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連載

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく vol.2

六車由実の、介護の未来 01 面倒に巻き込まれてつながっていく(後編)

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく

介護という「仕事」を、私たちはどれだけ知っているのだろう。そしてコロナという未曽有の災禍が人と人との距離感を変えてしまった今、その「仕事」はどのような形になってゆくのか。民俗学者から介護職に転身、聞き書きという手法を取り入れた『驚きの介護民俗学』著し、実践してきた著者が、かつてない変化を余儀なくされた現場で立ちすくんだ。けれどそんな中で見えてきたのは、人と人との関係性そのものであるという介護。その本質を、今だからこそ探りたい――。介護民俗学の、その先へ。

>>前編はこちら

 ある日の夕方、法人の事務所を訪ね、社長の三国さんに、「ごめんなさい。もう無理です。管理者を辞めさせてください。私は壊れてしまう」と大泣きして訴えた。三国さんは私の置かれた状況をよく理解してくれていて、励ましてくれたが、それでなくても人手不足の現場であるし、管理者という立場上、簡単に辞めるわけにはいかない、とにかくみんなで協力して現場を守っていこう、というのが話し合いの結果だった。
 本連載のどこかで触れることになるだろうが、これまでも追い詰められて、何度か管理者を辞めたい、更にはこの仕事を辞めたいと思ったことはある。でも、緊張と不安と閉塞感とがここまで長期間に及び、ストレスを発散しようにも、外出することすら憚られるような日常を送らざるをえない状態にあること。感染防止というリスク管理によって、利用者に利用制限をせざるをえない状況にあり、そのことによる迷いと自己嫌悪が続いていること。コロナという脅威に対して場当たり的に出される政府や自治体の施策に翻弄されながらも、検査さえ容易に受けられないという現実。そしてプライベートの不運やストレス。幾重にもストレス要因が重なる状態の中で、私は、今までに感じたことのないほどの徒労感と無力感に強くさいなまれてしまった。いくら励ましの言葉をもらっても、一縷の希望を抱くことも、自信を取り戻すこともできなかった。
 かといって、三国さんの言葉を振り切って辞めることもできなかった。微熱と味覚・聴覚障害の症状が出たスタッフは、体調不良の原因が不明のまま不安を抱え、一方で、みんなに迷惑をかけたと自分を責めながらも仕事を続けてくれている。他のスタッフたちだって、もうこれ以上できないほどぎりぎりの精神状態でやっているし、それでも私を支えようとしてくれている。私が今辞めたら、現場は崩壊する。そうしたら、すまいるほーむを生きる希望にして集ってくれている利用者さんたちやスタッフたちはどうなるのか。すまいるほーむをつぶすわけにはいかない。私は、前に進むことも、後に退くこともできず、ただその場にうずくまるよりほかなかった。

面倒なことが始まった

 私の心ははじけて破片が飛び散ったまま、まとまりもなく、ばらばらに体の内側に不愉快にへばりついている感じだった。思考も感情も更に重苦しく凝り固まり、何に対しても反応しなくなった。インターネットやSNSでコロナに関する新しい情報を得るのも、すまいるほーむの様子を発信するのも苦痛になり、アクセスするのを止めた。送迎や入浴介助、排泄介助、食事介助といった仕事のルーティンをただこなして一日をやり過ごすだけ。毎晩8時過ぎまでやっていた事務仕事もほとんどできなくなった。風船がはじけて流れ出した水と共に、この仕事への熱意も面白さも、そして責任感さえもどこかに消えてなくなってしまったかのようだった。私生活でも家族との会話は極端に減り、読書をすることもテレビを見ることさえもできなくなり、何をする気力も持てなくなった。ただかろうじて息をして生きている、そんな感じだった。
 そんな状態が何日か続いたある日の午前中だった。私はその日はお休みで、少しでも気持ちを前向きにできないかと重い体と心を引きずりながら、久々に朝から美容院に出かけた。外出自粛のため美容院に行くのは三か月ぶりで、髪は暑苦しく伸びきっていたので、一時間ほどかけてベリーショートにしてもらった。切った髪の毛の重さ分くらいは少し気持ちが軽くなったものの、外出したことでより一層強くなった疲労感に堪えられなくなり、私は早くベッドで休みたいと急いで自宅に戻ってきた。すると、自宅兼すまいるほーむの玄関アプローチで、六さんが何やら作業をし始めていているのに出くわした。
 六さんは、緑内障の進行によりほとんど視力がなく、昨年の2月からすまいるほーむに一週間に一回通っている79歳の利用者さんである。すまいるほーむから徒歩10分程度の公営団地に奥さんと二人で住んでいる。六さんはわずかばかり残った視力と白杖を頼りに一人で毎朝自宅近くに借りている畑に行き、農作業をするのが日課で、時折、畑でできた野菜や花をすまいるほーむに持ってきてくれたりする。地域や世の中の動きに対する関心も強く、テレビやラジオでニュースを熱心に聞いたり、新聞や本を知り合いやスタッフに読んでもらったりして情報を得ていて、すまいるほーむでもよく政治や社会に対する意見を聞かせてくれるのである。
 そういえば、そんな六さんからだいぶ前に、すまいるほーむの玄関アプローチに朝顔のアーチを作ってもいいか、と聞かれたことがあった。唐突な申し出に戸惑いながらも、既に、コロナへの対応でピリピリとしていた私は、先のことを考える余裕がなかったこともあり、具体的なイメージとか作り方とか道具とかを何も聞かず、「いいんじゃないかなぁ」と生返事をして、そのことをすっかり忘れていたのであった。でも六さんは朝顔アーチの準備を着々と始めていたのだ。



