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特集

アイ・ウェイウェイとの10時間――闘う美術家の来日に同行して

闘う美術家アイ・ウェイウェイの素顔とは

権力の弾圧を受ける詩人の父、美術家の息子。闘う二人の芸術家を通し、激変する中国の現代史を描いた、感動の自伝『千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝』(KADOKAWA)日本語版が12月1日に発売された。本書編集担当者が世界で活躍する現代美術界の巨匠艾未未(アイ・ウェイウェイ)さんの来日を機に同行取材を敢行。闘う美術家の素顔に迫る。壮絶な人生を経て彼は今何を思うのか、11の質問に答えてもらった。



撮影/奥西 淳二
記事/郡司珠子(『千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝』日本語版編集者)

突然身柄を拘束されたアイ・ウェイウェイは、かつて投獄された詩人の父に思いを馳せ、ペンを取った


艾未未 アイ・ウェイウェイ画像

「高松宮殿下記念世界文化賞」授賞式のスピーチ


「アイ・ウェイウェイと、朝ごはんはいかがですか」とメールが届いて驚いた。
『千年の歓喜と悲哀 アイ・ウェイウェイ自伝』の刊行を12月に控え、まだ編集作業はまっただなかだった。本書は、現代美術家の艾未未(アイ・ウェイウェイ)と詩人の父・艾青(アイ・チン)二人の人生を通し、中国の百年を描いた衝撃の自伝である。
 著者との会食はたいへんな名誉だが、躊躇した。来日予定の10月には海外出張が入っている。コロナ下で3年渡航を控えていたブックフェア、行かざるを得ない。結局こちらの帰国直後に、朝ごはんはセッティングされた。ヨーロッパ往復のフライトは、ウクライナ侵攻中のロシア上空を避けるルート、常より長いと聞いている。時差で体調不良になったらどうしようか。緊張が走った。
 日程から、アイ・ウェイウェイが彫刻部門で受賞となった高松宮殿下記念世界文化賞の式典に同席できないことも、明らかだった。13年ぶりの来日に、担当編集者不在というビハインドでのスタートである。
 不安を抱えつつ、同僚に式典出席を託した。出張先で、報道写真を通して見るアイ・ウェイウェイは麗々しかった。


『千年の歓喜と悲哀』は、柄の大きな自伝である。
 世界的な現代美術家アイ・ウェイウェイは、2011年、北京首都国際空港で警官に囲まれ、身に覚えのない罪で拘束を受けた。経済犯罪に詐欺、煽動罪、いくつかの罪状で責め立てられたアイ・ウェイウェイが振り返ったのは、80年前、国民党政権下で投獄された詩人の父・艾青の人生だった。それまでアイ・ウェイウェイは、父の苦難に充分に思いを寄せることがなかったという。父の来し方を考え、二歳を迎えたばかりの息子を思った。
「もし解放されたら、息子とのあいだにできた溝に橋をかけるために、父についても知っていることを書こう、そして息子に正直に、自分というものを話そう」とアイ・ウェイウェイは書いている。
 81日目、突如保釈されたアイ・ウェイウェイは、拘束の記憶がまだ新しい解放後2日目から、この自伝を書き始めた。
 自伝の前半は、父・艾青の流転の人生に費やされている。
「父を抜きに自伝はできない、中国と父無くして、自分自身を語ることもできない」とアイ・ウェイウェイは言う。二世代にわたる抵抗の苦しみを通じて、中国という国を描きたい。猛烈な欲望が、彼を捉えた。


