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試し読み

【祝!直木賞受賞】角川文庫の島本理生作品全10作、冒頭試し読み一挙公開!

島本理生さんが『ファースト・ラヴ』で 第159回直木賞を受賞されました。
カドブンでは『ナラタージュ』をはじめとする、角川文庫収録の島本理生作品全10作の冒頭を一挙公開!
どの作品も物語の続きが気になる、印象的な書き出しばかりです。

ナラタージュ

 まだ少し風の冷たい春の夜、仕事の後で合鍵と巻き尺をジャケットに入れ、もうじき結婚する男性と一緒に新居を見に行った。
 マンションまでの道は長い川がずっと続いている。川べりの道を二人で並んで歩いた。
 流れていく水面に落ちた月明かりは真っ白に輝く糸のようにどこまでも伸びていて、水の行く先を映していた。
 靴の先で細かな砂利を蹴りながら、真っ正面から風の吹き抜けてくる、広々とした暗闇の先に目を向けていた。時折、漏れる会話は他愛ないものばかりだった。私たちは仲が良かった。
 「ずっと、川のそばに住みたかったの」(『ナラタージュ』より)


お願いだから、私を壊して――
お願いだから、私を壊して。ごまかすこともそらすこともできない、鮮烈な痛みに満ちた20歳の恋。もうこの恋から逃れることはできない。早熟の天才作家、若き日の絶唱というべき恋愛文学の最高作。
https://www.kadokawa.co.jp/product/200711000372/

シルエット

 何ヵ月も何ヵ月も雨が降り続き、もしかしたらこのまま雨の中に閉じ込められるかもしれない。そう予感するような季節の中にいた。もちろん、わたし自身が。日本には四季があるから、そう実際にはずっと雨季の中にいることなんかできない。ましてや東京に住んでいては。わたしは生まれてからずっと東京で育ち、旅行以外で他の土地に行ったことは一度もなかった。だからそんなに長々と雨の降り続く景色も知りはしない。
 ただ一切を無視して、私の中には雨が降り続いた。(『シルエット』より)


島本理生、17歳のデビュー作。新装版で登場。
女性の体に嫌悪感を覚える元恋人のかんくん。冠くんと別れ、半ばやけでつき合った遊び人の藤野。今の恋人、大学生のせっちゃん…人を強く求めることのよろこびと苦しさを、女子高生の内面から鮮やかに描く群像新人賞優秀作の表題作と15歳のデビュー作他1篇を収録する、せつなくていとおしい、等身大の恋愛小説。
https://www.kadokawa.co.jp/product/321712000393/

リトル・バイ・リトル

 最終の電車で彼女は帰ってきた。
 そのとき、私はベッドで童話を読みながら妹のユウちゃんを寝かしつけていた。古いけれど干したばかりの布団を敷いた狭い二段ベッドは日だまりの巣箱のようだったが、彼女の帰宅であっという間に平和な夜は破られた。
 深夜だというのに勢いよくドアを開ける、トイレへと駆け込む忙しない足音。せっかく眠りかけていたユウちゃんが跳び起きてベッドを抜け出し、読みかけの童話は結末の手前で放り出されてしまった。ベッドに一人置き去りにされた私は仕方なく、目付きの悪い挿絵のキリンをぼんやりと見つめた。(『リトル・バイ・リトル』より)


島本理生、「家族」の輪郭を描き出す野間文芸新人賞受賞作。
ふみは高校を卒業してから、アルバイトをして過ごす日々。家族は、母、小学校2年生の異父妹の女3人。習字の先生の柳さん、母に紹介されたボーイフレンドの周、二番目の父――。「家族」を軸にした人々とのふれあいのなかで、わずかずつ輪郭を帯びてゆく青春を描いた、第25回野間文芸新人賞受賞作。
https://www.kadokawa.co.jp/product/321712000394/