 六さんは、その日は利用日ではなかったが、朝から、園芸用の添え木棒や網、ゴム紐、脚立、朝顔の種を蒔いたプランター等を台車に乗せて運び込んで、畑仕事を時々手伝ってもらっているというご近所の佐藤さんと共に、朝顔アーチを作る作業を進めていた。その日に作業をするとは聞いていなかった私は、その様子に驚くとともに、正直困惑した。今日は疲れ切った心身を休めたかったのに、このタイミングでなんて面倒なことを始めてくれたのか、と憤りさえ感じたのである。
 それでも、できるだけ気持ちを抑えて、「こんにちは、六さん。アーチ作ってくれるの今日だったっけ?」と声をかけた。すると、「もうすぐ暑くなっちゃうから、今朝から始めさせてもらってる。俺たちだけでできるから、いいよ、家に入ってて。今日休みだろう?」と気遣ってくれたが、私には六さんに、心の内を見透かされたかのように思えた。「そう? 大丈夫?」私は今日は休みだし、六さんも利用日ではないんだから、このまま家に入って休んでもいいだろうという気持ちと、六さんたちに任せきりにして、たとえ利用日ではなくとも利用者である六さんが怪我でもしたら大変だから手伝うべきだろうかという、責任感というより、むしろリスク管理的な気持ちとの間で揺れ動き、しばらく立ち尽くしていた。
 そんな私の心のゆらぎを知ってか知らずか、六さんは、その間も淡々と作業を進めていく。軸になる添え木棒をアプローチの両脇に等間隔に立て、地面に突き刺す。そして、それらが倒れないように横棒を通し、縦棒と横棒とをゴム紐で結んでいく。更に、アーチにするために棒を曲線に巧みに曲げて、縦棒の上部に結び付ける。目の見えない六さんは、長年の経験によって培われた技と、手先で触れる感覚でどんどんと作業を進めていく。一緒に来ていた佐藤さんは、六さんの目の代わりになって、棒と棒をつなぐ位置の微調整の指示を出したり、六さんに道具を渡したりしている。二人の絶妙なやりとりと共同作業は、まるで植木職人のようだった。
 とはいえ、目の見えない六さんの行動は時々危なくて、見ていてもハラハラしてしまう。アーチの形が大方出来上がり、今度は何本も連なったアーチの上の部分に朝顔の蔓を這わせる園芸用の網をかける作業になった時、六さんはひょいっと軽快に脚立に飛び乗った。が、バランスを崩して落ちそうになった。私はその瞬間、六さんの腰に手を添えて体を支えていた。
「おっとっと」「うわ、大丈夫? 六さん、私が支えているから」「大丈夫だよ」「まったくもう、気をつけてよ」「わかってる」
 私はもう自室に戻って休むことも、ただ傍観していることもできなくなり、六さんたちの作業を手伝わざるをえなくなった。それは責任感に駆られたわけでもリスク管理のためでもなく、六さんたちの始めた「面倒事」に否応なく巻き込まれていったと言う方がいいだろう。

