜査官 御子柴岳人 密室のゲーム』試し読み①
シリーズ第 3 作『確率捜査官 御子柴岳人 ファイヤーゲーム』(角川文庫)発売まであと 2 日!
おさらいも兼ねて、第 1 作『密室のゲーム』の冒頭約 50 Pを公開します。
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プロローグ
1
──息が詰まる。
友紀は、大きく息を吸い込んでから、正面に座る男に目を向けた。
男の名前は、
島田は、三年前の大学在学中に痴漢での逮捕歴があり、現在は定職にもついていない。
今回の彼の容疑は、婦女暴行──都内に住む大学生、
被害者である亜矢子さんの証言により、島田の存在が容疑者として浮上し、取り調べを行うことになった。
彼はクロだ──それが、友紀の心証だった。
「被害者は、間違いなくあなただと言っているんです」
同じ質問をするのは、これで何度目だろう──友紀は、半ばうんざりしながらも、口にした。
島田は何も言わなかった。それどころか、目を合わせようともしない。
女の刑事だから、
「いつまで、黙っているつもりだ?」
沈黙を破るように言ったのは、先輩刑事の
階級は友紀と同じ警部補だが、ノンキャリ入庁の中村は、友紀より十年先輩にあたる。
ごつごつと骨張った顔つきをしていて、切れ長の三白眼は、圧倒的な迫力がある。
「答えろ!」
中村の怒声に、島田は肩を震わせたものの、口は閉ざしたままだった。
「分かった。もういい」
中村は、吐き捨てるように言うと、デスクの上に供述調書を広げ、ボールペンを島田に差し出す。
島田は、訳が分からないといった感じで、目を丸くした。
「ペンを持て」
「え?」
「いいから持て!」
──何をするつもり?
友紀の胸中に疑問とともに不安が広がっていく。
「これは、被害者の供述調書を写したものだ。署名の欄に、お前の名前を書け」
「そんな……」
島田が戸惑いの声を上げる。
「
「こ、こんなの、間違ってる」
震えた声で島田が反論する。
「いいから書け!」
中村が、ドンとデスクを
これは自白の強要だ。
「中村警部補」
声をかけた友紀を、中村が
──黙ってろ!
口に出さずとも、その声が聞こえてきそうだった。
「ほら、早く書けよ」
中村が、島田を促す。
「こんなのデタラメです。ちゃんと、自供させるべきです」
友紀は制止にかかる。
中村は、そんな友紀に
「甘いんだよ」
「え?」
「容疑者が、素直に本当のことをペラペラと喋るとでも思ってんのか?」
確かに、中村の言うことは一理ある。
今回の事件において、物的証拠はない。つまり、自供しなければ逃げ切れる可能性もある。犯罪者になると分かっていて、素直に喋る人間もいない。
中村もそれを分かっているからこそ、焦っている。強引な手法を使いたくなる気持ちも分かる。だが──。
「これでは、ただの強迫です」
「こいつは二回目なんだよ」
中村が、冷淡に言った。
島田は三年前に痴漢事件を起こしている。常習性があるというのが、中村の判断なのだろう。
「しかし……」
「いいか、こういうクズは、何度でも同じことをやるんだ。おれたち警察官の仕事は、容疑者の人権を守ることじゃない。新しい犠牲者を生み出さないことだ」
確かに、その通りだ。島田が犯人で、このまま
「ふざけんな。こんなの……ふざけんな」
島田が、歯をギリギリと鳴らす。
「ごちゃごちゃうるせぇ! 書け!」
中村は島田の腕を
「止めろ!」
島田が、中村の腕を払いのけた。
一瞬の静寂のあと、中村が
「抵抗したのは、お前だからな」
中村の目に冷たい光が宿ったかと思うと、彼は島田の手を
「止めて下さい!」
「うるせぇ!」
中村が、友紀の言葉を打ち消すように叫んだ。
その迫力に、友紀は思わず閉口した。
「おれは、奴が暴れたから、それを押さえただけだ。断じて、暴力じゃない」