生まれる森

 子供のころは毎日なにかしらの絶望や発見があって、きっと自分は大人になる前に死んでしまうという妙な確信を抱いていたことも今となっては笑い話だけど、放課後の校庭にあふれる光や砂糖の入っていないコーヒーの味、セックスに関する具体的な情報や降り出す直前の雨の気配には、今よりも敏感だった気がする。
 サイトウさんに出会ってから深い森に落とされたようになり、流れていく時間も移り変わっていく季節も、たしかに見えているのに感じることができない、なんだかガラスごしにながめている風景のような気がしていた。(『生まれる森』より)


島本理生、初期の名作。
失恋で心に深い傷を負った「わたし」。夏休みの間だけ大学の友人から部屋を借りて一人暮らしをはじめるが、心の穴は埋められない。そんなときに再会した高校時代の友達キクちゃんと、彼女の父、兄弟と触れ合いながら、わたしの心は次第に癒やされていく。恋に悩み迷う少女時代の終わりを瑞々しい感性で描く。
https://www.kadokawa.co.jp/product/321712000395/

波打ち際の蛍

 私は、何度も蛍(ほたる)との約束を破ってしまったけど、海へ行きませんか、という誘いにだけは、こたえることができた。
 海への国道を走る車の中は、二人が出会った相談室と同じくらいに守られた場所だったから。
 助手席にいるとき、私はいつも緊張したように黙り込んでいたけれど、本当は、その運転に少し見とれていた。すべての判断はよどみなく、目的地へと運ばれている間、ハンドルを握る彼の手が、私の世界のすべてになる。
 蛍の運転が月並みになるのは、その左手を、こちらに伸ばすときだけだ。(『波打ち際の蛍』より)


蛍、あなたに触れたいのに――。
DVで心の傷を負い、カウンセリングに通っていた麻由は、蛍に出逢い心惹かれていく。彼を想う気持ちと不安。相反する気持ちを抱えながら、麻由は痛みを越えて足を踏み出す。切実な祈りと光に満ちた恋愛小説。
https://www.kadokawa.co.jp/product/201106000740/

クローバー

 映画のエンディングロールが流れ始めてしまうと、僕はテレビを消して、壁の時計を見上げた。もう華子(はなこ)はかれこれ小一時間くらい電話で話している。
 途中、主人公の孤独な老人が偶然に知り合った少年に、自分のそばにいてくれと切望した場面でほろっとしかけた瞬間、まさに台無しのタイミングで
「だけど私だって苦労して入った大学だし、中途半端に単位を落としたりしたくないの。分かるでしょう、大学生がみんな遊んでると思わないで」
 という興ざめの一言が聞こえてしまい、僕の涙は一気にひいた。真面目に勉強している女子大生が一時間も電話で男と別れ話などしたりするものか。(『クローバー』より)


でこぼこな2×2のにぎやかな日々と不器用な恋の行方は――?
強引で女子力全開の華子と人生流され気味の理系男子・冬冶。双子の前にめげない求愛者と微妙にズレてる才女が現れた! でこぼこ4人の賑やかな恋と日常。キュートで切ない青春恋愛小説。
https://www.kadokawa.co.jp/product/201005000088/

一千一秒の日々

 晴れたら次の土曜日に遊園地へ行こうと言われた。
 思わず煮ていた豚肉の灰汁(あく)を取る作業を中断して、振り返った。哲はテレビの前で黙々とゲームをしている。いつもと変わらない横顔だった。
「どうしたの、急に」
 そう尋ねると、彼はゲームをする手を休めて
「嫌なら、べつにいいけど」
「嫌じゃないけど、珍しいなって思って」
 説明を求めたつもりだったけど、彼が何も言わずにまたテレビの画面に集中してしまったので、私も鍋(なべ)のほうに視線を戻した。(『一千一秒の日々』より)


風光る朝、私は大好きな恋人を見送る――
仲良しのまま破局してしまった真琴と哲、メタボな針谷にちょっかいを出す美少女の一紗、誰にも言えない思いを抱きしめる瑛子――。不器用な彼らの、愛おしいラブストーリー集。
https://www.kadokawa.co.jp/product/200808000518/

