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試し読み

江戸のUMAかオカルトか!? SNSで話題、『天狗にさらわれた少年 抄訳仙境異聞』試し読み#3

2018年のはじめ、Twitterで話題になった『仙境異聞』。2018年12月22日に、訳しおろしの文庫版(抄訳)を発売します。刊行に先がけて、書籍の一部を限定公開! 今回は、試し読み第3回です。

ようやく寅吉との対面を果たした篤胤。早速、天狗の国と行き来するようになった顛末を訊ねます。きっかけは寅吉が稲荷神社の前で出会った不思議な老人でした。天狗の国へ寅吉をいざなう、意外な「乗り物」とは?
物語は、いよいよ異世界へ――。

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寅吉、謎の老人に出会う


 まず私は寅吉に、神誘いにあった顚末てんまつのはじめを訊ねた。
 寅吉は次のようなことを語った。
 文化九年(一八一二)、七歳になったときのこと。池之端いけのはた茅町かやのちょうさかい稲荷いなりの前に、貞意という名の売卜ばいぼく者(――訳者注。卜者。占い師)がいた。それが自分の家の前に出ていて、日々、占いをしているのを立ち寄って見聞きしていると、「けんが出た」、「こんの卦が出た」などと言っている。
 卜筮ぼくぜい(――訳者注。占い)というものには、色々な獣の毛を集めておいて占う法があり、その毛を探り出して、熊の毛が出ればどうとか、鹿の毛が出ればこうとか、その探り出した毛によって判断することなのだろうと思って、しきりにそれを習いたく思っていた。
 しかし卜者は私(寅吉)を子どもだと思ってふざけたものか、「これは簡単には教えられないわざなので、七日ほどてのひらの中に油をたたえて、火をともす修行を勤め終えてから来なさい。そうしたら教えてやろう」と言った。
 そのため、これは簡単に習えないものだと思って家へと帰り、両親も誰も見ていない間を見計らって、二階に上がるなどしてこっそりと手灯てあかりぎょうを始めたところ、その熱さは堪え難いものだった。しかし、我慢して七日の行を勤め終え、卜者の許へと行き、「手がこんなに焼けただれるほど、七日の間、手灯りの行を勤めたので、教えて下さい」と言った。
 すると卜者はただ笑うだけで教えてくれなかったので、とても悔しくは思ったが仕方なく、ますます、この業を知りたくなって日々を過ごしていた(原注。この貞意という卜者は、後に上方かみがた(関西)のほうへ行ったという)。
 その年の四月頃、東叡山とうえいざん 寛永寺かんえいじ)の山の下で遊んでいて、黒門くろもん前の五条ごじょう天神の辺りを見ていた。すると五十歳ほどに見える、長く伸ばした髪をくるくると櫛巻くしまきのように結んで旅装束に身を包んだ老翁がいて、口の周りが四寸(約一二センチメートル)ほどあるかと思われる小さなつぼから、丸薬を取り出して売っていた(原注。『平児代答』注17には五、六寸とあるが、四寸ばかりだと寅吉は後に言っている)。
 その際にとり並べた物は、小つづら(――訳者注。小さなかご)から敷物に至るまで、ことごとくその小壺に入れられ、何事もなく納まっていた。さらに、老翁自らも壺の中に注18入ろうとした。どうやってその中に入れるのだろうかと見つめていると、片足を踏み入れたと思ったら体全てが入っていて、その壺が大空に飛び上がり、どこに行ったかも分からなかった。
 

壺に入って空を飛ぶ


 寅吉はとても怪しく思って、その後もまた同じ場所へ行き、夕暮れまで見ていると、以前と同じような様子であった。その後にもまた行って見ていると、その老翁は寅吉に声をかけて、「お前もこの壺に入りなさい。面白いことなどを見せてやろう」と言った。
 気味悪く思ったので断ったところ、そのおきなは、側にいた者が売っていた菓子などを買い与えた。そして、「お前は卜筮のことを知りたく思っているだろう。それを知りたければこの壺に入って私と一緒に来なさい。教えてやろう」と勧めるので、寅吉は常に卜筮について知りたいという思いもあり、行ってみようと思う心が出てきた。そして壺の中に入ったような気がすると、日も暮れない内に、とある山の頂に着いた。
 その山は常陸国(現在の茨城県)にある南台丈なんだいだけ注19という山であった(この山は加波山かばさん注20吾国山わがくにさん注21との間にあって、獅子ししが鼻岩という岩の突き出ている山で、いわゆる天狗の修行場であるという)。
 ただ、幼い時のことだったので、寅吉は夜になるとしきりに両親が恋しくなり、泣くのだった。老翁は色々と慰めたが、なおも声をあげて泣くので、ついに慰めかねて、「それならば家に送り帰そう。ただし、決してこのことを人に語ることなく、毎日、五条天神の前に来なさい。私が送り迎えをして、卜筮を習わせてやろう」と言い含めて、寅吉を背中に負って目を閉じさせ、大空に舞い上がった。耳に風が当たって、ざわざわと鳴るように思うと、もう我が家の前に着いていた。
 ここでも老翁は返す返す、「このことは人に語ってはいけない、語ればその身のために悪いことがおきよう」と言ってから、見えなくなった。こうして私(寅吉)はその戒めを固く守って、後になるまで両親にもこのことを言わなかった。
 さて約束のように、次の日の昼を過ぎる頃、五条天神の前に行くと、かの老翁が来ていた。そして私を背負って山に至ったが、何事も教えることなく、あちらこちらの山々に連れて行って、様々なことを見て覚えさせた。花を折り鳥を捕まえ、山川の魚などを取って私を楽しませると、夕暮れになっては例の如く背負って家へと帰すのだった。
 私はその山遊びの面白さに、毎日約束の所に行っては老翁に伴われることがしばらく続いた。家を出かけるときにはいつも、下谷広小路の井口という薬屋の男の子と一緒に遊びに出かけるように装っていた。


《注釈》

17 『平児代答』 山崎美成著。平田篤胤と出会う以前の寅吉から聞き書きしたことをまとめた書。


18 壺の中に 中国の故事「壺中の天」に似る。薬売りの老人に頼んで壺に入れてもらうと、中には別天地があった(『後漢書』方術伝)。


19 南台丈 南台嶽。茨城県笠間市・石岡市の境に位置する難台山(なんだいさん。標高五五三メートル)のこと。同山には獅子ヶ鼻岩が現存する。近隣の筑波山も男体山(なんたいさん)と女体山で構成されるが、ここでの「南台丈」は難台山を指すと思われる。ただし、この山が加波山と吾国山の間にあるという記述は、方角的には正確ではない。実際には、岩間山(愛宕山)と吾国山の間に位置する。


20 加波山 筑波連山のひとつ。七〇九メートル。山岳修行の行われる霊場として知られ、多くの社や奇岩がある。


21 吾国山 茨城県笠間市・石岡市の境に位置する。五一八メートル。難台山からは数キロメートルの距離にある。



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