「違います。これは、暴力です」
「小娘が出しゃばるな」
「上に報告します」
「お前は、どっちの味方だ?」
この場合、どちらの味方とか、そういった問題ではない。
たとえその主張が正しかったとしても、暴力によってねじ伏せていいはずがない。
「私は……」
「女を拉致って、暴行するようなクズは、警察官として、絶対に許しちゃいけないんだよ」
「もちろん、許すつもりはありません。しかし、こんなやり方は……」
中村は友紀の言葉を無視して、島田の腹を
「中村さん! いい加減にしてください!」
二人の間に割って入ろうとした友紀だったが、中村に突き飛ばされ、壁に頭を打ち付けた。
耳鳴りがする──。
地面が、ぐらぐらと揺れ、立っていることができなかった。
「こいつらは、クズだ。何をされても、文句は言えないんだよ」
吐き捨てるように言った中村は、笑っていた。
冷酷で、サディスティックで、
──楽しんでいる。
友紀には、そう見えた。
気付いたときには、友紀は力を振り絞り、中村に飛びかかっていた。
2
友紀は、墓地に足を運んだ。
朝の早い時間ということもあり、人の姿はなかった。
今日は、父の月命日だ。本当なら、花の一つでも供えるところだが、この時間では開いている店もなく、仕方なく手ぶらで足を運ぶことになった。
父が死んだのは、今から五年前──友紀が大学生のときだった。
当時、刑事だった父は、何者かにナイフで刺され、病院に担ぎ込まれた。
──シゲ、なぜだ?
病院に運ばれたとき、父は虫の息でそう
友紀が、その言葉の意味を知ったのは、父の死から三ヶ月後のことだった。
「あ……」
父の墓石の前まで来た友紀は、墓石の前に立つ男の背中を見つけ、思わず足を止めた。
視線がぶつかった。
津山は、捜査一課強行犯係を束ねる警部だ。かつて父の相棒で、今は友紀の上司にあたる。
引き締まった顔つきに、鋭い眼光。スリーピースのスーツを着こなし、その動きには一分の隙もない。
抜群の行動力と判断力で、今まで様々な事件を解決に導いて来た。
父を殺害した犯人、
「お前も来てたか」
津山が、腹に響く独特の声で言った。
「はい」
友紀は、返事をしたあと視線を
真っ直ぐに、津山の目を見ることができなかった。
友紀は取調室で中村と乱闘騒ぎを起こした。正確には、容疑者に暴行を加える中村を止めに入ったのだ。
しかし、その結果として中村は懲戒免職、友紀は一ヶ月の謹慎処分を受けた。
そればかりか、容疑者である島田は証拠不十分で不起訴処分になった。あのあと、大した取り調べは行われなかったと聞いている。
島田を起訴すれば、取調室での騒ぎが公になる。警察はそれを怖れたのだ。
「お前は、自分が間違っていると思っているのか?」
津山が墓石に向かって合掌しながら
まるで、友紀の心の内を見透かしているようだ。
「分かりません……」
たとえ相手が犯罪者であっても、人権は存在する。取調室が自供を強要する場所であってはならない──そう思う反面、強引な手を使わなければ、自供しない容疑者がいるのもまた事実だ。
「答えが出ていないのに、逃げるのか?」
「私は、逃げるつもりはありません」
「辞表を用意しているのに──か?」
津山の言葉は、友紀の胸の奥に突き刺さった。
図星だった。友紀は警察を辞める覚悟を決め、辞表を用意して来ていた。
「私は……」
「お前に辞令が出ている」
「辞令?」
「明日付けで、特殊取調対策班に異動だ」
「特殊取調対策班……」
聞いたことのない部署だった。
「新設されたばかりの部署だ。おれが、お前を推薦した」
津山は、そう言い残すと墓石を後にした。
一人取り残された友紀は、自分がどうすべきなのか、その答えを見つけられずにいた。
〈第2回へつづく〉
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