本をめぐる物語 小説よ、永遠に(壊れた妹のためのトリック)

 あの夏の日、薫(かおる)君は私を外階段から庭に突き落とした。
 私たちが住んでいたアパートには中庭があって、白粉花(おしろいばな)やぺんぺん草がしげり、洗濯物が揺れていた。シーツが波打って日差しをはね返すのを、私は外階段に腰掛けて見ていた。
 あっと声を漏らしたときには、すでに階段からお尻が浮いていた。まっさかさまに落ちていった私は、額を地面に強く打ち付けた。
 いつも遊んでいたはずの土は他人のように冷ややかで、痛みが弾けた額は生温かかった。血が流れていることに気付いたときには、ゆっくりと意識が遠ざかっていた。そして母の悲鳴――。(「壊れた妹のためのトリック」より)


旬の作家による「本」のアンソロジー。
「空想の中でしか、私は生きられないから」――中学時代の八雲にまつわるエピソード『真夜中の図書館』(『心霊探偵八雲』のスピンオフ)、物語が禁止された国に生まれた子どもたちの冒険『青と赤の物語』、ノベロイド研究にのめり込み、「物語AI」におもしろい小説を書かせようと奮闘する高校生の青春模様『ワールズエンド×ブックエンド』など、「小説」が愛おしくなる8編を収録。旬の作家によるバラエティ豊かなアンソロジー。
https://www.kadokawa.co.jp/product/321509000668/

聖なる夜に君は(雪の夜に帰る)

 最近、妙に疲れるのは仕事のせいにしていたけれど、本当は違うのかも知れない。
 暗い部屋で点灯している留守電の明かりは、すべて仕事に関することだった。あわててカバンを開き、携帯電話を取り出すと、いつの間にか電池が切れていた。
 夕食よりもまずお湯を沸かしてお茶の支度をしているときに電源を入れてみる。画面が明るくなる瞬間、メールが届いているか否か、まるで合格発表の朝みたいに緊張したのはいつの頃の話だろう。恋人がいるのに、あまり恋をしている気がしない。
 留守電には一件だけ、阿部(あべ)さんの声でメッセージが吹き込まれていた。彼の声は電話で聞くと、誰かに似ていると思ったが、それが誰なのかは思い出せなかった。(「雪の夜に帰る」より)


心に安らぎを届ける、クリスマスを巡る6つのストーリー。
クリスマスの過ごし方は人それぞれ。楽しみにしている人もいれば、むなしさを感じる人もいる。そんな心にしみる6つのストーリー。人気作家がクリスマスをテーマに綴る、超豪華アンソロジー。
https://www.kadokawa.co.jp/product/200907000480/

コイノカオリ(最後の教室)

 大きな橋を渡っていると、夕方の空に黄金色の飛行機雲が伸びていくのが見えた。少しだけ立ち止まって見上げていた。飛んでいく飛行機は、進んでいるというよりも落ちているようだ。光る尾を引いて、ゆっくりと川のむこうに消えていった。
 卒業した後で高校に行くのはひさしぶりだった。僕はふただび歩きだした。
 夕暮れの中で明かりの灯った校舎は、文化祭が近いためか、校門や建物自体に布や段ボールで装飾が施されていた。
 暗い廊下を抜けて職員室のドアを開けると、先生たちが帰宅した子供を迎える親みたいな笑顔をこちらに向けた。タツタ先生はふくみ笑いをしている。(「最後の教室」より)


恋するあなたと、恋したいあなたに。
人は、一生のうちいくつの恋におちるのだろう。ゆるくつけた香水、彼の汗やタバコの匂い、特別な日の料理からあがる湯気――。心を浸す恋の匂いを綴った6つのロマンス。
https://www.kadokawa.co.jp/product/200711000373/


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