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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.43

遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕 獏「蠱毒の城――⽉の船――」#107〈前編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

これまでのあらすじ

閉ざされた城内での殺し合いに参加した遣唐使の井真成は、仲間を得て試練を克服する。かつて城内では、人間を贄に使った呪法「蠱毒」が行われ、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったと告げられた。死闘を生き抜いた十二名を含む四十九名は、杜子春と共に旅に出る。一行が立ち寄った姜玄鳴の屋敷で、真成は呼び出され、この地に伝わる太公望の釣り鉤を探すよう命じられる。さらに姜一族の南家・姜竜鳴に面会し、竜鳴の娘・鳴花と共に常羊山に向かうことになった。時代は遡り、西楚の覇王・項羽は始皇帝の陵墓に侵入する。

 二十四章 せい

     (三) 

 四重に囲われた、かん──ひつぎであった。
 金と、ラピスラズリやトルコ石で装飾された蓋を開けると、そこに、飾りたてられた青銅の柩が入っていた。
 この柩の蓋には、様々な文様が刻まれていた。
 まずは、柩の蓋の右側、そこに、巨大なる神樹が描かれていた。その枝には、それぞれ十羽のからすがとまっており、そのそれぞれの烏の背には、球体が載せられている。
「これは、そうじゆにござりまするな」
 たいまつの灯りに照らされているその文様を見下ろして、はんぞうはそう言った。
 扶桑樹というのは、この世界の東の果てに生えている、巨大な神樹である。その枝には、十の太陽が宿り、それを背に負った烏が、東から西へ天を移動してゆくから、日は東から昇り、西へ動いてゆくのだとされている。
「見られよ、この烏、足が三つござりますればさんぞくに間違いござりませぬ」
 この、十ある太陽のうち、九つを、弓の名人である羿げいが射落として、太陽は現在のようにひとつになったと言われている。この時、羿が射たのは、正しくは太陽そのものではなく、太陽を運んでいる烏である。
 そして、柩の逆の側に描かれているのは、月を思わせる球体であった。その月は、やはり一本の樹の上に大きく描かれていて、その月の中に、兎、ひきがえるが描かれている。
「こちらの樹は、おそらくは月に生えているというかつらか、もくせいにござりましょう──」
 月は、不死と再生の象徴であり、羿の妻であったじようが、不死の仙薬を持って逃げた場所でもある。蟇は、その嫦娥が変じた姿であり、兎は、月でその不老不死の仙薬を作っているとされている動物だ。
 そして、その内側の柩は、の金でできていた。
 金もまた、びず、不変に輝き続けることから、不死の象徴である。
 その金の柩のさらに内側に、石の柩が安置されていた。
 四人がかりで、その蓋をはずして、石の床に落とした。
「おう……」
 と、声をあげたのは、こうだった。
 項羽に続いて、中を覗き込んだ者たちが、そこに見たのは奇怪な光景であった。
 その石の柩の中は、半分ほどが水銀で満たされていた。
 その水銀の中に、人のかたちをした緑色のものが浮いていたのである。
 緑色のうろこ
 ひと目見た時にはそのように見えた。緑色の鱗におおわれた人──しかし、よく見てみれば、そうでないことがわかった。それは、一片がおよそ一寸四方の、へきぎよくの板であった。その一枚ずつが、よろいのように、つなぎ合わされたものを、水銀の中に浮いた人物は身にまとっていたのである。
 碧玉もまた、不死の象徴である。
 さらに、その人物は、顔にも、同じく碧玉の仮面をかぶっていた。眼は、白玉の白目の中心に、ラピスラズリの黒目がめられていた。
 本来であれば、そのようなものを身に纏った者は、柩に溜められたものが水であれば、沈んでしまっているところだが、それが水銀であるために、浮いているのである。
 揺れる炎の色が、水銀や、碧玉に映って、その人物がゆらゆらと身をゆらしているようにも見える。

「哀れ」
 項羽が言った。
せいよ、始皇帝よ、ここまで死を恐るるか」
 項羽が、剣を抜き放った。
 剣を高く持ちあげ、
「政よ、そのつらを見せよ!」
 その剣を打ち下ろした。
 剣の先が、仮面の額を斜めに断ち割っていた。
 割れた仮面が、左右に落ちる。
 その下から、半分腐れた、人の顔が現われた。
 がんは、くぼみ、ただのふたつの穴としか見えない。
 鼻は崩れて、ふたつの鼻の穴がそれとわかるだけだ。
 口は──
 唇はほぼ形状としてわからなくなっていて、上下のむき出しになった歯が、半開きになっている。
「この歯のかたち、まさしく始皇帝のもの……」
 つぶやいたのは、せいであった。
「おまえ、始皇帝の顔を知るか?」
 項羽が問う。
「生前、何度も、近くでその顔を見た……」
「ほう……」
「始皇帝を殺したのは、このおれじゃ……」
「なに?」
「この男が、何故に死んだかわかるか。この男は、死を恐れるあまりに、死んだのよ。みずかねの毒でな……」
 水鉄、すなわち水銀のことだ。
「このおれが、水鉄を飲むようにすすめたのさ……」
 水銀──またの名をたんという。
 日本国ではである。
 この丹を練って作る不死の仙薬が仙丹であり、それを作る技が練丹術である。西洋ならば、錬金術というところだ。
 不死の仙薬として、太古より使用されてきたものだが、実は猛毒であり、いかに少量ずつであれ、服用していれば、やがて水銀中毒で死ぬ。
「おまえが──」
 項羽が問う。
「おれは、しんに、全てを奪われた者だ。人であることを奪われ、妻も、子も奪われ……」
 青壺はそこで言葉をいったん止め、眼をぬぐった。
「……我が子をくろうた者じゃ。だから、この男にとりいてやったのさ。この男をたぶらかし、不死のためにといつわって、丹も与えた。この男の死に顔を見たかった。おれが、たぶらかしたことの結果を、この目で確認したくて、ここへやってきたのだ……」
「おまえ、青壺と言うたか、何者だ!?」
「何者でも、もうよかろう。ほれ、項羽よ、見よ、ここにある財宝、珍宝の全てはおまえのものぞ。ほしいままにせよ」
 青壺は、周囲を見回した。
 言われるまでもない。
 項羽にも、そこにいた誰にも、それはわかっていた。
 柩を囲む壁際に、うずたかくこの世の珍宝、財宝が積みあげられているのは、見ている。

(後編へつづく)


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