「面倒事」に巻き込まれることで見えてくるもの

 手伝い始めると、庭仕事は素人である私も口を出したくなる。「この網のかけ方だとアーチ全体に届かないよ」とか、「網の向きが反対なんじゃない」とか。六さんは、「いやいやそんなことはない。これで合っているはずだ」と強引に網を引っ張ったが、やっぱり網はアーチの端まで届かない。「六さん、ちょっと待って、もう一度網をかけるところからやり直そうよ」と私と佐藤さんが少し強めの口調で言うと、六さんはしぶしぶとそれに従い、かけた網を外し始める。いったんアーチにかけた網は、何本もの棒の先にひっかかって絡まってしまっている。またここでも、「そっちじゃなくて、ここが絡まってる」「こっちを外せばいいんだよ」「待って待って、そんなに引っ張ったらだめだよ」とか、暑さと疲労もあって三人でほとんど喧嘩腰にやり合った。
 互いにマスクをしているとはいえ、こんなに接近して大声で言い合うなんて、「新しい生活様式」とは程遠い。それに、利用者とスタッフという関係でありながら、私は全く遠慮なしに六さんを怒ったり、文句を言ったりしている。それに対する六さんの言葉も容赦ない。きっと他所の介護現場で働く人たちが見たら、許されざる光景であるに違いなかった。
 でも、私には、なんだかこうしたやりとりがひどく懐かしく感じられた。そうそう、六さんはこんなふうに強情で、自分の考えは決して譲らない人だったし、私も遠慮なしにものを言っていたっけ。社会問題をめぐり、時々議論をかわし、私の意見を「いや、そうじゃないよ」と否定して六さんが持論を述べて、また、私が「そうかなぁ?」と反論する。そんなこともここ数か月ずっとなかったことに私は気が付いた。六さんも、余裕を失った私に気を遣ってくれていたのかもしれない。
大声で言い合いながら、何度もやり直し、やっとアーチの端から端まで網をかけることができた。網の角についている紐を横棒に結び付け、すでに芽の出ている朝顔のプランター二つを、アーチの両脇に置いた。
 そこにスタッフのまっちゃんがタイミングよく、「お疲れ様、暑かったでしょ」と冷たい麦茶を持ってきてくれた。三人で麦茶を飲みながら、出来上がったアーチを眺めていると、六さんは手でアーチを探りながら少し不満そうに、「まだ足りないな」とつぶやいた。アーチを補強するための次の段取りをもう考えているようだった。私は、体は疲れてその場にへたり込みそうだったが、それでも心は不思議と晴れ晴れとしていた。今まで長い間かかっていた深い霧がぱっと消えて、眼前にくっきりと広大な景色が広がったようだった。



 その景色とは、利用者さんたちもスタッフたちも、自由に言いたいことを言って、したいことをして、時には口喧嘩もしたりして、だけど、互いを思いやって、そうしてみんなが過ごしている、すまいるほーむのかつての日常風景である。それは、「何も変わらない」「穏やかな」日常とは正反対で、良くも悪くも何かしら常に変化があり、そのたびに一人一人の心や互いの関係性がゆらぐような、決して穏やかとは言えない不安定な日常だ。けれど、ゆらぎながら、あるいはゆらぐことで、互いのつながりを作り直したり、深めてきたりしたこともまた確かであり、そんな日常があるのがこの場所だったのだ。だからこそ、利用者さんたちもスタッフたちも、ここで共に過ごすことをよしとしてくれていたのだと思う。そして、たぶん、私が一番この場所を心地よいと感じ、救われてきたはずだった。六さんが始めた予期せぬ「面倒事」は、私にそれを思い出させてくれた。
 コロナ禍の中ばかりでなく、介護現場で働くスタッフたちは仕事でもプライベートでも常に様々なストレスを抱えていて、できれば面倒なことはこれ以上避けたいと思ってしまうものだ。けれど、今回の六さんのように、私たちは、面倒なこと、厄介なことに否応なしに巻き込まれ、一緒に試行錯誤することで、つながり、ゆらぎ、またつながり合ってきた。そうして、すまいるほーむという場所が少しずつ少しずつ形作られてきたのではないかと思う。
 これからも新型コロナウイルスへの恐怖も緊張感もまだまだ続くであろうし、今回のようにそこに重ねてプライベートの問題を抱えてしまい、またいつ辞めたいと思うほど追い詰められてしまうかわからない。でも、だからこそ、このつながりとゆらぎのあるすまいるほーむという場所の意味を改めて今考えなければならない、と強く思う。それは、コロナ禍の中での介護の在り方にはどのような可能性があるのかということと共に、人と人がつながるとはいかなることかを考えるきっかけになるのではないだろうか。そんな期待を抱きながら、本連載を続けていきたいと考えている。
 マロンは、今は食欲も旺盛で、何か要求がある時には「ワン!」としっかりと吠えることができるようになった。怪我以前と同様とまではいかないが、それでも、歩みはしっかりとしてきて、時々1階に下りてきて、利用者さんたちやスタッフから、「マロンちゃん、元気になってよかったね」「マロンちゃん、会いたかったよ!」と撫でられている。



 六さんの朝顔は元気に成長し、見事にアーチ状に蔓を伸ばした。毎朝、何輪もの花が咲き、玄関アプローチを通る利用者さんの目を楽しませてくれている。
 デイルームでは、みんなが気ままに歌を歌ったり、マスクを作ったり、塗り絵をしたり、おしゃべりをしたりしている。そして、時々、喧嘩が起こり、「まあまあ」とスタッフが仲裁に入る。すまいるほーむに心地よい日常が少しずつ戻ってきている。
 私はといえば、そんなすまいるほーむで、これからまたどんなことが起きるか、どんな事態に出くわすのか、それが楽しみに思えるようになり、今もワクワク、ハラハラしながらこの仕事を続けている。

※次回は29日(土)に掲載予定


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