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消された名前――艾未未(アイ・ウェイウェイ)著・佐々木紀子訳 『千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝』レビュー

詩人の父、美術家の息子。運命に翻弄された父子を通して見る中国の百年。
艾未未著・佐々木紀子訳『千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝』

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艾未未著・佐々木紀子訳
千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝



消された名前

書評:牧陽一(埼玉大学人文社会科学研究科教授)

 良質の文学作品を読み終えた時の清々しい感覚が残る。本書は私たちに生き続ける勇気を与えてくれる。父艾青は日本軍の空爆の中を生き残り、共産党をそして毛沢東を信じて革命に参加した。だがアイ・ウェイウェイが生まれた1957年には右派にされ、貧困と苦悩の日々を、厳寒の黒竜江、新疆ウイグルで過ごすことになる。その苦悩の20年間を共に過ごしたのが、艾未未だ。
 艾未未の自伝なのに1/3以上は祖父と父艾青の物語になっている。変だなと思って、中国の検索エンジン「百度」で艾青を調べると、1957年から76年の20年間はわずか2行。人物関係には高瑛(妻)、艾軒(息子)、艾清明(娘)、艾梅梅(娘)、蒋忠樽(父)、韋嫈(前妻)しかない。高瑛の連れ子の高剣も玲玲も、艾未未も艾丹も家族として抹殺されている。中国の辞書には存在しないのだ。こうして歴史は改ざんされていく。
 この伝記は父と子のきずなを通して、この中国の「本当の」歴史を描いている。だが一言も共産党や毛沢東への批判も泣き言も言うわけではない。ありのまま自然に描いている。ここがこれまでの自伝的なものとの違いだろう。ただ客観的に淡々と描くことで、普遍性を持つ。かなり感情を抑制している。

 どんなに理不尽な弾圧を受けても、その中に美を見つけていく。課せられたどんな状況でも心はより磨かれ、美しく輝いていく。それができたのが、この父子なのだと思えてならない。投獄され一番つらいことは無意味な行為をさせられる、あるいは何もさせられないことだ。艾青が文革中に共同便所の掃除をさせられた時も、たとえそれが屈辱的であっても、仕事を極めることで自尊心を維持できたように、人との関係性を持つことで生き続けられる。逆に人間性が鍛えられるのだ。人々を迫害する政治家たちの姿には感情のかけらも見られない、無感情のAI以下の壊れたロボットだ。
「習近平は安易で簡単な道を選ぶ。私はそうではない。」アイがこだわることは愛してもたとえ憎んでもいい、そこにかつて存在したものを形にすることだ。四川大地震で亡くなった子どもたちは、命ばかりではなく名前まで失った。あたかも存在していなかったかのように。アイ自身までもが美術展の名前から削除され、検索エンジン、中国のネットからも削除された。中国には存在しなかったかのようだ。中国政府がこうした操作をすればするほど、世界の人々はアイを知ることになる。逆効果だ。そしてこの本も世界中の人が読むだろう。政権が抹殺しようとすればするほど、拡散していく。
 だがこの本は政権と戦ったヒーロー物語ではない。ギリギリまで正直者であることを通そうとする一人の弱い男の物語だ。
「夜寝るときにはもう諦めようかと思うこともある。だが翌日目覚めれば陽光がさしている。もう一度やろうという気持ちになる。」アイは過日、埼玉大学で人生の挫折を味わい始めた学生に静かに語りかけた。誰もが弱い存在であるということを。

 一気に読み進むのは故郷の植生の豊かさであり、艾青がパリに向けて出発する上海ふ頭の喧騒や、1929年パリの街の描写だ。かなり周到なリサーチをしなければここまで書けない。艾未未は、父の故郷金華県の河岸デザインをし、パリのデパートで中国凧の山海経作品を発表しているが、こうした作品制作は、実は父の足跡のリサーチでもあったのだ。音、匂い、風さえ描き込む描写には、時空を超えたものがあり、まさに文学の神髄と言っていい。
 また全体が映像的だ。最初は画家を目指していた父艾青も、艾未未も、野原に出かけて写生する場面がある。それはいつしか重なっていくように思われる。気が早いが、優れた脚本家が脚本を書いて、映像化されれば面白いだろうなと思う。お決まりの大河ドラマよりスケールの大きい抑制のきいた作品になりそうだ。本書は学術的価値をそなえているが、研究者或いはつづきを考える者には不親切で、注がほとんどない。ある意味で研究者への挑戦状でもあるのだろう。いつか全体の詳細な解説文も書かれる必要がある。

 さて本書の大きな普遍的なテーマ、それは「文学芸術は政治に屈しない。」この一言に尽きるのではないか。


写真は1970年代末 左から高剣・艾青・艾未未・艾丹・玲玲
『艾青AI QING』浙江撮影出版社、1994年151pより

作品紹介・あらすじ



千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝
著者 艾未未訳者 佐々木 紀子
定価: 2,970円(本体2,700円+税)
発売日:2022年12月01日

詩人の父、美術家の息子。運命に翻弄された父子を通して見る中国の百年。
父は詩人だった。中華人民共和国の設立に関わった芸術家だったが、私が十歳の時、文化大革命により父は追放された。家族は屈辱にまみれた極貧生活を余儀なくされた。父の名誉が回復されるには十二年の歳月が必要だった。砂漠地帯から戻り、北京電影学院の学生となった私は、当局との攻防に嫌気がさし、それまで国交を絶っていたアメリカに留学する千載一遇のチャンスを捉え、ニューヨークに移り住んだ。美大に通い自由を満喫した私だったが、北京に戻り活動を始めると、再び公安局員が訪れるようになった。スイスの建築家と北京五輪スタジアム「鳥の巣」を手掛け、ネットで積極的に発信するようになると、公権力の介入は激しくなり、ついに私は投獄されてしまう--。権力の弾圧を受ける詩人の父、美術家の息子。闘う二人の芸術家を通し、激変する中国の現代史を描いた、感動の自伝。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000036/
amazonページはこちら


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