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試し読み

中国の常識は、世界の非常識!? 独自の史観で読み解く新・中国史。――『絶対に民主化しない中国の歴史』試し読み

井沢元彦『絶対に民主化しない中国の歴史』試し読み

 なぜ、民主主義とは真逆の信念を抱き続けるのか?
 なぜ、中国共産党や習近平の「独裁」が受け入れられてしまうのか?
 数千年というスパンと学問の垣根を越えた広い視野で、彼の国を「中国」ならしめた人物たちの事績を通覧。日々のニュースや教科書からだけではわからない、その謎に迫ります。
 皆さまの読書のご参考にしていただきたく、井沢元彦さんの最新刊『絶対に民主化しない中国の歴史』から「中国共産党とは何か」を特別公開します。



中国共産党とは何か

「多少の悪事」には目をつぶる国民

 共産主義国家の最大の問題点は「自国民を殺す」ことだろう。敵ではなく味方を殺すのだ。殺し方には二つあって、「粛清」つまり「反対派をすべて処刑する」ことと「人民を餓死させる」ことである。
「ホロドモール」というウクライナ語はご存じだろうか。ホロコーストがヒトラーの「ユダヤ人大虐殺」を指すのに対し、ホロドモールはソビエト連邦の独裁者、ヨシフ・スターリンが多数のウクライナ人を餓死に追いやったことを指す。しかし、ウクライナと言えば今も昔も穀倉地帯で小麦の輸出国なのに、なぜ大量の餓死者を出したのか。大飢饉でもあったのか? 実は全くなかった。いつもと同じように大量の小麦を収穫したのに、当時ウクライナはソビエト連邦の一部だったため、独裁者スターリンに収穫をすべて取り上げられてしまったのだ。では、なぜスターリンはそんなことをしたのか? 中国の「大躍進政策」とおなじで、農業でも工業でもスターリンは大失敗した。それをごまかすためにウクライナの収穫をすべて取り上げ、一部はロシア人に供給し、残りは輸出して外貨を稼ぎ自己の権力を強化した。
 だから、ソビエト連邦が崩壊した時、全国各地に立っていたスターリンの銅像が多くの市民によって引き倒された。今スターリンの名を誇りにする人間は、ロシア人の中でも少数派だろう。
 しかし、毛沢東は違う。「餓死させた自国民」の数は「第二位」のスターリンすら遠く及ばず、おそらく中国が世界制覇でもしない限り、この「記録」は破られることはないだろう。数千万人の餓死者には当然遺族や親戚がいる。つまり被害者の数は数億人に達しても不思議はない。それなのに、毛沢東の銅像を引き倒そうという中国人はいない。これが同じ共産主義国家でもソビエト連邦(現ロシア)と中国の決定的な違いだ。では、この違いはどこから来るのか?
 まずは中国人という人種は「超」のつく現実主義者だということだろう。過去に何千万人殺そうとそんなことは関係ない。問題は今生きている自分にとって、今の政権は「役に立つ」か、どうかだ。そういう視点から言うなら、中国共産党は歴史上初めて中国を「全国民が食える国」にした。かつてのウクライナや今の北朝鮮で起こっているような餓死は完全に追放された。これはやはり中国史上に燦然と輝く不滅の功績というべきで、そのきっかけを作ったのが毛沢東だから「多少の悪事には目をつぶって」評価する、ということだ。
 しかし、「普通の国」なら功績は認めても批判はされるだろう。されないのは何故かといえば、中国は言論が自由な民主主義国ではないからだ。しかし「衣食足りて礼節を知る」ではないが、人間は食うに困らなくなれば次に自由を求め、結局その国は民主主義国になるというのが「世界の常識」ではなかったか。その常識があったればこそ、EUもアメリカも日本も中国を支援してきたのではなかったか。
 実は中国には民主主義の採用を徹底的に阻害する要因がある。その阻害要因については何度も述べたところだが、ここで改めてどうしてそうなるのか考えてみよう。
 まずは民主主義を発展させるのに最も重要な基本的条件は何だろうか?