 執筆のための調査は、広範囲に及んだ。父の辿った歴史は、息子にとっても発見と驚きの連続だった。
 艾青は1910年、清朝末期に生まれた。美術を志し、第二次世界大戦前の1929年、パリに留学。乗船した蒸気船の名は、「アンドレ・ルボン号」。船長の航海日誌には、上海から運ばれた食糧品や物資の量まで、詳細な記録が残されていた。歴史の調査には、ディテールと精度が大切だ。執筆の道のりは困難の連続で、「洗濯機を回しているようなもの」だったという。終了のサインが出るまで、回り続ける。ひとつことに専心する作業で、すべての言葉に責任が伴うため、仕事としては一番難しかった、とアイ・ウェイウェイは語った。
 戦前のパリで自由を満喫した父の運命はしかし、帰国すると一転、「公序を乱した」罪で逮捕される。3年に及ぶ獄中生活で詩作を進めた父は釈放後、日中戦争下の各地を転々とする中で、共産党との距離を縮めていく。アイ・ウェイウェイを授かったのち、再び運命は艾青に試練を課した。親子は文化大革命により砂漠地帯に追放され、屈辱と極貧の生活を余儀なくされるのである。


アイ・ウェイウェイを貫く信念

 当方がブックフェアから帰国した直後の10月23日、森美術館の主催で対談イベントが開催された。館長の片岡真実さんとアイ・ウェイウェイの90分に及ぶ対談は、作品のスライドを交え、過去作品にも言及しながら現在のアーティストの実像に迫る、充実した内容だった。
 ここで片岡さんが迫ったのは、本書後半に当たる、アイ・ウェイウェイの人生と芸術である。
 中国が西側諸国と関係を断って30年、ようやく各国との関係が回復をはじめ、自費留学が可能になった1981年、アイ・ウェイウェイはアメリカに渡った。24歳からの12年をニューヨークで過ごし、マルセル・デュシャンの作品に出会い、創作の刺激を受けた。中国に帰国後、アイ・ウェイウェイは挑戦的な作品を次々と発表、名をあげていく。
 2008年、建築家のヘルツォーク&ド・ムーロンと共同制作した北京オリンピックスタジアム「鳥の巣」が世界中の注目を浴びていたころ、彼のアーティストとしての眼は、四川大地震の犠牲者たちに向かっていた。手抜き工事の犠牲となって亡くなった子供の名前を集めると宣言、インターネットでの発信力が強まるに連れ、当局の視線は厳しくなっていった。状況が次第に悪化していく経緯は、本書16章以下に詳しい。
 幸い釈放されたアイ・ウェイウェイは、2015年にパスポートを返還され、息子のいたベルリンに渡る決意を固める。時はまさに、各国から大量の難民がヨーロッパに押し寄せている最中だった。期せずしてヨーロッパの玄関口となったレスボス島を訪れたアイ・ウェイウェイは、さらに23か国40の難民キャンプを訪ね歩き、ドキュメンタリーフィルムに収めた。当時6500万人だった世界の難民は、2022年には1億人に膨れ上がっている。
「アートには、人道主義という信念がなければ意味がない」。
 それがアイ・ウェイウェイを貫く信念である。

アイ・ウェイウェイとの朝食会

 対談後、ご挨拶に伺った。
「朝ごはんをご一緒します」と告げると、「何時?」とアイ・ウェイウェイは問うてきた。疲れが溜まっている様子だった。
 こちらもともかく、時間通りに朝ごはんの場に辿り着くことだけを考えた。朝食後は新聞の取材、そして日本外国特派員協会でのランチ付の記者会見が待っている。私の仕事は正確なタイムキーピングである。
 その朝、時差に苦しんでいたのは、帰国直後の私ではなく、アイ・ウェイウェイの方だった。朝ごはんを食べながら、ポルトガルに建設中の、新しいスタジオの写真を見せてもらう。伝統と革新が同時に存在し、どこか日本家屋を思わせる木調の、気持ちよさそうな空間だ。「その通り、伝統と新しさを兼ね備えている」アイ・ウェイウェイは呟いた。この二つの言葉は、アイ・ウェイウェイを読み解く上で重要なキーワードに思われた。


