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試し読み

『教室が、ひとりになるまで』で話題沸騰! 伏線の狙撃手・浅倉秋成の仕掛ける究極の心理戦『六人の噓つきな大学生』試し読み①

2019年に刊行された『教室が、ひとりになるまで』で、推理作家協会賞と本格ミステリ大賞にWノミネートされた浅倉秋成さんの最新作『六人の噓つきな大学生』が3月2日に発売となります。
発売に先駆けて、前半143Pまでの大ボリューム試し読みを公開!
成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に持ち込まれた六通の封筒。
個人名が書かれたその封筒を開けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。
最終選考に残った六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。是非お楽しみください!

『六人の噓つきな大学生』が「ブランチBOOK大賞2021」を受賞!
詳細はこちら▼
https://kadobun.jp/news/press-release/f1q9s054v4g8.html

浅倉秋成『六人の噓つきな大学生』試し読み

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 もうどうでもいい過去の話じゃないかと言われれば、そのとおりなのかもしれない。
 それでも僕はどうしても「あの事件」に、もう一度、真摯に向き合いたかった。あの噓みたいに馬鹿馬鹿しかった、だけれどもとんでもなく切実だった、二〇一一年の就職活動で発生した、「あの事件」に。調査の結果をここにまとめる。犯人はわかりきっている。今さら、犯人を追及するつもりはない。
 ただ僕はひたすらに、あの日の真実が知りたかった。
 他でもないそれは、僕自身のために。

