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連載

杉江松恋の新鋭作家ハンティング vol.14

赤塚賞受賞漫画家が書く芸人小説! 『地下芸人』杉江松恋の新鋭作家ハンティング

杉江松恋の新鋭作家ハンティング

書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、自分の子供が芸人になりたいと言い出したらそっと手渡したい一冊。

 赤塚不二夫先生を尊敬している。ゆえに赤塚賞にも憧れの念を抱いている。

 何も説明せずに書いたが、赤塚不二夫先生は戦後昭和を代表するギャグ漫画家である。私が最も愛する作品は『天才バカボン』。赤塚賞はその先生の名前を戴いて集英社が主催しているギャグ漫画の新人賞で、「週刊少年ジャンプ」が発表媒体になっている。

 今回紹介する『地下芸人』(集英社文庫)の作者・おぎぬまXは、二〇一九年に「だるまさんがころんだ時空伝」が第九十一回の赤塚賞に入選、「ジャンプSQ.」二〇二〇年三月号に掲載されて漫画家デビューを果たした。『地下芸人』は、そのおぎぬまXがジャンプ小説新人賞2019フリー部門に応募し、銀賞を獲得した小説家としてのデビュー作である。

 さらっと今「赤塚賞に入選」と書いたが、これはとてもすごいことである。年二回の開催である同賞は二〇二〇年上期で九十二回に到達したが、受賞者のほとんどは準入選留まりで、入選者は過去に六人しかいない。六番目の栄誉を手にしたのがおぎぬまXだったのだ。しかも前回入選が出たのは一九九〇年のこと。第三十二回の受賞者は現在「週刊少年サンデー」に『蒼穹のアリアドネ』を連載中の八木教広だった。つまり二十九年ぶりの快挙だったわけである。SNSで入選が出たとの報を見て私も興奮し、選考結果の掲載号を買うため最寄り駅の売店に走ってしまったほど興奮した。赤塚賞凄い。受賞者は偉い。

 というわけで読み始める前から心の中で極限まで期待値が上がった『地下芸人』なのであった。これでつまらなかったら泉下の赤塚先生に謝れ、とまで思いながら読み始めてしまった。赤塚賞とジャンプ小説新人賞は別物なのに。ごめん。

 だが、おぎぬまXは偉かった。そんな要らないバイアスがあったにも拘わらず、『地下芸人』はきちんとおもしろかったのである。主人公の〈僕〉こと通称オダ、小田貞夫は、中学校からの親友である広瀬涼と〈お騒がせグラビティー〉という漫才コンビを結成し、もう十年になる。十年間ずっと売れていない。題名の『地下芸人』は小説の中盤で出てくる言葉だが、まったく光が当たらない彼らのような立場を言い表わしたものだ。

 冒頭の場面で彼らはテレビ局のスタジオにいる。もちろん出演機会をもらったのではない。売れっ子芸人たちが苛酷な企画に挑むバラエティ番組がある。その「シミュレーション」として、どうすれば安全に企画ができるか、見栄えがよくなるかの実験台として呼ばれたのである。カメラリハーサルのときにただ立っている人がいるが、あれと同じだ。違うのは顔面にバレーボールをぶつけられたり、手を使わないで激辛カレーを食べさせられたりして、身も心も痛めつけられる点である。

 そんな報われない日々を送っているオダに、試練が訪れる。相棒の広瀬が芸人を辞めると言い出したのだ。〈お騒がせグラビティー〉解散である。広瀬とのコンビ以外でまったく活動経験のないオダにとって、それは自身の芸人生命を終わりにしかねない宣言である。かといって、親友が考え抜いた末の決断に口を挟むことはできない。だいたい、オダ自身が最近は芸人としての限界を感じる日々だったのだ。広瀬は月一杯で所属事務所を辞めるという。その期間にコンビとして予定されているライブの出演機会は二回しかなかった。その二回で悔いのない舞台を務めるべく、オダは漫才のネタを考え始める。

 タイムリミットの設けられた物語であり、最終日までにコンビにとっての最良の台本、最高の笑いを考えつけるか、というのが主人公にとっての課題になる。状況設定はよくできていて、もうこれだけでおもしろくなりそうな気がする。誰かと、ではなくて自分自身と闘う話だから、主人公の内面への掘り下げが重要になるだろうということも設定でわかる。あとは肝心要の漫才そのものがおもしろいかどうかだ。雰囲気を盛り上げるだけ盛り上げといて最後が駄目だったらすべては台無しである。この作者センスないね、と言われておしまいである。おぎぬまXはちゃんとハードルを越えた、とだけ書いておこう。

 キャラクターの配置を見ると、周到に準備されているのがわかる。コンビ解散という芸人についての死活問題について、冒頭に同期の〈南極〉が解散した話題が書かれている。広瀬に解散を切り出された後には、ピンでやっている先輩の才造さんが廃業したため、引っ越しの手伝いをしに行く場面が置かれる。才造さんの家にはコントに使った自製の着ぐるみやら大道具やらが山とあるので、それを廃棄しなければいけないのだ。「みんなでやって、とっとと終わらせちまおうぜ」と言う才造さんは「切腹をする際の介錯を頼む侍に見え」る。大量のコントの道具を壊しながらオダは考える。

――どうしてこんなことをしなければいけないのだろうか。

 才造さんは夢に破れた。それだけでもう十分ではないか。なぜ、最後の最後で、自分が今までしてきたことを否定するようなことをしなければならないのか。なぜ、誇らせてくれないのか。なぜ、十三年間芸人を続けた男の最後がこんなにも惨めなのか。(後略)

 考えながらオダが自身の姿を重ねていることは言うまでもない。また、これはすべての夢破れて散っていった者たちの思いでもあるだろう。こうしてオダの分身たちを配置することで、彼にくどくどと心中を語らせないように作者は配慮している。同様に、最後のネタについてもハードルを越えるための工夫はきちんとされている。〈お騒がせグラビティー〉は自分たちと毛色の違う芸人たちと共演する。その舞台模様が、それとなく選択肢を示しているのである。オダがネタを思いついた過程が読者にはトレースできるような書かれ方になっている。つまり、キャラクターの見せ方が合理的である。これはとても大事なことだ。

 巻末にカズレーザー(メイプル超合金)とおぎぬまXの対談が収録されている。おぎぬまXが廃業した元芸人なので、その点についてもカズレーザーが鋭利な意見を述べている。彼の頭の良さがよくわかるので、ぜひ目を通してもらいたい。この対談中にカズレーザーが言及している、現役芸人の井上二郎ことチャーミングじろうちゃんによる漫画『芸人生活』(彩図社)は、本書と併読すると抜群におもしろい作品である。地下芸人のなんたるかをこれほどよく表した作品はない。自分のお子さんが芸人になりたいと言い出したら、この二冊をそっと手渡すべきだろう。

 書き忘れたが赤塚賞受賞作の「だるまさんがころんだ時空伝」も「ジャンプSQ.」を買って読んだ。私は小説読みだからどちらかといえば『地下芸人』が好きだな。たぶんおぎぬまXは漫画を主にして活動していくのだろうが、小説も書き続けてもらいたいと思う。小説の神様もちゃんとあなたを祝福してくれているのだから。いい小説だった。


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