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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.17

【連載小説】 サイバー班蘭子とりおの初対面の結果は? 女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#5-1

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。



前回のあらすじ

盗んだ美術品や骨とう品を売買する窃盗団を摘発する捜査班のチーフを任された警視庁刑事部捜査三課の椎名つばきは、捜査の失敗から広報課に出向となった。合コンが大好きな後輩・彩川りおとコンビを組み交通安全講習業務に従事していたところ、通信障害が周囲に発生。現場で二人は携帯通信基地局アン テナを盗みだそうとしている犯人を捕らえた。そのことで椎名は捜査課復帰となり、彩川は異動して椎名とともに専従捜査班に加わることとなった。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

 翌日の昼すぎ、つばきはりおを連れて、本庁の近くにあるイタリアンレストランに来ていた。
 らんのリクエスト通り、個室を取り、当人を待っていた。
「遅いですね……」
 りおがスマートフォンの画面を見た。予約は十二時半。もう、午後一時を回っている。
「あいつ、一度解析に入ったら、食事も忘れることがあるからねえ。メッセージ、入れとくか」
 つばきもスマートフォンを出した。ショートメッセージを入れようとする。
 と、ドアがノックされた。
「こちらです」
 男性従業員の声がしてドアが開く。
 蘭子が入ってきた。大きなショルダーバッグを抱え、席に着く。
「ごめんなー。ちょっと急ぎの解析が入っちまってさあ。頼んだ?」
「まだだよ。あんたを待ってたんだ」
 つばきが言う。
「先にやっといてくれてよかったのに。まあいいや。私、ペペロンチーノとマルゲリータでいいよ。あ、それとグラスの白ワインを一つね」
「仕事中だぞ」
「気つけに一杯入れた方が、頭がえるんだよ。運転するわけでもないんだし、内勤だし、いいじゃん」
「やめときなって。この頃はコンプライアンスがうるさいからさ。つまんない処分を受けるの嫌でしょ」
 つばきがやんわりと諭す。
「めんどくさいなあ。何でもかんでも、型にめりゃあうまくいくってもんでもないんだけどな」
 ぶつくさつぶやいた後、蘭子はグラスワインをノンアルコールビールに変えた。
「じゃあ、私はジェノベーゼで」
 りおが注文する。
 蘭子はちらっとりおを見て、すぐそっぽを向いた。
「私はカルボナーラ。あやかわ、飲み物は?」
「アイスティーで」
「そう。じゃあ、アイスティーとノンアルビールをもう一つ追加で」
 つばきが頼むと、男性従業員は注文を復唱して下がった。
 ドアが閉まる。少々、緊張した空気が漂っている。
 りおからにじみ出る緊張感によるものだった。先ほどまでリラックスしたように緩んでいた背筋が、ピッと伸びている。
 つばきはりおをいちべつして目を細め、口を開いた。
「昨日、やすたにがチェックした裏求人サイトの解析、どうだった?」
 仕事の話を始める。
「なんか、ちょっとムカつくよ、あいつら」
 蘭子がぶすっとした顔で言った。
「何かあった?」
「いくつかのサイトは生きてたんで、逆探知してやろうと思って追跡プログラムを仕込んだんだけど、途中で消されちゃってさ」
「消されたって、どういうこと?」
 つばきがく。
「サーバにたどり着く前に、サイトごと消したのよ、向こうが」
「追跡しているのがバレたということですか?」
 りおがたずねた。
 蘭子は眼鏡の奥からりおをにらんだ。りおが愛想笑いを浮かべ、それからうつむいた。
「あんた、パソコン詳しい?」
 蘭子がぶっきらぼうに言う。
「普通に使うことはできますけど、詳しいわけじゃないです」
「そこなのよねー、問題は」
 蘭子はため息をついた。
「こういう話をするときにさあ。プログラムなんかの基本を知ってないと、そこから説明しなきゃいけなくなるのよ。それ、正直めんどくさいんだよね」
「すみません……」
 りおは背を丸めてうなだれた。
「私だって、詳しくないけど」
