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連載

加藤実秋「メゾン・ド・ポリス」 vol.6

こんな警察小説見たことない! 元刑事のおじさんたちは、老眼、腰痛、高血圧。でも捜査の腕は超一流! 加藤実秋『メゾン・ド・ポリス5 退職刑事と迷宮入り事件』#6

加藤実秋「メゾン・ド・ポリス」

加藤実秋さんの大人気警察小説シリーズ最新作、『メゾン・ド・ポリス5 退職刑事と迷宮入り事件』が、5月22日(金)に発売されます。
老眼、腰痛、高血圧。でも捜査の腕は超一流のおじさん軍団×新人女性刑事が追うのは、12年前の〈未解決〉名医殺害事件! さらに本作では、退職刑事のシェアハウスの誕生秘話も明らかに!? 刊行に先駆けて、第一話をカドブンで特別公開します!(こちらは「カドブンノベル」2020年4月号に掲載時の内容になります)
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>>前話を読む

 惣一郎は迫田とともに遠藤を起き上がらせ、ワゴン車に乗せた。その間にひよりは署に連絡し、遠藤を確保したと報告した。
 遠藤は無抵抗なものの押し黙り、ワゴン車の後部座席に座っていた。それでも迫田が車道に飛び出した件に関して「無事でよかった」と喜び、ひよりと藤堂がワゴン車にあった救急箱で擦りキズを手当てしてやると、ぽつりぽつりと質問に答えだした。
 仕事をバリバリとこなし厳しいが根気よく指導してくれる橘さんに、遠藤は好意を抱くようになった。しかし物心ついた時からモテて、女性とは「告白されて付き合ったことしかなかった」という遠藤は、橘さんにどう気持ちを伝えたらいいのかわからない。それでも勇気を振り絞り、会社の飲み会の帰りに二人になった時に告白をしたが、橘さんには「年下は趣味じゃないから」ときっぱり断られたそうだ。だが諦めきれずおもいは募り、橘さんが帰宅したり仕事中に外出したりすると、タイミングをずらして自分も会社を出て後を付けたり、物陰から見つめたりするようになった。惣一郎たちが現れたことで一度はやめたストーカーだが、「捜査は打ち切りになった」と聞き、我慢できずに再開してしまった。昨夜と一昨夜は帰宅後再度外出した橘さんが戻るのを待ち、街灯の陰から部屋を見ていたらしい。
 しかし今夜は三十分近く経っても動きがなかったため、「もう外出はしないだろう」と判断したが橘さんが出て来て鉢合わせ、という流れだ。その橘さんが実はひよりだったことは、遠藤は逮捕されるまで「全然気がつかなかった」と語った。
 間もなく生活安全課が到着し、遠藤は署の車に乗せられた。事情を説明するためにひよりも同乗し、車は柳町北署に向かった。惣一郎たちはレンタルDVDショップに橘さんを迎えに行き、ワゴン車の中で事情を説明した。橘さんはショックを受け、目を見開いたり声を張り上げたりしたが、説明を聞き終えるとこう訊ねた。
「告白ってまさかあれ? 飲み会帰りに歩いてたらお互い付き合ってる人はいないって話になって、いきなり『僕は橘さん、いいですよ』って言われたんですよ。それって、『橘さん、いいですよ』って意味でしょ? だからカチンと来て、『年下は趣味じゃないから』って返したんです」
「そうでしたか。遠藤からは、告白の内容までは聞いていませんでした」
 後部座席で迫田が返した。隣の橘さんは「納得がいかない」といった顔だ。と、藤堂が助手席から身を乗り出して言った。
「恐らく遠藤は、『僕は橘さん、いいですよ』と言ったつもりだったんでしょう」
「はあ!? なにそれ」
 橘さんが声を張り上げ、三列目の座席で居眠りをしていた伊達が驚いて目を覚ました。白衣の襟を整えながら苦笑いし、藤堂は続けた。
「『が』を言えなかったところに、遠藤の自己保身及び発言に対する責任回避思考が表れていますね。ただこれは昨今の若者に共通する傾向で、たとえば『普通にいい』とか『なしよりのあり』とかいった表現も──」
