「小説 野性時代」連載時から大反響を呼んだ作家志望者必読の書『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』がついに文庫化!
作家・大沢在昌が仕事の極意の全てを明かした本書から、文庫化を記念して特別に一部を公開します。全3回で「作家デビューの実際」と「キャラクターの作り方」を特別に試し読み!
>>第1回「作家で食うとはどういうことか」
第2回 強いキャラクターの作り方 1
キャラクターがストーリーを支える
大沢 皆さん、こんにちは。今回は「人物描写」についてお話をしていきたいと思います。
コメさんから「書いている作品が途中で面白くないと気づいても書き上げるべきか」という質問を受けたとき、面白くないのはキャラクターかストーリーかを見極めることが大切だという話をしました。面白い小説というのは、キャラクターとストーリーが有機的にうまくつながっている作品です。キャラだけが立っていても面白い作品にはならないし、いくら波瀾万丈のストーリーでもキャラがつまらなければやはり面白くない。
ストーリーを支えるのはキャラクターです。大きな物語を支えるためには、キャラクターがしっかりしていなければならない。
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キャラが三角形のように小さいものだと、上に載るストーリーはグラグラと揺れて倒れてしまうでしょう[図1]。大きいストーリーを載っけたいなら、それを支えられるだけのどっしりとしたキャラクターを作らなければなりません[図2]。では、どうすればそんな優れたキャラクターを作ることができるのか。これが本日の講義のメインテーマです。
数字や固有名詞に頼らず雰囲気を伝えろ
まず大事なのは、数字や固有名詞に頼らないでその人物を描写することです。「大沢在昌、五十五歳、サラリーマン」というような書き方は絶対にしないこと。これではキャラクターのふくらみに欠けるし、この人物が些細な役なのか重要な役なのかが読者に伝わりません。なぜこのような描写になるかというと、頭でキャラクターを作っているからでしょう。キャラクターを作るときは、できるだけ具体像を思い浮かべてください。では、具体像とはどういうことか? それは「雰囲気」です。
例えば、皆さんが初めて私と会ったとして、いきなり五十五歳とはわかりませんよね。「中年の男性で年齢は五十代……五十前後かな。サラリーマンっぽくはない。なんだか偉そうにしゃべっているなあ」などの印象を持つかもしれない。そういうところから「雰囲気」は作られていくわけです。ただし、目についたものすべて、紺のジャケットにストライプのシャツを着て、淡いベージュのチノパンを穿いて……とベタベタ書いていっても、その人物を描いたことにはならないということはおわかりだと思います。服装や顔の造作、髪型などは実は大した問題ではない。人物を描くためにもっとも必要なのは、その人物のイメージを明確に喚起させるような言葉を探すことです。
人物をより具体的にイメージするために、まずは知っている人をモデルにして描いてみることをお勧めします。皆さんの友達、会社の同僚や上司、あるいは好きな俳優でも構いません。ただし、実在の人物の名前は使わないこと。「織田裕二のような」「松嶋菜々子に似た」と書けば、読者はイメージを具体的に思い描けて便利かもしれませんが、それが有名人であればあるほどキャラクターはそのイメージに寄りかかったものになってしまいますし、書き手は単に楽をしただけに過ぎなくなります。作家は楽をしてはいけません。また、実際に名前を出さなくても、「これ、どうみても織田裕二だよね」とバレてしまっては名前を出したのと同じこと。やりすぎは禁物です。人物描写するときに俳優を思い浮かべるのは、あくまでも手段であって目的ではないということです。
キャラクターには登場する理由がある
小説にはさまざまな人物が登場します。ミステリーを例にとると、主役、ヒロイン、敵役という三つのキャラクターが物語の主軸となります。主役が女性ならば相方はヒーローでも構いませんし、敵役、つまり悪役が複数になるケースもあるでしょう。
小説を書くとき、私がもっとも頭を使うのは、実は主役のキャラクターではなくて、ヒロインと敵役の造形です。どんな魅力的なヒロインを出すか、どんな印象深い悪役を登場させるかということに一番知恵を絞る。悪役も、ただ「悪い奴だ。非情で残酷だ」と書けば悪さにつながるわけではありません。悲しい悪役もいれば、悪をしたくはないのに立場として悪をせざるをえない人間だっている。つまり、彼らがその物語に登場する理由というものが必ずあるんですね。小説には、この「理由」がとても重要なことなのです。主役にもヒロインにも敵役にもその物語に登場する理由がある。メインの三役だけではなく、ドラマで言えば「通行人A」や「客B」など、名前すらつかないキャラクターであっても、必ずその場面にいる理由があるわけです。