 つばきが助け舟を出す。
しいはどのくらい知ってて、どのくらい知らないかを私が理解してるから、どう話せば伝わるかわかるんでいいんだよ。他の人に話す時はって話。特に、初対面の人に話す場合はそこんとこがわからないから困る」
 蘭子のが止まらない。
 りおはますますうなだれて、肩を震わせた。
 泣いてるのか?と、気になって、つばきが顔をのぞき込もうとした時、いきなりりおが顔を上げた。
 笑っていた。椅子に深くもたれて、蘭子を冷ややかに見つめる。
「あー、やだやだ。こういう人多いんですよねー、技術オタク関係」
「あ?」
 蘭子が片眉を上げて気色ばむ。
「専門用語を並べてだらだらと話して、理解できなきゃ、理解できない人をバカにして嘲笑して。頭いいんだか悪いんだか、わかんなーい」
「てめえ、けん売ってんのか……?」
 蘭子は眼鏡を外した。
 怒ってんな、これ……。
 つばきは大きく息をついた。
 蘭子は怒り出すと、眼鏡を外す癖がある。元々、切れ長の美しい瞳なので、裸眼で睨まれた時はすごみが増す。
 蘭子は前髪をき上げ、りおを睨んだ。
 が、りおはまったく動じず、見返した。
「怒らないでくださいよー。ほんとのことを言ってるだけじゃないですか。ほんとに頭のいい人って、どんなに難解な理論でも、知らない人にわかるように話してくれるものです。それができない人って、技術を理解してないか、もしくは言語能力に問題があるかでしょ? ひきこもりの研究者ならそれでいいのかもしんないですけど、他者に伝えなきゃいけない立場にある人がそれじゃあ困るじゃないですか。相手に知識がないからって、それを問題視して、自分にコミュニケーション能力がないことから論点をらすのは、どうかと思うんですけど?」
 淡々と返す。
 ほお……と、つばきは感心した。
 しゃべり方はともかく、言っていることは大筋間違っていない。
 蘭子に目をやる。奥歯をみしめ、悔しそうだ。
 ドアがノックされた。
「失礼します」
 従業員が料理を運んできた。
 オリーブオイルやバジルの匂いが、ピリピリとした空気を和らげた。
 蘭子は眼鏡をかけた。
「とりあえず、食べようか」
 つばきが割って入る。
 ノンアルコールビールのグラスを持ち上げる。
「専従捜査班に──」
 乾杯をしようと思ったが、りおも蘭子も黙々と食べ始めている。
 つばきはバカバカしくなり、手に持ったグラスのノンアルコールビールを飲んだ。
 蘭子はパスタをそばのようにすすり、左手にはピザを持って口に入れ、ノンアルコールビールで流し込んでいる。
 一方、りおはスプーンの上でくるくるとパスタを巻いて、まとめて口に入れ、静かにしやくしている。
 食べ方も実に対照的な二人だ。
 こりゃあ、水と油かな……。
 つばきはちらちらと二人を見ながら、カルボナーラを堪能していた。
 と、いち早く食べ終えた蘭子が上体を起こした。ベルを押して、ノンアルコールビールを追加する。
 届いたノンアルコールビールをグラス半分ほど一気に飲んだ蘭子は、大きくふうっと息をつき、ゆったりと椅子にもたれた。
「さっきの話だけどさ」
 蘭子がりおを見る。
 りおは食べながら、蘭子を見やった。
「インターネットのアドレスというのは、早い話、住所なの。東京都なか区東中野何丁目、と同じことなのね。で、ネット網というのは世界地図。サーバはホテルと考えてくれればいいかな。見えない誰かを捜す時、そいつが立ち寄ったホテルの台帳を調べるのよ。そこには、相手の名前、IPアドレスのことね。名前と前回立ち寄ったホテル名が残っていて、その線を辿たどっていくのよ」
 蘭子が穏やかに話す。りおは聞きながらしきりにうなずいていた。
「その線を追っていけば、やがて、相手の家の住所がわかる。そこの住人が、捜していた相手ということ。そこまではいいね?」
「はい」
 りおが大きくしゆこうした。
「ところが、今回の相手は、自分の名前を消しただけでなく、ホテル名やホテルの所在地まで、地図上から消してしまったの。存在しなくなった地名やホテル、あんたは捜せる?」
「無理ですー」
「そういうこと。サーバごと撤去されたら、私たちも追いようがない。今回の敵は、そういう手法を取ってきたということよ」
「なるほど。よくわかりました。ありがとうございます。先ほどは失礼しました」
 りおは手を止め、頭を下げた。