 話は、自伝の「同時代性」に及んだ。
 父・艾青は、日本でいえば明治時代末期の生まれ。しかしその人生は想像を絶する激動、苛烈の連続である。僅か一世代前、そして隣国での出来事だ。
「そうなんだよ、同時代なんだよ……」アイ・ウェイウェイの言葉にも、こちらと同じ驚きが籠る。「日本と中国は隣国だけれど……」と持ちかけると、「ものすごく違う」とアイ・ウェイウェイは言葉を繋いだ。
 一体、どこが違うんだろう。その問いに、アイ・ウェイウェイは、「秩序、調和、伝統、革新、そのバランス……」と、いくつかの単語を並べた。「中国、アメリカ、そしてヨーロッパで暮らしてきた経験から見ると、日本には欧米にも中国にも同化しない、独特の文化が残っていると感じる。歴史的遺物の保存や文化意識が、営々と繋がれているのは驚くべきことだし、前の世代への敬意が感じられる」
 さらに、日本への渡航回数はまだ少ないから、きちんとわかったわけではないけれども、と言葉を足した。
 朝ごはんの終わるころ、自らシャッターを押し、一緒にセルフィーを撮ってくれたアイ・ウェイウェイだったが、距離感が縮まった気はまったくしなかった。

百年史なのに、なぜタイトルは千年なのか


 新聞記者というのは、書籍の編集者と全くタイプの違う職業だと思う。取材のアプローチも、まったく異なると言ってよい。朝ごはんを終えたアイ・ウェイウェイを待っていたのは、新聞の美術担当記者による取材だった。
 本書のタイトルともなった『千年の歓喜と悲哀』の詩について、記者は「本書で書かれているのは父が生まれてからの百年史なのに、なぜタイトルは千年なのか」を訊ねた。
 これは、本書冒頭に掲載された艾青の「交河(ジアオホー)故城にて」という詩に由来するタイトルだ。かつて繁栄し、砂漠に姿を消し廃墟となった街。もはや当時そこに何があったかはわからない、そんな地を謳った詩で、「歴史に自分を残すのではなく、今を生きるのだ」と私たちに促している。「長い歴史の中では人は砂粒にすぎない」のだ。
 記者はまた、本書が感情を極力排し、端的な言葉で客観的に綴られていると指摘した。アイ・ウェイウェイは礼を言いながら答えた。「書くことは、人間の中でも高い種類の能力だと思う。この本を書くに当たっては、意図的にロマンチックに描くことを避け、事実ベースで直截的であることを心掛けた」
 再び、日本と中国との違いに話が及ぶ。「日本は極めて社会が保守的だが、島国ゆえか情報を取り入れることに敏感で、その近代化のプロセスには学ぶべきものがある。中国には、たとえば「世界」のように日本から逆輸入した現代語がたくさんある。日本は古いものをうまく応用し、現代に取り入れ、中国でも欧米でもない独特の世界を築いている」とも語った。 
 濃密な1時間は、瞬く間に過ぎた。


 休憩をはさみ、日本外国特派員協会に移動したアイ・ウェイウェイは、各国の特派員からの政治的な質問に、積極的に、はっきりと応じた。
「アートと同じくらい政治について発言しなければならないことを、後悔することはないか?」という質問に対し、「65歳で、42年を中国で暮らした者として、政治を語らないことは不可能だ。アートと政治を切り離すことはできない」と応じた。各国の特派員の、予想もつかぬ質問の数々を、どこか楽しんでいるようでもあった。



