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連載

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく vol.10

六車由実の、介護の未来05 すまいる劇団「富士の白雪姫」(後編)

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく

介護という「仕事」を、私たちはどれだけ知っているのだろう。そしてコロナという未曽有の災禍が人と人との距離感を変えてしまった今、その「仕事」はどのような形になってゆくのか。民俗学者から介護職に転身、聞き書きという手法を取り入れた『驚きの介護民俗学』著し、実践してきた著者が、かつてない変化を余儀なくされた現場で立ちすくんだ。けれどそんな中で見えてきたのは、人と人との関係性そのものであるという介護。その本質を、今だからこそ探りたい――。介護民俗学の、その先へ。

 ◆ ◆ ◆

>>前編はこちら

すまいる劇団「富士の白雪姫」-本番-

 10月20日文化祭当日、午後2時、観客として招待した、私の母と厨房スタッフで母の俳句仲間であるフミさんがすまいるほーむに来てくれた。観客二人はデイルームに隣接する和室に座ってもらい、舞台に見立てたデイルームには、登場人物全員が観客に向かって半円を描いて並んで座った。
 それでは、始まり始まり。


六さんが立ち上がり、拍子木をかんかんかんと打つ
六さん「始まり~始まり~。只今から、すまいる劇団『富士の白雪姫』始まります」
オープニングソング「沼津夜曲」をみんなで歌う

♪上りの下りのあの汽車とめて 沼津いとしや薄化粧
 眉もほのぼの お頭富士に
 そっとかざした そっとかざした 雲の笠 雲の笠

ナレーション「むかしむかしあるところに、とてもかわいくて歌が上手な女の子がいました。富士の高嶺の白雪のようにキラキラと輝いていたので、白雪姫と呼ばれていました」
全員「白雪姫~!」
白雪姫役のハコさん「は~い!」

(ハコさん、とてもかわいらしく返事をしてくれた。)

ナレーション「優しい白雪姫はみんなの人気者でした。そんな白雪姫のお母さんは、背の高いきれいな人で、厳しいけれどたくさんの愛情をもっていました」
お母さん役のタケコさん「白雪姫~!」
白雪姫役のハコさん「は~い、お母さま」
お母さん役のタケコさん「今日のおやつはリンゴですよ」
白雪姫役のハコさん「リンゴ? 好きじゃないなあ」
お母さん役のタケコさん「そんな、わがまま言ったらいけません!」

(「いけません!」とびしっと言うタケコさんに、観客から「上手い!」の声。)

白雪姫役のハコさん「おいしくないよ~」
お母さん役のタケコさん「好き嫌いはいけません。リンゴを食べるまで外に出てなさい!」
白雪姫役のハコさん「え~ん、え~ん」
ナレーション「白雪姫は、泣きながら、千本浜まで走っていってしまいました」
ハコさんは顔に手をあてて泣いている
ハコさんの車いすを黒子(亀ちゃん)が押して、舞台をぐるっと回る。

(観客から拍手が起こる。)

ナレーション「淋しいので、白雪姫は『浜千鳥』を歌いました」
みんなで「浜千鳥」を歌う

♪青い月夜の浜辺には 親を探して鳴く鳥が
 波の国から生まれ出る 濡れた翼の銀の色

スズさんが浜木を拾っている

(浜木は亀ちゃんが千本浜から拾ってきて用意してくれた本物。)

白雪姫役のハコさん「スズさん、何してるの?」
スズさん「浜木を拾ってるだよ」
白雪姫役のハコさん「ああ、なるほど」
スズさん「白雪姫は何をしているの?」
白雪姫役のハコさん「リンゴを食べるまで帰れないの」
スズさん「そうかね」

(大正生まれ同士のやりとりは、あっさりしていている。それがまた面白い。)

ウーさんが、バケツで潮水を汲んでいる動作をする
白雪姫役のハコさん「ウーさん、何をしているの?」
ウーさん「塩を作っているだよ」
ウーさん「白雪姫、何しているの?」
白雪姫役のハコさん「リンゴを食べるまで帰れないの」
ウーさん「歌を歌ってごらん。歌えば食べられるようになるよ」