「要は度胸がなかったってことだろ。はっきり言わねえから、いろいろめ込んでストーカーなんかになっちまうんだ」
 顔をしかめ、スーツの胸の前で腕を組んで迫田が断言する。その顔を見返し、橘さんはぽつりと言った。
「だから遠藤くんがボディガードをやってくれてた間は、ストーカーの気配を感じなかったんだ。そりゃそうよね……じゃあ、うちに侵入したのもあいつ?」
 最後は「あいつ」呼ばわりし、橘さんはおじさんたちの顔を見た。
「恐らく。遠藤は『尾行やじっと見ていたのは認めるけど、合いカギを作って忍び込んだりはしていない』と主張していますが、罪を少しでも軽くしようと考えたんでしょう。署で取り調べを受ければ全部認めますよ」
 迫田は答え、苦々しげな顔をした。さっきの遠藤の様子を思い出したのだろう。「その通り」と言うように、藤堂も頷く。一方で、惣一郎は違うことを考えていた。しかし被害者の前で別の捜査員、しかも先輩の発言を否定する訳にはいかない。頭を巡らせ、惣一郎は運転席から後ろを振り返った。
「橘さん。申し訳ないんですが、もう一度だけご自宅を見せていただけませんか?」
「えっ。なんで?」
 橘さんが怪訝そうに眉を寄せ、迫田も咎めるような目を向けてきた。
「念のために確認したいんです。犯人は遠藤という前提で調べれば、犯行を裏付ける証拠が見つかるかもしれない。すぐに済みますので、お願いします」
 惣一郎が頭を下げると、橘さんは「すぐに済むなら」と嫌々ながらも承諾してくれた。礼を言い、惣一郎はワゴン車を出した。アパートの前にワゴン車を停め、橘さん、惣一郎、迫田、藤堂でエントランスに入った。また寝てしまった伊達は、車内で待っていてもらう。
 藤堂と話しながら階段を上る橘さんの後に続いていると、迫田が顔を近づけてきた。
「どういうつもりだ?」
 広げた扇子で口を隠しつつ、視線で橘さんの様子を窺っている。惣一郎も声を小さくして答えた。
「僕には遠藤がウソをついているようには思えませんでした。尾行とじっと見るというのは、ストーキングの初期段階です。そこから迷惑メールや無言電話、侵入や暴力などにエスカレートしていく。尾行からいきなり侵入というのは唐突すぎる気がします。ましてや遠藤は、迫田さんが言っていたように度胸がない」
 惣一郎はさっきの遠藤を思い出していた。うろたえ、怯えてもいたが「合いカギなんて作ってないし、侵入もしていません」と訴えてこちらを見る眼差しはまっすぐで必死だった。
「度胸がないからこそ唐突なことをするんだろ。ずっと受け身で女と付き合って来たから自分で動く時はどうするかわからなくて、極端な行動に走ったんだ」
「そうかもしれません。しかしもし遠藤の犯行でなければ、侵入犯は野放しということになります」
 橘さんの耳に入れる訳にはいかないので、惣一郎も前を窺い、声をさらに潜めて告げた。
「だからって、部屋を見てなにがわかるんだ。さんざん調べたじゃねえか」
 眉をひそめて迫田は返し、身を引いた。
 二階に着き、廊下を進んだ。間もなく午前零時だが、並んだドアのどれかの中からテレビの音声らしきものがかすかに流れてくる。橘さんが解錠して部屋のドアを開け、みんなで中に入った。テーブルの脇で立ち止まり、橘さんがこちらを振り向く。
「失礼します」
 そう告げて、惣一郎は橘さんの脇を抜け奥に進んだ。みんなの視線を感じながら窓や棚、クローゼットを調べた。手がかりがないのはわかっていたが、こうしているうちに次の手が浮かぶかもしれないと思ったからだ。しかしなにも浮かばず、惣一郎はみんなに向き直った。なにか言おうと橘さんが口を開いた時、テーブルが惣一郎の目に入った。合板の丸く白いテーブルに載っているのは、ノートパソコンと書類、文房具。前に来た時と同じだ。
 と、言うことは。ひらめくものがあり、惣一郎はテーブルに歩み寄って訊ねた。
「先日お邪魔した時に、侵入があった後テーブルに置いたものの位置が変わっていた、とおっしゃっていましたよね?」
