2018年のはじめ、Twitterで話題になった『仙境異聞』。2018年12月22日に、訳しおろしの文庫版(抄訳)を発売します。刊行に先がけて、書籍の一部を限定公開! 今回は、試し読み連載の第2回です。

「天狗の世界とこの世を行き来できると語る少年」の噂に興味を抱き、知人と連れたってその少年・寅吉のいる家へと出かけた篤胤。はたしてどんな出会いが待っているのか。そして寅吉が篤胤に放った驚きの一言とは――?

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篤胤、寅吉に会う


 山崎の家に着くと、ちょうどよいことに主人の美成がいて、かの童子を呼び出し、屋代翁と私とに見せてくれた。しかし、かの童子はと言えば、二人の顔をよくよく打ち眺めるだけで、お辞儀をしようともしなかった。傍らにいた美成が「お辞儀をしなさい」と言ったところ、たいへんおぼつかない様子でお辞儀をした。
 憎らしさのない、いたって普通の様子に見える童子であったが、年齢は十五歳注10と言いつつ、十三歳くらいに見えた。その眼は人相家注11がいうところの「下三白注12」という眼であり、通常よりも大きく、いわゆる「眼光、人を射る注13」というような光があって、顔立ち全てが異相であった。脈を診て、腹も診たところ、小腹は締まっていて力があり、脈は三関注14のうち寸口すんこう注15の脈が非情に細く、六、七歳の童子の脈に似ていた。
寅吉(『仙境異聞』国立歴史民俗博物館蔵)

寅吉(『仙境異聞』国立歴史民俗博物館蔵)

 この童子は、江戸下谷七軒町しちけんちょう(現在の東京都台東区元浅草もとあさくさ一丁目界隈)の、越中屋与惣次郎注16という者の次男で、名を寅吉という。文化三年(一八〇六)寅年の十二月晦日みそかの朝、七つ時(寅の刻。午前四時頃)に生まれたのだが、その年も日も刻も寅であったが故に、そう名付けたのだという。
 父は今から三年前にこの世を去っている。その後は、寅吉の兄である荘吉――今年十八歳である――が、少しの商いをして、母と幼い弟妹などを養い、つつましやかに生計を立てているという。
 寅吉の親や兄弟などのことは、のちに私が自分でその家を訪ねて記したものである。また、寅吉の母の言うことを聞くに、寅吉が五、六歳の頃から、時々、まだ起きていないことに関して何かを言うことがあったそうである。
 それは文化□年□月(――訳者注。年月不詳)、下谷広小路に火事の起きる前日のことだった。寅吉が自宅の屋根の上に登って、「広小路が火事だ」と言った。
 しかし、人々が見ても何のこともないので、なぜそんなことを言うのだと訊ねたところ、「あんなに火が燃えているのが皆には見えないのか、早く逃げなくては」と言うのだった。人々は寅吉がおかしくなったと考えたが、はたして翌日の夜、広小路が大火事になったのである。
 またある時、父に向かって、「明日は怪我をするだろうから、用心しなければ」と言ったが、父は聞く耳を持たなかった。すると、大きな怪我を負うことになったという。また別の時には、「今夜必ず盗人ぬすっとが入るに違いない」と言うので、そういうことを言うものではないと父が叱って制したところ、盗人が入ったということがあった。
 さらに、いまだ自分で立つことも出来ずにい回っていた頃のことを覚えていて、その頃のことを語り出すことも時々あった。寅吉は生まれつきの癇性かんしょうで、幼少の頃は顔色が青ざめていて常に腹を下しており、夜尿もあったので、うまく成長できないのではないかとも思われた。荷車にかれて怪我をしたこともあったが、喧嘩けんかをしない良い子で、今年、旅から帰って来て以降は、非常に丈夫になったと母は語った。
 いまだ起きていないことを知っているのが奇妙であり、のちに寅吉へ、どうやってそうしたことを知るのか訊ねた。すると、広小路が火事になった時には、その前日に家の屋根から見ていたところ、翌日火事になるあたりに、炎が上がっているように見えたので、そう告げたと言った。
 父の怪我や、盗人の入ることを知った時などは、何やら耳のあたりで「ざわざわ」音がするように思うと、その中にどこからともなく、「明日は親父が怪我をするだろう」「今夜は盗人が入るだろう」といった声が混ざって聞こえてきたのだ、そしてすぐさま、知らぬ内にその言葉と同じようなことを口に出していたのだ、と言った。


寅吉、篤胤を神様と呼ぶ


 さて、寅吉は私の顔をつくづく見つつ微笑んでいたのだが、我慢できなくなった様子で、「あなたは神様なり」と繰り返し言った。
 私はその言葉の奇妙さに答えもせずにいたのだが、「あなたは神の道を信じて学んでいらっしゃるでしょう」と続けて言う。
 傍らから美成が「この方は平田先生といって、古学の神道を教えていらっしゃる方だ」と言えば、寅吉は笑って、「まさにそうだろうと思っていました」と言う。
 まず、このことに私は驚いて、「それはどうやって知ったものか、神の道を学ぶのは善いことなのか悪いことなのか」と問えば、寅吉は「なんとなく、神を信じていらっしゃるお方だろうと心に浮かんだので、そう申し上げたのです。神の道ほど尊い道はないので、これを信じなさることはとてもよいことです」と答えた。
 この時、屋代翁が、「では、私はどのように見えるかな」と質問したところ、寅吉はちょっと考えてから、「あなたも神の道を信じていらっしゃいますが、もっと色々と、広い学問もなさっていらっしゃる」と言った。
「神と言われたり、仏と呼ばれたりするのを願ったりはしない。ただ、善き人になりたいものだ」(屋代翁の詠んだ歌)
 これが、私がこの童子に驚かされたことの始まりであった。




(注釈)

10 十五歳 満年齢ではなく、数えの年齢。数え年とは、生まれた時点で一歳であり、生後最初の正月を迎えると二歳になる、前近代の日本において一般的な年齢の数え方。


11 人相家 人の容貌に含まれる特徴(人相)を見て占いを行う者。


12 下三白 三白眼さんぱくがん、下三白眼とも。黒目の位置が上方に偏り、黒目の左右と下部に白目が見えている状態の眼。常に人を睨んでいるようにも見え、人相学においては凶相とされた。


13 眼光、人を射る 目つきが鋭く、あたかも人を射るようであること。眼光が鋭いこと。


14 三関 漢方(中国医学)の脈診における、指の脈。脈の分かり辛い小児の診察に使われる。「虎口三関の脈」といい、男児の場合は人差し指の腹の色を診る。


15 寸口 漢方(中国医学)の脈診における、手首の脈。


16 寅吉の実父に当たる。



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書籍

『天狗にさらわれた少年 抄訳仙境異聞』

平田 篤胤 訳:今井 秀和

定価 950円(本体880円+税)

発売日:2018年12月22日

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