(最近目が見えにくくなってきたウーさん、黒子の持つカンペに10㎝まで顔を近づけて、一語一語、一生懸命セリフを読んでくれた。)

みんなで「リンゴの唄」を歌う

♪赤いリンゴに唇寄せて 黙ってみている 青い空
 リンゴは何にも言わないけれど リンゴの気持ちはよくわかる
 リンゴかわいや かわいやリンゴ

お母さん役のタケコさん「白雪姫はどこまで行っちゃったのかしら?」
お母さん役のタケコさん「物知りご長寿のきよしさんに聞いてみましょう」

(きよしさん、居眠りをしてしまっている。みんなで「きよしさ~ん、きよしさ~ん」と呼びかけると、きよしさん、目を覚まし、顔をあげた。)

お母さん役のタケコさん「白雪姫はどこへ行っちゃいましたか?」
きよしさん「……」

(黒子のまっちゃんが、「きよしさん、『千本浜へ行ったよ』って言ってみて」と、きよしさんの耳元でささやく。)

きよしさん「せ~ん~ぼ~ん~」

(きよしさん、小さな声だが、歌舞伎のセリフ回しのように言ってくれる。観客から、「きよしさん、すごい!」と拍手が起こる。)

お母さん役のタケコさん「あらそう」

(きよしさんのセリフと、対するたけこさんのあっさりした返事とのギャップに、観客から笑いが起こる。)

お母さん役のタケコさん「千本浜まで探しに行きましょう」
黒子(亀ちゃん)がタケコさんの手を取って、舞台を歩き回る
お母さん役のタケコさん「白雪姫~、白雪姫~、どこかな?」
白雪姫役のハコさん「白雪姫~!」
黒子(まっちゃん)「ハコさんが白雪姫だよ!」
白雪姫役のハコさん「そうだった。ははは(笑)」

(ハコさんも思わず、大きな声で「白雪姫~!」と叫んでしまい、みんなで大笑い。)

白雪姫役のハコさん「は~い、お母さま」
黒子(亀ちゃん)「白雪姫がいました。見つかりましたよ」
お母さん役のタケコさん「リンゴをうさぎさんにしたから食べてごらん」
タケコさん、うさぎの形に切ったリンゴをハコさんに手渡す
白雪姫役のハコさん「あ~りがとさん!」

(ハコさんの元気な返事に観客から大笑い。)

白雪姫役のハコさん「うさぎさんは好きだけど……」
全員「白雪姫、がんばって!」
白雪姫役のハコさん「えい! パクリ。まず~い。ぱたり」
ハコさん、ぱたりと倒れる動作をする
お母さん役のタケコさん「まあ大変。そうだ、看護師の美砂保さんに助けてもらいましょう」
全員「美砂保さ~ん!」
美砂保さん「どうしたの?」
スズさん「白雪姫が倒れてしまったの」
ウーさん「リンゴを食べて死んで……」

(観客から「まだ死んでないよ!(笑)」の声があがり、黒子の亀ちゃんが「死んだように倒れちゃったんですよね」とフォローする。)

お母さん役のタケコさん「どうか助けてください」
美砂保さん「よしよし」
美砂保さん、ハコさんの肩を優しくなでたり、背中をなでたりする
美砂保さん「きっと本当においしいリンゴを食べさせれば、白雪姫は元気になります」
全員「あらそうなんだ。おいしいリンゴって?」
お母さん役のタケコさん「誰か詳しい人はいないかしら?」
美砂保さん「こんな時、あの人が来てくれればいいんだけど…」
アバの「ダンシング・クイーン」が流れる
船に乗った六さんが登場

(船は小道具・カイさんの手作りで、六さんの腰の上にはまるように作られている。)


六さん「どうしたのみなさん?」
美砂保さん「さすらいの料理人、六さん!」
お母さん役のタケコさん「どうかおいしいリンゴの食べ方を教えてください」
ウーさん「塩でよければここにあるよ」
スズさん「燃し木はここにたんとあるよ」
六さん「でもリンゴがないね」
リンゴ売りの少女テンさん登場
黒子(まっちゃん)がテンさんの車いすを押して、六さんへと近づく

