【連載小説】最後の晩餐 ──特殊犯罪に挑む女性刑事たち。 矢月秀作「プラチナゴールド」#13-1
矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
前回のあらすじ
警視庁刑事部捜査三課の椎名つばきは、捜査の失敗から広報課に出向となった。後輩・彩川りおと交通安全講習業務に従事していたところ、通信障害が周囲に発生。現場で二人は携帯通信基地局アンテナを盗みだそうとしている犯人を捕らえた。そのことで椎名は捜査課復帰となり、彩川は異動して椎名とともに捜査を開始した。潜入捜査を強行し、負傷した二人だったが、犯行組織の倉庫や架空企業が判明し、ついに黒幕の存在を突き止めたのだった──。
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もう半年になる。部屋には私物が散見し、ホテルの一室というより、自宅マンションといった様相を呈していた。
その夜、永正はリビングに食事を運んでもらった。いつもは館内のレストランや近隣の定食屋などで簡単に済ませるのだが、その日、テーブルに並んだ食事は豪勢だった。
テーブルの中央に大きなパエリア鍋が置かれ、海産物がふんだんにトッピングされたパエリアがほんのり湯気を立てている。
真直の好きな唐揚げやウインナーもオードブル皿に盛られ、パスタや生ハム、高級具材が
パーティーみたいだね、と、真直は無邪気に喜んだ。
が、歩美の笑顔は
「真直、今日で、ここでの生活は最後だから、しっかり食べるんだぞ」
永正が言う。
「うちに帰るの?」
永正がうなずく。
真直は満面の笑みを見せた。
「好きなものを食べろ」
「うん!」
真直は席を立つと、食事より先にデザートテーブルに走っていった。
歩美は息子に目を向けて
「あなた、何をする気?」
息子を見たまま、小声で
「昨日も話しただろう? 新会社設立のために、もうしばらく自宅を空けると」
「ここへ来たのも、新会社の建設候補地の選定だって言ってたけど」
「そうだよ。けど、ずいぶん歩き回ったんだが、条件の折り合う場所がなかったんでね。茨城まで場所の選定を広げることにしたんだ。コロナで都心の学校は休校やリモート授業が続いたんで、君たちにもついてきてもらったけど、もうそろそろ戻った方がいいかなと考えていたから、ちょうどいいタイミングだと思ってね」
「あなた……。本当のことを──」
歩美が身を乗り出そうとした時、声がかかった。
「ママ! このチョコレート、食べていいの?」
見ると、溶かしたチョコレートを大きなスプーンですくっている。
「そうじゃない! もう……」
苦笑して立ち上がる。
歩美は振り向いて、永正を
「東京には戻るけど、私は納得してないからね」
強く言って、真直の方に駆けていった。
永正はファウンテンタワーから流れるチョコレートと具材を前にして楽しんでいる妻と息子を見て、目を細めた。
そして、胸のうちで、二人がこれから幸せに過ごせるようにと、心から願った。
▶#13-2へつづく