「ええ。シャーペンと消しゴムの場所が入れ替わっていて、パソコンもテーブルの少し奥に動いていました。もしかしたら書類も」
「書類?」
「侵入があった日の前の晩に半分ぐらいまで読んで、『続きは明日読もう』って、そのままテーブルに置いて寝たんです。でも侵入があった後に見たら、もっと手前のページが開かれていました。すごく眠たかったから、思い違いかもしれないんですけど」
「それがこの書類ですか?」
 テーブルを指して問うと、橘さんは首を横に振った。
「違います。気持ちが悪くて、読むのをやめてしまっちゃいました」
「差し支えなければ、その書類を見せて下さい」
 強い口調で頼むと、橘さんは棚に向かった。引き出しを開け、クリアファイルを取り出す。こちらに戻りながらファイルから書類を抜き取った。
「どうぞ」
 藤堂が白衣のポケットから出した白手袋を渡してくれた。礼を言って白手袋を両手にはめ、橘さんから書類を受け取った。
 A4のコピー用紙が十枚ほどホチキスで留められている。ざっと目を通すと、イベントの収支報告書のようだ。前半のページの何カ所かに赤線が引かれたり、橘さんの字とおぼしき書き込みがされたりしていた。
「普通の書類じゃねえか」
 迫田が言い藤堂も、
「データに問題があるなら、じっくり解析しないとわからないね」
 とコメントした。心の中で同意し、惣一郎は書類を閉じた。ダメ元で表紙を眺めていて、あることに気づいた。
「これ。ホチキスを留め直していますね。橘さんがやったんですか?」
 惣一郎は訊ね、片手で表紙を橘さんに向け、もう片方の手で表紙の左上の角を指した。そこに、橘さんがぐっと顔を近づける。
 左上の角にはホチキスの針が留められていた。長さ一センチほどで銀色の金属製の、ありふれたものだ。針の両端の下には針が書類を貫通した時にできる、ごく小さな丸い穴が開いている。しかし目をこらして見ると、その穴と半分重なる形で脇に別の穴があるのがわかった。
「本当だ。でも、私はやってません」
 驚いて顔を上げ、橘さんが答えた。その眼前に惣一郎は書類を差し出した。
「見直して下さい。おかしなところはありませんか?」
 受け取って橘さんはページをめくり、書類に並ぶ文字や数字に視線を走らせた。
「ないと思いますよ。とっくに終わったイベントで、参考までに目を通してただけで──あれ」
「どうしました?」
 問うたのは迫田だ。その勢いにたじろぎながら、橘さんは書類の後ろから二ページ目を開き、こちらに見せた。人差し指でページの中央の表に並んだ数字を指す。
「うちの会社はこういう表を作るのにパソコンの表計算ソフトを使っているんですけど、二カ月前に新しいバージョンのものに変えたんです。そうしたら数字を入力する時に同じ書体を選んでも、これまでと微妙に雰囲気が変わっちゃって。私は古いバージョンの方が好きだったから見分けがつくんですけど、このページの表の数字だけ新しいバージョンの書体が使われているんです」
 言いながら、橘さんは後ろから三ページ目をめくった。惣一郎、迫田、藤堂が争うようにして覗くと、確かに三ページ目の数字は二ページ目に比べると線がやや細く、「2」や「5」などのカーブの部分の膨らみが小さい。
「後ろから二ページ目の表だけが新しいバージョンのソフトで作られた、ということですか?」
 惣一郎の疑問に、橘さんは首を傾げた。
「でもこの書類は一昨年おととしのイベントのものです。だから表も全部古いバージョンのソフトで作ったはずなんですよ。なんでだろう。おかしいですよね」
 答えを求めるように、橘さんは三人のおじさんを見た。書類を凝視しながら固まっている迫田に、藤堂が囁いた。
「いまいち話の流れについて行けてないでしょ? 解説しようか?」
「バカにするな! ちゃんとわかってる」
 すかさず迫田がキレ、惣一郎はチノパンのポケットからスマホを出してひよりの番号を呼び出した。

