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2018年のはじめ、Twitterで話題になった『仙境異聞』。このたび、訳しおろしの文庫版(抄訳)を刊行しました。本連載では、その一部を限定公開!
いよいよ異界へと旅立った寅吉。今回からは、寅吉が仙境について語った面白い項目をピックアップしてご紹介していきます。まずは「穿山甲、千山鯉」「忍術法」の二つのお話をどうぞ。仙境にはどんな生き物がいて、どんな秘術があるのでしょうか?
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穿山甲、千山鯉
またある日、人々が打ち集まって色々と話をしているうちに、何を作るにはこれこれこうして、また何を作るには云々、などと語るのを聞いて、寅吉が言った。
「穿山甲(注82)の粉と小麦粉を合わせて池に入れれば、多くの鮒が生じます(注83)。また、麦のふすま(――訳者注。製粉の際に出る外皮など)を泥の中に埋めておけば、泥鰌が生じるということです。饂飩粉を炒って鮒の形にし、穿山甲の毛と肉の粉を塗り、古池に埋めておけば、鮒になるそうです。穿山甲というものは鯉の変化したもので、子も産むそうです」
寅吉がこう言ったので、人々は笑って、「それは信じられないことだ。穿山甲は外国にいるもので、この国にはないものだ」と言った。
すると寅吉は言った。「いや、この国にもおります。これが鯉の変化したものであることは、私自身がまさしくたびたび見たところです。鯉は、誰もが知るごとく滝に登るものですが、それを、鯉が竜になり(注84)天に昇るなどと言うのは正しくないことです。
鯉が千山鯉というものになる次第は、次のようなものです。鯉は滝を登る勢いで山へと跳ね上がり、草原にころころとしています。それが日数を経ると丸い形になり、四つの鰭、四つの足を持つようになって甲羅を生じ、鱗の間から毛が生えてきて、図のようになって這い歩きます。
千山鯉は山の水たまりに棲んで子を産むのですが、その生まれた子こそが、まさに穿山甲なのです。もとは鯉であったものであるが故に、殺して肉や腸を見れば、鯉のそれと同じようであり、肝も鯉のようであります。穿山甲が唐土(外国)にのみ生じるものと思っているのは、大変狭い見識なのです」
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千山鯉の図
《注釈》
82 穿山甲 センザンコウ。鯪鯉とも書く。全身が、毛の変化した鱗で覆われた哺乳類。アフリカから東南アジアにかけて分布。日本には分布しない。
83 多くの鮒が生じます 前近代の中国や日本においては、無生物から生物が生じたり、季節に応じて生物が別種の生物に変化したりすることが広く信じられていた。鳥が貝になる説などが代表的なものである(『礼記』月令)。
84 鯉が竜になり 中国には黄河の急流「竜門」を登った鯉が竜になるという伝承があった。この伝承は立身出世をめぐる「登竜門」の故事(『後漢書』李膺伝)を通して日本でも広く知られていた。
忍術法
忍術法というものは(原注。浅間道中の物語)、女人の像を椿の木で刻み、これを本尊として行うものです。赤裸の女人の像は髪を垂らしていて、股を開いて陰部を出し、中腰で□骨のところに手をあてて立っている姿をしています。その祭り方は次のようなものです。
この像を逆さまにして(注123)、糞壺に数日つけてから取り出します。そして骸骨(――訳者注。頭骨)に女性の月水(注124)を入れて、それを手に取ってしきりに像に塗って、ウンタラタサフランと唱えて祈るのです。忍術だけでなく、種々の邪術を行うことが出来るといいます。
《注釈》
123 この像を逆さまにして 類例として、不動明王像を逆さまにすえる祈禱の場面を含む以下があげられる。天下一説経与七郎正本『さんせう太夫』、実録『四ツ谷雑談集』。
124 月水 女性の経血。髑髏や男女の体液を用いた呪法は、邪教として排斥された真言密教立川流の儀式に含まれるものである。
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