「皇帝」になる習近平

 民主主義にとって一番大切なのは、自由ではない。すべての人が「すべての人間は平等である」と認めることである。平等だと認めて初めて、お互い対等な人格なのだから相手の思想や行動を尊重すること、つまり「言論の自由」「結社の自由」が認められる。
 昔はそうではなかった。昔と言ってもそんな昔ではなく、日本も約一五〇年前の江戸時代までは、武士は「百姓町人の分際で御政道に口を出すな」と威張っていた。それは日本だけではなく世界でも常識だった。
 その常識はなぜ変わったのか。まずフランスでキリスト教の新解釈が定着したからだ。それまで国王は神に選ばれた特別な存在だった。しかし「聖書」を読めば神という偉大な存在の前では、人類は等しく弱く愚かな存在に過ぎない。つまり「人間はすべて平等だ」という信念が生まれた。だからフランス人は国王の悪を追及し、ギロチンにかけた。その信念はイギリスの植民地として圧迫されていたアメリカの人々も同様で、彼らは「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主(神)によって生命、自由および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられ」ている、という「アメリカ独立宣言」(一七七六年)を発して合衆国を建国した。
 では、キリスト教国ではない日本はどうしたか? 幸いにも天皇がいた。吉田松陰らが天皇を「神の座」まで押し上げ、将軍も関白も庶民も「天皇の前では平等」になった。だからこそ朱子学の定義した身分制度「士農工商」も廃止することが出来た、四民平等(市民平等ではない)の達成である。
 では中国は? 中国人はキリストも、神の子孫である天皇も認めない。孔子が言ったようにそんな「怪力乱神」は合理的な証明が不可能な迷信だからだ。そんな「合理的」な中国人が唯一信じる「超自然的存在」は「天」だが、「天」は極めて優秀な人間を一人だけ選び下界に派遣はしてくれるが、当然ながら、その「天子=皇帝」が他の人々と平等ということはあり得ない。
 そもそも人間は優秀な者もいれば愚鈍な者もいる。それが現実だ。だから「人格を完成させる唯一の手段である朱子学」の習得度をペーパーテスト(科挙)で測り、合格した「優秀な者」は官僚として「最も優秀な者」である皇帝を補佐し、愚かな大衆を指導させれば良い。これが最も合理的だと近代以前の中国人は考えたのである。
 そして、そのシステムが西洋文明の前に崩壊した時、国を立て直すにあたって中国人が最終的に選んだのは、民主主義ではなく共産主義だった。第一に共産主義は無神論で「神などという迷信」に惑わされていない。第二に「資本家は本質的な悪」とする考え方は、「商売は悪」という伝統的な考え方と一致する。そして第三はもうお分かりだろうが、優秀な者(=共産党員)が愚かな大衆を指導するのがもっとも合理的だからだ。つまり絶対に一人一票が大前提という社会にはならない。そして、その共産党員のトップは「最も優秀な者」だから新しい「皇帝」になる。習近平国家主席である。
 これが「絶対に民主化しない」中国である。共産党のエリートから見れば香ホンコン
港の民主派は「迷信に基づく民主主義というカルト宗教」に洗脳された哀れな犠牲者である。当然、「合理的」な共産主義のもとに「矯正」するのが正義になる。
 おわかりだろう。中国は今後も民主化することはあり得ない、のである。

(この続きは本書でお楽しみください)

作品紹介



絶対に民主化しない中国の歴史
著者 井沢元彦
定価 1,870円(本体1,700円+税)
発売日 2023年1月26日
ページ数 240


序 論

孔 子
孟 子
始皇帝
董仲舒
文帝と煬帝
武則天(則天武后)
郭巨(「二十四孝」のうち)
聖王舜 (「二十四孝」のうち)
孟宗と王祥 (「二十四孝」のうち)
三人の女 (「二十四孝」のうち)
孟母(「列女伝」のうち)
京師節女 (「列女伝」のうち)
節婦と烈婦
龍女と変成男子
徽宗皇帝
朱 子
岳飛と文天祥
朱元璋と永楽帝
ヌルハチと乾隆帝
西太后と康有為
孫文と袁世凱
蒋介石と毛沢東
中国共産党とは何か

あとがきにかえて
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001146/
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