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連載

逸木 裕「空想クラブ」 vol.16

【連載小説】「そんなことであいつが死んだなんて、たまらねえよ」少女の死の真相は? 青春ミステリの最新型! 逸木裕「空想クラブ」#16

逸木 裕「空想クラブ」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

「こんにちはー、突然すみません。俺たちいま、中学の社会科研究で、笹倉市の人の住民アンケートやってんすよ。五分くらいでいいんで、ちょっとお話聞かせてくれませんか? あ、オーケーですか、ありがとうございます! これ、お礼のあめです」
 隼人がお辞儀をするのに合わせて、ぼくはタブレットを持ったまま頭を下げる。
 相手は、母さんより少し若いくらいの女の人だ。笹倉市に何年住んでいるのか、好きなところと嫌いなところはどこか、商店街とショッピングモールはどっちを使うことが多いか。女の人が答えるのに合わせ、ぼくは回答をタブレットのメモ帳に書き込んでいく。
「あと、最後の質問なんですけど、笹倉市は真ん中にあらかわが流れてますけど、何かそれで困ってることとかってありますか? 移動が面倒くさいとか、変な臭いがするとか」
「向こうに行くのに橋を使わなきゃいけないのは、まあ不便だよね。臭いは、感じたことないな。そういう苦情が出てるの?」
「川が生臭いって話、よく聞くんですよ。音はどうですか? 河原で子供が騒いでてうるさいって話も、よく出てるんですけど」
「子供? そういう印象はないなあ。夏に花火をやってる子たちはいるけど、困ってるほどじゃないし」
「あー、そうですか。あ、あと、ちょっと変な質問ですけど、こういう子、見たことないですか? この辺に出る、有名なお化けらしいんですよ」
 隼人はアプリで作った〈子供〉の似顔絵を見せる。茶髪の少女のアバターを見ながら、女の人は困ったように首を振った。
「変な質問ですみません。助かりました、ありがとうございます!」
 隼人は可愛らしい笑顔を振り撒き、少し大げさに腰を曲げる。ぼくも慌てて頭を下げた。去っていく女の人は、手伝えてよかったという顔をしていた。
「隼人さあ……そういうの、どこで覚えるの?」あきれ半分にぼくは言う。
「そういうの、ってなんだよ」
「その話しかたと笑顔。どうやったらそんなにさわやかに話せるわけ?」
「どうやったら遠くの光景を見ることができるわけ?」
 隼人は不敵に微笑んで、軽くぼくのおなかを小突く。全く、本当にかなわないな。
 今日は日曜日だ。昨日から、隼人と合流して川沿いのマンションで聞き込みをしている。
 真夜が転落したあたり、川の両側には合わせて十一棟のマンションが建っている。昨日と今日とで聞き込みを進めているけれど、まだ話を聞けたのは全住人の四分の一くらいだ。
 ただ、この結果は上出来だろう。隼人のお父さんが商工会のコネを使って、一棟のマンションの理事を紹介してくれたのだ。そこから多くの住人に話を聞けたことに加えて、隼人の異常な会話能力のおかげで、聞き込みは順調に進んでいた。
「ちょっと休憩すっか」
 ぼくたちは道路を渡り、土手を登って川側の斜面に腰を下ろした。お前も飲めと、水筒のコップを外して紅茶を注いでくれる。いい匂いだ。口に含むと強めに甘さがついていて、疲れた身体に染み渡っていく。
 遠く離れた河原に、圭一郎と真夜が並んで座っていた。
 ディズニーのアニメが観たいと真夜が言ったので、圭一郎がタブレットを持ち込んで一緒に『ベイマックス』を観ているのだ。〈怪我のせいで絵は描けないし、インプットに時間割こうと思ってたから〉と、圭一郎は進んで協力してくれた。
「平和だな」
 川を見下ろしながら、隼人が言う。
「人ひとりがあの川で死んだのに、かさぶたが治ったみたいにいつも通りだ。俺たちが死んでも、こんな感じで、何事もなく日常が続いていくんだろうな」
「そうかもね」
 川のみなに太陽光があたり、キラキラと乱反射している。向こうの河川敷にある野球場では少年野球の試合をやっていて、子供と大人が歓声を上げている。この光景にタイトルをつけろと言われたなら「平和」とか「日常」とかになりそうなくらい、平和な日常だ。