(テンさんは、小道具・みよさんが縫ってくれた。パッチワークのリンゴが10個入った籠を抱えている。)

テンさん「リンゴ、リンゴ~。リンゴはいかがですか~。おいしいリンゴですよ」
六さん「何があるの? 種類は」
テンさん「ふじとね、なんだっけっか?」

(黒子のまっちゃんが「つがる」と小声で教える。)

テンさん「つがる! ふじとつがるがあります」
六さん「じゃあ、つがるちょうだい」
テンさん「あ?」

(耳が遠くなったテンさんには聞こえなかった様子に、観客から笑いが起こる。黒子のまっちゃんは「つがるだって」と小声で教える。)

テンさん「いくつあげます?」
六さん「10個だよ。10個でいくら?」
テンさん「いくらだっけ?」

(黒子の亀ちゃんが「2000円って言っておきな」とテンさんにささやく。)

テンさん「1000円!」

(黒子の亀ちゃん、「1000円じゃ安いよ」と小声で。)

テンさん「2000円ちょうだい」
六さん「2000円じゃ高いよ」
テンさん「1個150円だから……1500円でいかがでしょう」
六さん「まだ高い!」
テンさん「生活かかってますからね」

(練習でも出なかった思わぬ言葉に全員から大笑いが起こる。)

テンさん「おまけしますよ。しょうがないからね。1200円にしてあげます」
六さん「それで手を打とう」
テンさん「毎度ありがとう!」

(テンさんと六さんとのやり取りはほとんどアドリブだったが、二人とも仕事柄きっとそれぞれがこんなやり取りをしてきたんだろうと、思わせる程上手だった。)

テンさん、六さんにリンゴが入った籠を渡す
テンさん「おいしいリンゴばっかりですよ」
六さん「じゃあ、焼きリンゴを作ろうかな」
六さん「ちょっとスパイスが足りないな。ローリエあるかな?」
黒子(亀ちゃん)「うみさんが、今日お休みなので、マロンがローリエを持ってきてくれますよ」
六さん「マロンちゃ~ん!」

(マロンがなかなか近寄ってこないので、黒子の亀ちゃんが干鹿肉を見せて誘う。)

マロンがローリエを首輪につけて登場
六さん「マロン、ワンは?」

(マロン、干鹿肉につられて、「ワン!」。)

全員「マロンちゃん、おりこうさん」
六さん、包丁でリンゴの芯をくりぬいて、焼きリンゴを作る動作をする
六さん「できましたよ」
六さん、お皿に載せた焼きリンゴを差し出す
全員「やったー!」
美砂保さん「白雪姫、さあ食べてごらん。おいしいリンゴですよ」
ハコさん、パクリと一口食べるしぐさをする
白雪姫役のハコさん「よいとどっこい、きたこらさ!」
ハコさん、起き上がって元気になる
全員「白雪姫が元気になった。バンザイ!」
六さん「みんなのもあるよ。どうぞ」
ナレーション「こうして、おいしい焼きリンゴをたべて、みんなとりあえず100歳まで生きられるようになりましたとさ。めでたしめでたし」
エンディングテーマ「パプリカ」をみんなで手拍子を打ちながら歌う

(最後に「パプリカ」を歌って締めようと言ったのは六さん。すまいるほーむでは、2歳の娘さんを連れて勤務しているスタッフが中心となって、半年前から、レクリエーションの時間に「パプリカ」ダンスをみんなで練習しているので、馴染みの曲であり、みんな口ずさむことができる。全員から盛大な拍手が起こり、舞台は幕を閉じた。)

 アドリブやハプニング盛沢山のお芝居「富士の白雪姫」だったが、演じる利用者さんも黒子のスタッフも、観客の二人も大笑いして本当に楽しそうだった。
 お芝居が終わった後、昼休みに六さんに作ってもらっていた焼きリンゴをみんなで食べた。おいしい焼きリンゴ。みんな100歳まで元気に笑って生きられそう、そんな気がした。


※次回は12月26日(土)に掲載予定


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