「小説 野性時代」連載時から大反響を呼んだ作家志望者必読の書『小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない』がついに文庫化!
作家・大沢在昌が仕事の極意の全てを明かした本書から、文庫化を記念して特別に一部を公開します。全3回で「作家デビューの実際」と「キャラクターの作り方」を特別に試し読み!
>>第2回「強いキャラクターの作り方 1」
第3回 強いキャラクターの作り方 2
物語の進行とキャラクターの変化
物語のあたまと終わりで主人公が変化するためには、どのようにストーリーを展開すればよいのか、もう少し具体的に考えてみましょう。
恋愛小説を書くとすると、皆さんはどこから書き始めますか? 恋愛に、「出会い」「恋愛」「失恋」という三つの要素があるとして、普通は「出会い」から書くことが多いかな。「雨の夜、傘がなくて途方に暮れていたとき、スッと傘を差し出してくれた男性がいた」。でも、もしも恋愛小説大賞という新人賞があって私が選考委員だったら、この始まりは「パターンだな」と思うでしょうね。
恋愛にも、始まりがあり、絶頂期があり、終わりがあります。「恋人になって何年間かはうまくいっていた。だけど今はすきま風が吹いている。昨年までは一生一緒にいたいと思っていたけれど、今年はもうそうじゃないかもしれない」、あるいは、「失恋した直後、非常に落ち込んで、生きる希望もなくして町をさまよい歩いていたら、ある人と出会った」というところから始めたっていいんです。物語をどこから始めるかは作者の自由です。
どこから物語を始めるかという問題は、物語の始まりと終わりでキャラクターをどう変化させるかという問題と深く関わってきます。「出会い」→「恋愛」→「失恋」ならばマイナスの変化、「失恋」→「出会い」→「恋愛の絶頂」で終わればプラスの変化というふうに、物語の進行とキャラクターの変化を有機的に絡めて考えてみてください。
この「物語の始め方」については、「プロット」をテーマとした講義でも詳しく説明するつもりですが、ここでは「キャラクターが一発で読者の記憶に残るような登場シーンを作る」ということを覚えておいてください。
記憶に残る意外性のあるキャラクターを
読者の記憶に残るキャラクターとは何か。例えば意外性を持った人物が考えられます。善人だと思っていた人が実は悪人だった、これも一つの意外性ですね。ただし、このパターンは何十年も前からさんざん書かれてきてかなり手垢がついているし、ミステリーの世界では、「いい奴が出てきたら、まずそいつを疑え」というほど当たり前になっています。ですから「善人、実は悪人」という人物設定はそれほど目新しくないし、読者も感動してはくれません。
逆に、「悪人、実は善人」というのはどうでしょう。主人公にさんざんつらく当たってきた人が、最後に主人公を助ける。それも「実はいい人だから助けました」というのではなくて、「主人公のことは嫌いだけど共通の敵をつぶしたいから、結果として主人公を助けることになった」など、やり方はいろいろ工夫できると思います。「悪人が実は善人」というほうが物語に深みを与えるし、読者にも濃い印象を残すことができます。「善人が実は悪人」というのは物語を安っぽくしてしまうので、特にメインとなるキャラクターにこの設定を持ち込むのはなるべくやめましょう。
人間観察からすべてが始まる
どうすれば読者の記憶に残るような魅力的なキャラクターを作れるようになるのか。大事なことは一つしかありません。「観察」です。「人間ウォッチング」、それしかない。前回もお話ししましたが、会社や職場、あるいは通勤電車で見かける人たちを、想像しながら観察してください。いつも同じような服装か、本を読んでいるか、音楽を聴いているか、どんな仕事をしているんだろう、家族はいるのか、一人暮らしか……。夜十一時過ぎの電車の中、疲れると人は無防備になり、人間の本質がチラッと見えたりします。この人は帰宅してシャワーも浴びずに冷たいベッドに潜り込むのか、あるいは着替えて別人のようになって夜の盛り場に遊びに行くのだろうか……。その人の人生、背景、見えないものをできるだけ想像してください。当たっているかどうかを確かめる必要はありませんよ。ストーカーじゃないんですから(笑)。できるだけ観察し、想像してみること、これに尽きます。
水商売の女性が初めてのお客さんを見極めるポイントは、靴だと言いますね。私の仕事場は六本木にあるので、夕方になると若いホストをたくさん見かけます。彼らは美容院で髪を盛り、流行のスーツを着こなしてはいるけれど、靴はボロボロだったりする。靴まではなかなかお金が回らないものです。皆さんも、今日はいいスーツを着ておしゃれしようと思っても案外靴は普段と同じということがけっこうあるでしょう。いい靴を履いているかどうかは、確かにその人の経済力を見極めるポイントになると言えそうです。靴や腕時計、ネクタイなど、いろいろ観察してみましょう。安物のくたびれたスーツを着てドタ靴を履いているおっさんがロレックスの腕時計をしている、あるいはネクタイだけが妙に新しくてセンスのいいものを締めている。「この人、何の仕事をしてるんだろう」「会社で若い女の子と不倫でもしてるのかな?」そんなふうに想像できるかもしれません。