「でもさ、真夜だけじゃないよな。この景色の中じゃさ、きっと毎日、色んな人が死んでる。ひょっとしたら、こうやって話してる間にも。あの家とか、マンションの中とか」
「たぶん、そうだね」
「変わらない景色だと思ってても、見えないところでは色々動いてんだよな。毎日知らないところで何十人何百人の人が死んでるし、でもそれはかさぶたが治るみたいにいつの間にかいつもの日常に戻っちまう──当事者になってみて、そのことがちょっと判った」
 隼人が感傷的なことを言うのは珍しかった。真夜の死に触れて、彼も世界の見方が少し変わったのかもしれない。
「〈子供〉も、この風景の中にいるといいんだけどな」
 隼人の声が、硬くなった。
〈《子供》は、いじめられてたんじゃないか〉
 あの夜、隼人の立てた仮説はそういうものだった。
 ぼくが驚いたのは、真夜も隼人と同じ考えだったことだった。間髪れずに、私もそう思ってたと答えたのだ。
 夜の川に入れ。いいと言うまで出てくるな。
 茶髪の〈子供〉がそういういじめを受けていたのなら、色々と話の辻褄が合ってくる。
 あの夜、〈子供〉は河原につれてこられ、川に入らされた。〈子供〉は〈助けて!〉と叫んでいたが、それは通行人に向かって言ったのではなく、河原の闇に潜んでいたいじめっ子たちに言っていたのだ。真夜はほかに誰も見なかったそうだが、夢中で走っていて周りが見えていなかっただろうし、川岸には背の高い草むらがぽつぽつとあって、その中に身を隠そうと思えばできる。
 そこに、真夜がやってきて、川に転落した。子供たちは慌てて、全員で逃げた。溺れていなかったので川から上がることができたし、その出来事に全員で口をつぐんでいるから、名乗り出てもこない。
〈まだ確信が持てなかったから、そのことは言わなかった〉
 と真夜は言っていた。ただ、もしいじめならば、圭一郎の似顔絵を待たずとも〈子供〉を見つけだせるかもしれない。同じようないじめが繰り返し行われていたのなら、現場を目撃した人もいるかもしれないからだ。
「ムカつくよな」
「何が」
 隼人を見たところで、ぼくは驚いた。彼の目が、少し赤くなっていた。
「真夜が見たのがいじめだったんなら、真夜はくだらない連中のせいで死んだことになるだろ。そんなことであいつが死んだなんて、たまらねえよ」
「うん」
「木の枝を踏んだんだっけ? そんなところにそんなもんがなければ、真夜はまだ生きてたかもしれなかったのに」
「うん……」
「真夜が割り切ってるのが、また、たまらねえわ」
〈あの子を、助けてあげて〉
 真夜は最後に、そう言った。
〈もし仮説が正しいのなら、あの子の「助けて」って願いは、まだ解決してない。私はもしかしたら、あの子を助けるために〈空想次元〉に取り残されたのかもしれない。あの声を、誰かに、伝えるために〉
 ──真夜は、強い。
 河原で再会してから、ずっとそう思っている。自分が大変なのに、死の原因になってしまった〈子供〉のことを案じていて、いまの境遇を抜けだそうと前向きに頑張っている。
 真夜が報われるよう、力になりたい。ぼくの中で、そんな気持ちがどんどん強くなっている。
 隼人は立ち上がり、気合いをいれるようにパンパンと自分の頰をたたいた。
「おし、再開すんぞ」
「うん」
「見つけような、〈子供〉を」
 隼人はスマホを握りしめ、土手を下りだす。ぼくはそのあとに続こうとして、河原を振り返った。
 圭一郎と真夜が、肩を並べて映画を観ている。昔のぼくたちも、よく河原に集まって、めいめいに好きなことをして過ごしていた。でも、あのころのぼくたちと、いまのぼくたちは違う。真夜を見ることができるのはぼくだけで、以前はいたはずの涼子もいない。
 もっと早く集まれていたら──。
 でも、それは無理だったと思う。なかむつまじかった空想クラブは、あの日を境に歯車が狂ってしまったからだ。決定的に壊れたバランスは、二年以上が経ったいまも戻っていない。
 ──あの、〈稲妻の日〉を境に。
 川は穏やかに流れている。あの日の川は、巨大な蛇がいずり回るように、グロテスクにうねっていた。