皆さんが小説の主人公だとします。あなたは今電車に乗っている。同じ車両に乗り合わせた人を見てみましょう。中年の男性サラリーマンや女子高生、あるいはお年寄りもいるかもしれない。小説では、この場面に登場する人間には必ずそこにいる理由があるということをふまえて、登場人物を配置しなければなりません。例えば、この電車の中である事件が起こったとします。乗り合わせた人たちは目撃者になります。目撃者の中に女子高生がいた場合、事件が起こったのが午前十一時だとすると、平日のこの時間に高校生が電車に乗っているのはおかしい。なぜ彼女はそこにいたのか。「試験のため学校が早く終わった」あるいは「体調が悪くて遅れて登校するところ」など、そこには必ず理由がある。理由があるからこそ、その人物はこの場面に登場するのです。この理由は、必ずしも物語の中に出てくる必要はないのですが、作者にはちゃんとその理由がわかっていなければいけません。
細部を細かく作り上げていく
「スタニスラフスキー・システム」という言葉があります。ロシアの演出家が提唱した演劇の理論で、メソッドなどとも言われるものです。
皆さんは役者です。台本が配られ、それぞれに役柄が与えられる。あなたの今回の役柄は主人公と恋をするOLです。このときあなたは、台本を読んでセリフを覚えるだけでなく、台本に書かれていないあなたの生活、あなたの人生まで作り上げなければなりません。ご両親は健在か、兄弟はいるのか、家は裕福か、趣味は何か、財布にはいつもいくらぐらい入っているか、一日の中でいちばん幸せな時間といちばん嫌な時間はいつか……そういうことを演出家がどんどん聞いてくる。あなたはそれに対して、役のOLとしてすべてに答えなければいけません。「君はお茶が好き? それともコーヒー?」と聞かれれば、「コーヒーです」と答えるし、「砂糖は入れる? それともブラック? ミルクは?」とさらに細かいところまで突き詰めて考えていく。つまり、役のキャラクターを台本に書かれていない部分まで、より具体的に、リアルに、細部まで細かく作り上げていくというのが、スタニスラフスキー・システムと言われる方法論です。
小説の登場人物にも、私は同じことが必要だと思います。重要な役になればなるほど、この細部がきちんと出来上がっていないと、小説の中でキャラクターが立ち上がってこない。キャラを立たせる、生きたキャラクターを描くというのは、その人間があなたの中で、あたかも実在しているかのように、はっきりとした個性を持って生活できるかということです。そこがきちんとできていれば、たとえワンシーンしか出てこない役でも、あるいは細部の描写が一切なくても、読者にはなぜかそのキャラクターが生きて伝わるんですね。
キャラクター表を作って、一人一人の登場人物について思いついたことをどんどんメモしていくという方法もいいでしょう。最初からすべてのキャラクターが出来上がっているわけではありません。途中から登場する人物や脇役でも、メモをどんどん増やすことで人物に厚みが増します。この厚みこそが物語を面白くするということを覚えてください。
主人公に変化のない物語は人を動かさない
人間にはみな個性があります。では、個性とは何なのか。容姿、それとも性格でしょうか。でも、長編小説を一冊書いたって、一人の人間の性格を描写しきれるわけではありませんよね。「あの人は、真面目で、素直で、すごく優しい人だ」といくら書いても、性格を描写したことにはならないのです。では、どうすれば小説で人間を描くことができるのか。
小説というのは、ストーリーの進行によってキャラクターに変化を生じさせるものだと私は思っています。物語の始まりと終わりで主人公がまったく変わらないという小説は、まずない。ストーリーが進むにつれて主人公は変化する、ストーリーが登場人物を変化させていく、この変化の過程に読者は感情移入するんです。主人公の感じる怒りや悲しみ、喜びを、読者が共有する、これは非常に大事なポイントです。
キャラクターを描くということは、読者が感情移入できるような出来事を主人公に起こしてあげて、読者がそれを共有できるようにきっちりと伝えてあげることなんですね。どんなに悲惨な出来事が主人公に起こっても、その主人公が抱く感情に読者が共感できなければ、「ああ、かわいそうに」で終わってしまいます。「かわいそうに」で終わるのか、それとも主人公と一緒に泣くのかで、二つの小説はまったく違ったものになるでしょう。あるいは、主人公に対してひどいことをする悪役がいるとする。「ひどい奴がいるなあ」と読者が思うか、それとも「主人公になって仕返ししてやりたい」と思わせられるか。「この悪い奴らをどうすればやっつけられるのだろう」と読者が先を読みたくなる、その時点で読者は完全に書き手の手のひらの上に乗っていることになります。
変化の過程に読者は感情移入する。これをしっかりと意識して小説を書くべきです。物語のあたまと終わりで主人公に変化のない小説は、人を動かしません。もう一度言います。「物語のあたまと終わりで主人公に変化のない小説は、人を動かさない」。これから物語を作るときには、主人公にどんな変化を起こさせるのかということを意識してストーリー作りに取りかかってください。キャラクターとストーリーが有機的につながるとは、まさにこういうことなんです。
>>第3回「強いキャラクターの作り方 2」
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