埼玉大学での学生との対話をするアイ・ウェイウェイ

 10月26日、埼玉大学での学生との対話を前に、場を設けた牧陽一先生のご厚意で、再びアイ・ウェイウェイと話をする機会を得た。
 本書は中国語で執筆されたが、中国本土では出版されず、アメリカのペンギン・ランダムハウス社から英語で出版されたものだ。10年がかりの執筆と、英語での出版に伴う困難について、再度尋ねてみた。毎朝2時間かけて執筆をしながら、どうにかして早く書き終わりたいと、強く強く思った、という。
 複雑な中国現代史と原テキストの緻密さを英語で再現するために、アイ・ウェイウェイは、米国の編集チームも翻訳者も変えたという。
「歴史的事実は一つでも、解釈と理解は異なる。中国語で執筆した原稿を英語に翻訳するに当たっては、慎重にならざるを得なかった」。
 その難しさは想像に難くない。中国語で執筆した中国現代史を、英語に置き換えることで失われてしまうディテール。英語から日本語に訳す際の困難も、同様であった。
 現代美術家としては、「アイ・ウェイウェイ」のカタカナ表記が一般的だが、本文中の登場人物は皆、漢字表記である。艾未未の漢字に和音を当てれば、「ガイ・ミミ」である。日本の、ある種の新聞表記は、まだこの音読みを使用している。アーティストとしてのアイ・ウェイウェイを「ガイ・ミミ」と呼ぶ人はいないが、歴史上の人物は皆、中国語のピンイン表記ではなく、日本語の音読みで呼びならわされている。これ一つをとっても複雑だ。
 台湾版出版の際も、英語から繁体字に直すことは不可能だと悟り、原稿を完全に書き直したという。



 これまで1500回のインタビューを受けてきた、というアイ・ウェイウェイ。
 教授室から広い階段講義室へと場を移すと、彼は学生の質問に次々中国語と英語とで応えていった。
「アートは、生活の一様式。私は誰かという自己表現」
「毎日寝る前に、諦めたい気持ちになる。だけど、我慢する。その繰り返しだ」
「人生は難しいが、時折奇跡が訪れる」
「作品を作り終えて何年か経つと、ようやく自分が作ったという意識が沸いてくる」
「私の作品は、私の人生を反映している。私のできることは、真実、自分に忠実であることだ」
「芸術は薬のようなもの。尊重や敬意がなければ、薬は飲んでも意味がないし、世界が正常なら薬は不要だ」
 中には質問は中国語で行い、聴衆のために自分の質問を日本語に訳す学生もいた。人生、創作、政治、未来--。学生の質問は、まぶしいくらいにまっすぐだ。アイ・ウェイウェイは時に比喩を駆使し、禅問答のように応える瞬間もあった。
 創作にも人生にも、規定やルーティンを嫌い、固定化されることを忌避しているように見えた。アイ・ウェイウェイは、「自分の人生は状況の産物に過ぎない。明確な人生の目的はない」と言い切っている。一番手放したくないものは、「自分自身であること、自分に自覚的であること」。

アイ・ウェイウェイとの10時間

 アイ・ウェイウェイの対談、朝ごはん、取材、記者会見、学生との対話、昼食会に同席し、10時間が過ぎたころ、ふと、今回の来日で仕事以外の日程は確保できたかと、訊ねた。
「いや、ほとんどなかった。京都で東寺を観たのは素晴らしかったけれど、滞在日程が短すぎる。本当に短すぎる……」
 そう呟く間にも、一緒に写真を撮ってほしいと、学生が次々彼の元を訪れる。
 みんながあなたに会いたがっているね、と言うと、アイ・ウェイウェイは小声で叫んだ。
「なんでだ? 15年前は、俺が会いたい、会って下さいと言っても、誰も会ってくれなかったのに!」
 この瞬間、美術家の素が垣間見えた気がした。



 アイ・ウェイウェイが我々に問いかける「人権」という日本語は、いかめしく抽象的で、時に像を結びにくい。人間味、人間らしい暮らし、と言い換えたほうがまだしも、想像が及ぶだろうか。それはこんな風に素で、心おきない会話を、自由にできることを指すのかもしれなかった。
 実はこの前後、ある外国人ジャーナリストから「アジアでこの書籍を出版して、あなたは本当に大丈夫なのか」と、真剣な表情で問いただされた。
 それからしばらく、私は「本当に大丈夫」とは、何を指すのかを考え込んだ。「大丈夫」ではないのだとしたら、いったい何が起こるのだろう。
 そしてふと、気づいた。「本当に大丈夫」かを、常に自問せねばならない状況こそが、恐怖による支配なのだ、と。

次ページ「アイ・ウェイウェイへの11の質問」


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