                 波多野祥吾

 Employment examination
 ─ 就職試験─

     1

「最終選考は、グループディスカッションになります」
 思わずにやりと笑ってしまったのは、言わずもがな嬉しかったからではない。嫌な顔をすれば人事に悪い印象を与えるに違いないと踏んだだけで、できることならため息をついて天を仰ぎたいところであった。
 大丈夫大丈夫、最終選考まで進めたら、あとはだいたい役員に挨拶して終わりってのが相場なんだよ。だから内定はもらったも同然。祥吾おめでとうな――サークルの先輩の無責任な言葉を馬鹿正直に信じていたわけではない。少し重めの面接がもう一つ、ひょっとすると二つほど用意されているかもしれない程度の覚悟はしていた。ただ最後の最後にグループディスカッションがあると言われれば、これは完全に意表を突かれたとしか言いようがない。さすがスピラリンクスだ。
 他の学生はどんな反応をしているだろう。興味がないわけではなかったが、きょろきょろ視線をさまよわせるのは得策とは思えなかった。どんな些細な所作が、今日まで地道に積み上げてきた評価を暴落させてしまうかわからない。僕が会議室に入ってから一度も頰をぽりぽりと搔かないのは、膝に載せた握りこぶしをほどいて肘かけの上に移動させないのは、間違ってもよく躾けられた育ちのいい人間だからではない。おそらく残り数メートルまでたぐり寄せた勝ち組への切符を、くだらない理由で手放したくないからだ。
 人事部長の鴻上さんは自由な社風を象徴するように、ネイビーのスーツにキャメルの革靴を合わせていた。選考が次のステップに進むにつれて鴻上さんのファッションがカジュアルに、しかし華やかに変化しているのは、たぶん気のせいではない。人事部が徐々に、僕らに対してスピラリンクスの内部を、実態を、日常を、開帳し始めているのだ。
 鴻上さんは指輪の位置を気にするように軽やかに手を動かすと、
「ただし、グループディスカッションの開催日は、今日――ではありません」と上品な笑みを浮かべながら言った。「開催日は一カ月後の四月二十七日になります。メンバーは現在この会議室に集まっている六人。議題は弊社が実際に抱えている案件と似たものを提示し、それを皆さんならどのように進めていくか議論――というようなものにする予定です」
 うんうんと、会議室の壁面に並んでいた鴻上さんの部下である人事担当者の一人が大きく頷いてみせた。心なしか人事は一様に誇らしげな顔をしている。ある意味で彼らは僕らをここまで導いてくれたメンターでありながら、同時にこれまでの選考でねじ伏せてきた小ボス、中ボスたちでもあった。並んで立っている姿は、さながら今日までの道のりの険しさを象徴するダイジェストのようでもある。
 会議室は全面ガラス張りで、忙しない様子で業務に励むスピラの社員たちの姿が目の前に窺えた。まるでショーウィンドウだ。彼らが動いている気配を感じるだけで蕩けるような高揚と、そこに絶対に加わりたいという情熱が沸き上がってくる。奥にはボードゲームやダーツに興じながら会議ができるという特殊なミーティングルームの姿が確認できた。一流コーヒーショップと提携しているというカフェスペースも、スピラの登録者数がリアルタイムで表示されるという電光掲示板も、すべてパンフレットで見たとおりのものが広がっていた。
 あとたったのワンステップ。たったそれだけで、ここに自分の席ができる。滲んだ手汗をリクルートスーツのスラックスで拭う。
「安心してください」鴻上さんは低い声で続けた。「一次選考や二次選考で行うグループディスカッションとは本質的に意味合いが異なります。すでに我々は五千人以上の学生を落とし、あなたたち六人を選抜しています。あくまでグループディスカッションです。ディスカッションの出来によっては、六人全員に内定を出すという可能性も十分にあります。ただ我々が望むのは、互いの特性も、経歴も、弱点も知らないまま、壊れ物に触れるように怖々と進んでいく会議ではないんです。求めているのは、互いのことを隅の隅まで理解し合い、長所を最大限に生かし、一方で短所を補い合う、まさしくひとつの部署を、グループを、チームを結成して作り上げる、言うなれば『チームディスカッション』」
 鴻上さんは手元に広げていた資料を手早くまとめ、退出の準備を整えた。
「繰り返します。本番は一カ月後の四月二十七日。当日までに最高のチームを作り上げてきてください。内容がよければ内定は六人全員に出します。当日晴れてチームになった皆さんとお会いできることを、そして皆さんと一緒に仕事ができることを、心から楽しみにしています」
 スピラリンクスのオフィスは渋谷駅目の前にある大型商業ビルの二十一階に入っていた。排ガス混じりであったとしても、社屋を出れば多少の解放感から空気はおいしく感じられる。いつもなら深呼吸ついでにネクタイを緩めて他の学生との談笑が始まるところではあったが、今回はそうもいかなかった。グループディスカッション本番前に顔合わせがあり、チームを作り上げることを要求される――異例の選考形式ではあるが、間違いなくここからが本番なのだ。
 このあと皆さん時間大丈夫ですか、問題ないです、私もです、ちょっと打ち合わせしておきたいですよね、必要ですよね、どこかで少し話し合いましょうか、すぐそこにファミレスがあるんですけど、じゃそこにしましょう、というようなやりとりが何かのタイムアタックでもしているように、ものの二十秒程度で完了する。ここで後れをとれば致命傷になるのではないか。そんな強迫観念にせき立てられながらファミレスに向かって何歩か進んだところで、僕は六人の中に一人だけ見知った顔がいることに気づく。最後尾を歩いている彼女は、
「嶌さんじゃないですか」
 声をかけられることをほんのり期待していたように控えめに微笑むと、「やっぱり、波多野さんですよね? 会議室に入ったときから、そうかなって思ってたんですけど、あんまりじろじろ見るのもどうかなって思って」
「ごめんなさい、自分の世界に入ってて全然気づいてませんでした。まだ内定式じゃないですけど、本当にまた会えるとは」
「ですね、なんだか嬉しいですね」
 嶌さんとはおよそ二週間前のスピラの二次面接で一緒になり、終了後に小一時間お茶をした仲だった。五人ほどで近場のスターバックスに入り、内定式でまた会いたいですねと願望と冗談半分半分の台詞を残して別れたが、嬉しい再会となった。
 僕は歩くペースを嶌さんに合わせ、他の学生にも少しゆっくり歩きましょうと告げる。嶌さんは申しわけなさそうに礼を言うと、カバンから小さなペットボトルに入ったジャスミンティーをとり出した。さらりと喉に流し込んでキャップを締めながら独り言のように、
「ここまで来たら一緒に受かりたいですよね」
 空を見ているのか、どこか遠くのビルの上階を見つめているのか。彼女の瞳はどこまでも純粋に煌めいていた。
 嶌さんは小柄で色白、日傘なしではお外は歩かないことにしてるんです――と言いそうな上品な雰囲気の女性なのだが、内に秘めたやる気や行動力、それから頭脳の明晰さは小一時間言葉を交わしただけで十分に伝わってきていた。誰もが判で押したように黒いリクルートスーツに黒髪で臨む就職活動だが、面白いもので突貫工事で体裁だけとり繕っている学生というのはなんとなく雰囲気でわかる。スーツ姿が不格好、黒染めが不自然、視線がうつろ、細かい特徴を挙げればきりがないが、とにもかくにも様になっていないのだ。
 しかし嶌さんは違った。なんとも自然に、完璧に、就活生なのだ。
 言葉に作り物めいた噓くささがないので、こちらも素直に本心を吐露することができる。
「受かりましょうよ、一緒に」
「ですね、夢みたいですよね」
 信号に捕まる。先頭を歩いていたひときわ大きな体をした男子学生が焦れったそうに道の先を睨み、他の学生たちも早く前に進ませてくれとばかりに窮屈そうに小さく足踏みをする。僕を含めた六人全員の背筋が、日を一杯に浴びた青竹のようにまっすぐと、迷いなく伸びていた。
 二年前――二〇〇九年にリリースされたスピラという名のSNSは、爆発的な速度で十代から三十代の若者の心を摑んだ。mixiにはなんとも言えぬ軟派な雰囲気を、Facebookには個人情報を丸裸にされそうな漠然とした恐怖心を抱いていた人々のニーズを巧みに掬い上げ、登録者数は瞬く間に一千五百万人を突破。後発メディアながら既存のサービスを模倣して終わりにはせず、コミュニティ機能を中心に日々自然とログインしたくなるコンテンツを見事にとりそろえている。そして何より企業のロゴから、トップページのデザイン、提供するサービスやコラボする企業に至るまで、徹底して先鋭的でお洒落であることも魅力の一つだった。
 そんなスピラを運営する株式会社スピラリンクスが今年、満を持して新卒総合職の採用を開始した。それだけで十分に刺激的なニュースだったのだが、彼らが提示した初任給は破格の五十万円。正社員数が二百人にも満たない新興企業ということもあって採用枠は『若干名』だったが、多くの学生が飛びついた。先ほどの鴻上さんの話によれば応募総数は五千人を超えていたのだから、選考のステップがあれだけ多くなるのも当然の話だった。
 ウェブエントリーから始まり、テストセンターが実施され、エントリーシートを提出、ようやく一次集団面接にこぎつけ、二次も集団面接、三次の個人面接を経て残ったのは――
 僕ら六人。
 嶌さんが夢みたいと語るのも当然の話なのだ。
 入社できれば文字どおり、それは誇張でも何でもなく、人生が、変わる。


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