「いいよ、まともに話せない技術バカが多いのはほんとのことだから」
 蘭子は残ったノンアルコールビールを飲み干し、立ち上がった。
「ごちそうさん」
「あれ? 解析の説明は?」
 つばきが言う。
「これに入ってるから、あんたらで見て」
 そう言い、椅子に置いたショルダーバッグをポンとたたく。
「今、ちょいとややこしい解析が入ってて、時間が惜しいからさ。また今度、ゆっくり飲ませて」
「じゃあ、うちでやろう」
「OK。彩川」
 蘭子がりおを見た。
「その時は、あんたも来なよ」
「はい」
 りおは笑顔でうなずいた。
 蘭子は仏頂面のまま、出て行った。
 つばきとりお、二人になる。
「よかったねえ、彩川」
「何がです?」
「蘭子、あんたを気に入ったみたいだ」
「そうなんですかあ?」
 りおは大仰に目を丸くした。
「あいつから飲もうというのは、私くらいだからね。少なくとも、あいつ、あんたに興味を持ったみたいだよ」
「うれしいですー」
 ほっこりと笑う。
 こういう時のりおの笑顔は、作り笑顔だとわかっていてもかわいらしい。もはや、身にみついているものなのかもしれない。
「でも、なんでですかね? さっきは怒ってたみたいですけど」
「筋の通ったことをいう人間は嫌いじゃないんだよ、あいつ。回りくどくなく、まっすぐに言ってくる人間もね」
 試したのかもしれないな……とつばきは思ったが、それは口にしなかった。
「まあ、それはそれとして。ちょっと蘭子のバッグ、取ってくれる?」
 つばきは話を変えた。
「ここで見るんですか?」
「せっかく持ってきてくれたんだし、個室だしね。お茶しながら、目を通そう。あんたは食べちゃいな。ゆっくりでいいから」
 つばきが言う。
 りおは「はい」と返事をして、いったん席を立ってバッグをつばきの脇に置き、自席に戻った。またゆったりとパスタを丸め始める。
 つばきは残ったパスタを平らげ、椅子をずらして、テーブルの空いたところにバッグの中のファイルを積み始めた。
 ファイルは四冊あった。
「すごい量ですね」
 りおが言う。
「たぶん、これでも少ないくらいだよ。蘭子は調べるとなったら、百科事典を作れるくらい徹底して調べるからね。私たちに必要なところだけ抜き出してくれたんだよ」
「できる人なんですね」
「ああ、性格はともかく、仕事はできるよ」
 つばきは話しながら、1と書かれたファイルを開いた。
 安谷の証言で判明した裏求人サイトの調査報告がファイリングされていた。
 十二件のうち五件が、同じ者が運営しているサイトではないかと分析している。
 プログラムのソースを比べたり、回線のルートを解析したりした結果だ。細かい部分はわからないが、同一とする根拠がそれらの中にあるのだろう。
 さらにそのうち一件のサイトはまだ稼働していて、サイトにアクセスした者の追跡調査も行なわれていた。
「これはすごいな……」
 つばきは思わずつぶやいた。
 追跡調査で判明したのは三人。男性二人に女性一人。いずれも二十代で、氏名と住所も判明している。一つの手掛かりにはなりそうだ。
 別のファイルを開いてみる。
 ファイルナンバー3には、しながわ駅の防犯カメラ映像の解析結果が記されていた。
 安谷が窃盗の前金、もしくは支度金を受け取ったトイレに、犯行前の数日間に出入りしていた者の中から、五名の男がピックアップされていた。
 それは、きちじようの逮捕現場付近の映像と照合して、特徴が似ていると判定された者たちだった。
 彼らの中に、安谷に金を渡した者がいるとは限らないが、重要な情報ではあった。
 2と4のファイルは、各情報を補足するものだった。
 つばきが一通り、ファイルに目を通したころ、りおはようやく食事を終えた。紙ナプキンで口元を押さえて拭い、アイスティーのストローをくわえる。
 つばきはファイルをバッグに入れ、立ち上がった。
「ほら、のんきに座ってないで、行くよ」
「ちょっと待ってくださいよー。まだ、アイスティーが」
「さっさと飲んでしまいな」
 つばきは自分のバッグも取って、先に個室を出た。
「待ってくださーい!」
 りおはズズッとアイスティーを吸い上げ、急いで後を追った。

▶#5-2へつづく
◎第 5 回の全文は「カドブンノベル」2020年11月号でお楽しみいただけます!


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