人の視線の先を見る
人間観察をするときの大事なコツを一つ教えます。その人の視線の先を見てください。その人が何に興味を持っているのか、それがわかるのが視線です。若い女の子の太ももばかりジロジロ見ている人がいれば、「このおっさん、スケベだな」とわかるし、カルチャースクールの車内広告を真剣に読んでいる人は、「今、スキルアップしたいと思っているのかな」と想像できる。シャーロック・ホームズが観察によってその人の職業や趣味を当てたように、皆さんも詳細に観察してください。「観察し、想像する」、その訓練を積み重ねることが、魅力的なキャラクターを造形するための第一歩です。
激しい感情を書く
キャラクターを作り上げるとき、その人物に激しい感情を抱かせてみるのも一つの方法です。今から二十年近く前(一九九三年)、「ドーハの悲劇」ということがありました。カタールのドーハで行われたサッカーワールドカップのアジア地区予選、最終戦の日本対イラク戦で、それまでかなり優位に戦ってきた日本が、試合終了間際のロスタイムにイラクに同点ゴールを決められてワールドカップ出場を逃してしまったという「事件」です。
その翌日のゴルフコンペで、作家の勝目梓さんと同じ車に乗り合わせて、前夜の「ドーハの悲劇」の話になりました。そのとき勝目さんが、「久しぶりに人間が本当に呆然とする顔を見たね」とおっしゃった。私もまったく同じことを感じていたので驚いた記憶があります。イラクに同点ゴールを決められ、その直後に試合終了のホイッスルが鳴り、日本の予選敗退が決まった瞬間、カズ(三浦知良)がまさにそういう表情を浮かべたんですね。
「呆然とした」という表現を、私たちはごく当たり前に使ってしまいますが、本当にあり得ないことが現実に目の前で起こったとき、人はどんな顔をするのか。日常生活ではなかなかそういう顔を見る機会がありません。私もテレビ中継を観ていて、「あ、人間ってこんな表情になるんだ」とハッとさせられたことを覚えています。と同時に、「これは小説を書く上で役に立つな」とも思った。それと同じことを勝目さんも感じられたんだと思います。
激しい感情……怒り、驚き、悲しみを覚えたとき、人はどんな表情で、どんな声を上げ、何を語るのか。例えば、目の前で我が子が交通事故に遭ってしまった母親は、どんな反応をするでしょう。「大丈夫? 怪我はない?」というセリフをつい書きたくなるけれど、現実のリアクションはもっと違ったものになるはずです。「えっ」とか「うそ」とか「あぁ……」とか、言葉にならない声を上げたり、思いがけない行動をとったりするかもしれません。激しい感情に襲われたとき、その人物はどんなリアクションをするのか。もし観察する機会があればよく見ておくこと、そして、精一杯想像して書いてみましょう。
リアルとリアリティの違い
ここで気をつけたいのは、現実そのものを書く必要はないということです。小説はリアルである必要はない、でもリアリティは必要です。このリアルとリアリティの違いは、小説を書く上で非常に大切なことです。映画のアクションシーンや時代劇の殺陣などを考えていただければわかると思いますが、実際の撃ち合いや斬り合いをリアルに書いても面白いものにはなりません。かといって漫画みたいに派手に華麗にやればいいというものでもない。ある程度本物っぽくて、なおかつ華がある、これがリアリティだと思います。
キャラクター描写にも同じことが言えます。完全にリアルな人間である必要はないけれど、その人物にリアリティがなければ読者は冷めてしまう。現実にかなり近い人物を書く人もいれば、漫画的なキャラクターを書く人もいて、そのさじ加減は作家の個性だと思いますが、何を書くにしても、リアルとリアリティの違いは意識していたほうがいいでしょう。
主人公を追い込むのが作者の務め
ここまでで何か質問はありますか。
バク 自分の作品についてよく、「主人公が受け身である点がよくない」と言われます。物語の進行によって主人公が変化することと受け身であることの違いを教えてください。
大沢 例えば、主人公は自宅と会社を毎日行ったり来たりしているだけの人間だとします。ある日、会社に行く途中で事件が起こる。しかし、主人公の行動は変わらない。翌日もまた同じことが起こる。やはり、主人公は自宅と会社を往復するだけ。これは受け身ということです。しかし、事件によって主人公が会社に行く前に別の駅で降りたとすれば、これはもう受け身ではない、事件に対応して変化しているからです。普通、人間は何かが起こっても翌日すぐに習慣を変えたりはしません。変えたくなる、あるいは変えざるをえないほど追い込まれる、そういう状況を作るのが作者の務めです。追い込まれた結果、主人公が何らかのアクションを起こせば、これは受け身ではなく変化になる。ポイントは、主人公が考えて行動しているかどうかという点です。
(このつづきは本編でお楽しみください)
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