 翌日、午後一時。惣一郎はひより、迫田、藤堂、伊達と青天社を訪れた。
「ああ、刑事さん。この度は申し訳ありません」
 オフィス内を進むと、真っ先に深谷さんが自分の席から立ち上がった。向かい側で橘さんも席を立つ。他の社員たちが仕事の手を止めて、不安そうにこちらを見た。
 深谷さんと佐々間さんが惣一郎たちをオフィスの奥に案内する。橘さんも付いて来て、後ろでひよりが「この先は私たちに任せて下さい」と小声で告げるのが聞こえた。「はい」と返した橘さんだが声は硬い。橘さんは今朝、出勤前に柳町北署で事情聴取を受けている。
 奥の打ち合わせ用と思しきテーブルにみんなで着いた。
「遠藤の件は橘から聞きました。みんなぼうぜんとしてしまって。ご迷惑をおかけしました」
 困惑気味ながらも丁寧に、深谷さんが頭を下げた。隣の佐々間さんと、その横の橘さんもそれに倣う。
「遠藤さんについては、今後は署の生活安全課の者が応対します。今日は別件で来ました」
 ひよりが告げると、深谷さんと佐々間さんは怪訝そうな顔をした。ひよりは足下に置いたバッグから書類を出し、テーブルに置いた。
「これは橘さんの自宅アパートに何者かが侵入した日に、部屋のテーブルに置かれていた書類です。二年前に横浜で行われたがん検診のけいもうイベントの収支報告書で、今年同じイベントを担当することになった橘さんが参考にしようと、社内にあった原本をコピーして持ち帰ったそうです」
「ええ。聞いていますけど」
 深谷さんが言い、橘さんに目をやった。橘さんは身を硬くして前を向いている。
「この書類の表は、バージョンアップする前の古い表計算ソフトで作成されたそうですね。ところがこのページの表だけ数字の書体が違う。新しいバージョンのソフトで作られたからです。昨夜、署で同じソフトを使って確認したので間違いありません」
 言いながら、ひよりは書類の後ろから二ページ目を開いて表を見せ、続いて別のページも見せた。「いいですか?」と言って佐々間さんが書類を受け取り、ページをめくったり戻したりする。
「確かに数字の書体が違いますね。変だな。この表は、イベントのポスターやチラシを作ってもらった印刷所とデザイン事務所に支払った代金の明細で、金額には問題はないと思いますけど」
「ちょっと貸して」
 佐々間さんから書類をもらい、深谷さんもチェックする。ひよりは続けた。
「でも、その表が差し替えられたものだったら? 二年前に古いバージョンのソフトで作られた表の金額には問題があり、それが露呈するのを恐れた何者かが橘さんの部屋に侵入し、新しいバージョンのソフトで作り直した表が載った書類と差し替えたんです」
 これはすべて、昨夜惣一郎が電話で伝えた推測だ。ひよりはすぐにアパートにやって来て橘さんに事情を聞き、惣一郎たちと事件を一から考え直した。
「部屋に侵入したのは遠藤なんでしょう? それに二年前に明細を作ったのって」
 佐々間さんがうろたえて口ごもり、代わりに深谷さんが口を開いた。
「明細は私が作りました。でも、言われたようなことは一切していません」
 困惑しながらも、きっぱりと否定した。その顔を惣一郎とひより、迫田と藤堂が見返し、伊達はコーヒーをすすっている。深谷さんに書類を返してもらい、ひよりは話し続けた。
「そうおっしゃると思って、先ほどこの明細に記載された印刷所とデザイン事務所の社長さんに会いました。どちらも『深谷さんに命じられて、本来の代金を水増しした金額を請求していた。代金が支払われた後、水増し分を深谷さんの口座に振り込んでいた。同じことが複数回あった』と話しています。水増し金額は一社当たり約五万円です」
「そんなバカな。事実無根です」
 小さな目を見開き、深谷さんは体の前で手のひらを大きく横に振った。この反応も想定内だったようで、ひよりはさらに言った。
「でも別のデザイン事務所一社とカメラマン一名も、あなたが制作部にいた頃に水増し請求を命じられ、お金を振り込んだと証言していますよ。『拒否すると取引をやめるとほのめかされた』とも言っていました」
 目を見開き手のひらを体の前に上げたまま、深谷さんが固まった。隣の佐々間さんも、ぽかんとして動かない。
 惣一郎から書類の差し替えについて聞き、ひよりが水増し請求を推測した。ひよりは「他の取引先に対しても行っていたはず」とも言い、橘さんに青天社と付き合いのある印刷会社やデザイン事務所を教えてもらい、今朝みんなで手分けをして話を聞きに行った。
「三週間前。あなたは、橘さんが二年前のイベントの収支報告書を見直していると知りました。一社当たりの金額は多くないし、これまで水増し請求はバレなかった。しかし橘さんは真面目で仕事熱心です。違和感を覚えて、あなたが手がけたイベントの収支報告書を全部見直してしまうかもしれない。そうなったら終わりです。ちょうどその頃、あなたは橘さんからストーカー被害の相談を受けていた。そこで橘さんのバッグからカギを持ち出して合いカギを作り、部屋に侵入して書類を差し替えたんです。もし侵入に気づかれてもストーカーの仕業だと思わせられますから。もちろん問題の明細は数字を変えて作り直しましたが、表計算ソフトの書体が変わったことは知らなかった。ちなみに橘さんの部屋に侵入があった日、あなたは体調不良を理由に会社を早退していますね」
 淀みなく、ひよりが推測と事実を告げる。無表情で、さすがにこういう時には頭の中を顔に出さない。一方橘さんは自分の名前が何度も出て緊張の面持ちだ。
「違います。あの日は本当に具合が悪くて。私は合いカギなんて作ってないし、橘の部屋に侵入もしていません。水増し請求の件も含めて証拠はあるんですか?」
 困惑というより傷つき悲しんでいる様子で、深谷さんは問うた。

(つづく)

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