 二年半前の五月、小学六年生のときのことだった。
 隼人の家がある商店街の中に、〈めがね公園〉と呼ばれている公園があった。小さな広場の中心にコンクリートの遊具があって、その下部にふたつの半円形のトンネルが、眼鏡のように並んでいた。
 ある日、空想クラブのメンバーでその公園に差し掛かったとき、遊具の左目のところに、三毛猫が住み着いているのを見つけた。
「さくら猫だね」
 カットされた左耳を指差して、真夜が言った。さくら猫というのは地域猫の通称で、野良猫を捕まえて避妊手術をしたあと、もとの場所に戻したものを指すらしい。猫は少しおびえたようだったけれど、人にれているのか、逃げたりはしなかった。
「ここで誰かが飼ってるのか? 餌はどうしてるんだ」隼人が言った。
「たぶん、ボランティアの人が、餌とかふんの管理してると思うけどね」真夜が返す。
「可愛いなあ。人懐っこいね」涼子が声を上げる。
「こんなに近くにきてくれるんなら、スケッチできるかも」これは圭一郎の台詞せりふ
「ちょっと君たち、あんまりで回しちゃ駄目だよ」
 公園の入り口から、熊のように大きな男性が声を飛ばしてきた。
「その子はアルトって名前だ。TNRをして、先週くらいからここに戻ってる。いまは環境に慣れてる最中だから、少し遠巻きに見守ってくれよな」
 餌やりやトイレの世話をしているボランティアの人だった。TNRというのは、捕獲Trap避妊Neuter元の場所に戻すReturnという意味らしい。近隣に五匹くらい地域猫がいて、ボランティアグループが巡回して世話をしているそうだった。
「どうして、アルトって名前なんですか?」
 真夜が聞いた瞬間、三毛猫が一声鳴いた。その声を聞いて、ぼくたちは瞬時に理解した。愛くるしい顔に似合わず、アルトの声は、ドスの利いた低音アルトだったからだ。
 それからぼくたちは、アルトに夢中になった。
 餌はきちんとボランティアグループで管理しているから、勝手にあげないように。トイレの掃除は、手伝ってもらえると助かる。おもちゃを持ち込んで遊ぶのはOKだが、きちんと持って帰ること。おじさんに言われたルールをぼくたちはしっかり守って、アルトと遊ぶようになった。
 アルトは、気分屋だった。昨日まで猫じゃらしに目の色を変えて食いついていたのに、次の日になると見向きもしない。おなかを撫でさせてくれることもあれば、頭を撫でようとしただけでパンチで振り払おうとしたりもする。
 くるくると変わる気分の中で、低音の声だけは変わらなかった。どんなに振り回されても、アルトがひと鳴きするだけで全部許せてしまう。「アルトはずるい子だね、ずるくて、可愛い」真夜のコメントが、あの猫をよく表していたと思う。
「なかなか飼い主が見つからんな。まあ、この公園はカラスもこないし、ここで天寿を全うさせてやってもいいんだが……」
 ボランティアのおじさんはいつも「いい人が見つかったら教えてくれよ」と言っていた。ぼくたちは「はい」と言いながらも、誰も探そうとしなかった。実際に誰も引き取ることはできなかったし、みんな口には出さなかったけど、ずっとここでアルトと遊びたかったのだ。

 事件が起きたのは、三ヶ月後だった。
 あの日は夏休みのど真ん中で、電話がかかってきたとき、ぼくはスイカを食べていた。
「駿、いまいいか? ちょっと話がある」
 隼人だった。当時すでにスマホを持っていた涼子のものを借りたらしい。
「アルトがいなくなった」
「え?」
 女の子の泣き声が、電話の向こうから聞こえる。それが真夜だと判った瞬間、ぼくの背筋は凍った。あの気丈な真夜の泣き声なんか、聞いたことがない。
「いなくなったって……なんで? どうしたの?」
「ちょっと待て」
 バタバタと歩く音がして、泣き声が遠ざかる。真夜には聞かせないように、隼人が移動したのだ。嫌な予感がどんどん高まっていく。
「駿、悪い、いまから〈めがね公園〉にきてくれないか? 真夜も、お前がいると安心すると思うんだ」
「いいけど、大丈夫? 真夜が泣くなんて、何があったの?」
「あいつ、もろに見ちまったからな」
「何を」
「アルトがいなくなった跡を」
 隼人が言った。
「公園に、ちぎれた足が置いてあったんだ」

#17へつづく
◎前編の全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!


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